第二十八話 真相を知りたがる人
もともとの内向的な性格に加えて冴えない容姿。華やかな大学生活など縁遠く、ましてやサークルなんていうものとは無縁だと思っていた。
それでも運だけは良かったのかもしれない。
たまたま大学が同じだった幼馴染みの勧めで、僕は映像サークルに参加する事になった。新設されたばかりのそのサークルは同じ学年の生徒だけであったものの、内気な僕はどうしてもその輪の中に入ることを躊躇っていた。
そんな時、サークルの代表である男子生徒が声をかけてくれたのだ。爽やかな笑顔とモデルのような長身の体型、いかにも青春を謳歌している彼は冴えない僕にも分け隔てなく話し掛けてくれた。初めこそ警戒心を抱いていたものの、たまたま見せた趣味で製作しているCG動画に彼は賛美の眼差しを向けてくれた。こんな僕の事を友人だと言ってくれたのだ。
いつしか僕は彼の事を絶対的に信頼し、同時に強い憧れを抱いたのだ。
彼の紹介で様々な友人が出来た。普通では絶対に引き合うことのない、刺激的な出会いだった。
彼の紹介で話すようになった強面の体格の良い男子生徒は見かけとは裏腹にとても優しい心の持ち主で、いつの間にか気さくに話せる間柄になっていた。遠慮がちに話していた幼馴染みの女子生徒とも、自然と普通に接することが出来た。
全ては総一のおかげだった。
僕は彼を慕い、彼は僕を友人と呼んでくれた。
彩りの増えた毎日に、ある日更なる鮮烈な色彩が差し込んだ。
彼女と出会ったのだ。二年生の春から参加した表迫流美という女性はそれまで見たことのない極彩色を放ち、それからというもの僕の視線はいつも彼女を追いかけてしまっていた。彼女に対しての憧れが恋愛感情であると気が付くのにそう長くは掛からなかった。
だけど、淡い下心はすぐに儚く散った。
流美は総一と付き合っているらしい。
杏莉からそれを聞いた時は衝撃的で少しだけ思考が停止した、それでもすぐに納得して祝福の言葉が出ていた。
総一と流美ならお似合いのカップルだ。心からそう思った。もちろん嫉妬心が無かったわけではない。それ以上に総一の事を尊敬していのだ。
秘めた想いはそっと胸にしまい、僕は理想の二人を見守ろうと決意していた。
……だけどそれも、長くは続かなかった。
流美は死んだ。転落事故と言われたが、状況を聞けば自殺としか思えなかった。
◆
「まさか忘れてなんかいないよな?答えろよ、総一!」
乱暴に目隠しを取り上げる。眩しそうに目を細める総一に、自身のスマートフォンに向けて怒鳴るように叫んだ。
「流美……」
総一は画面を見て一言だけ溢していた。液晶には笑顔で何かを掲げる女性が映っている。
「……僕らが作った映像作品が受賞した時のだよ。この時は良かった、本当に皆、嬉しそうでさ」
海外の有名な映画賞をモチーフにしたトロフィーを右手に、艶のある長い黒髪の表迫流美はあどけない笑顔をカメラに向けていた。奥二重の目を細める写真の中の彼女はとても楽しそうだった。
総一は黙ったまま視線を逃がした。
「流美が転落したあの日、同じビルの中であるパーティーが開かれていた。その中に総一、お前もいたんだろ?」
総一の背後から低い声が尋ねた。前に出る迅が無機質な顔でうなだれたままの彼を覗き込んだ。
「仕事辞めたって言ってたのも、本当は過去のヤバい事が会社にバレて辞めさせられたんでしょ」
久しぶりに見る杏莉の顔は見たこともない程冷たく映る。全てを拒否したいのか、総一は顔を下に向けたまま黙っている。
「何も答えないつもりかよ? それなら……」
背負っていたリュックサックを下ろして中に手を入れる。視線は項垂れた総一に向けたまま、それを取り出した。
「……最後の手段と思ったけど、やっぱり堪えられないな」
握り締めた蛍光色の登山用ロープを見て、迅が口を開いた。
「待て心翔、まだはやまるな」
「総一の口から聞かなきゃ全部わからないままでしょ?」
杏莉は総一との間に立つと、両手を広げて止めていた。
◆◆
もう真相なんて、どうでもいいんじゃないか?
頭の中でいくつもの感情が渦巻いては変わる。
もういい殺してしまえばいい、初めからそのつもりだったのだから。いや待て……。確かに二人の言う通りかもしれない、ひょっとしたらまだ総一の口から別の真実が聴ける?
真実はもしかしたらもっと違う理由があるのかもしれない。だけどそれでも流美は帰って来ないだろ?
頭が割れるように熱くなる。
感情が煮えきる感覚に吐き気がする。
「なんなんだよ……、なんで、なんで流美だけがあんな目に合わなきゃいけないんだ。教えろよ、全部知っているんだろ、なんとか言えよ、総一!」
足元に転がった懐中電灯を蹴り飛ばした。ゴロゴロと音を立てて転がると、窓際に当たって止まる。
「……心翔」
顔を伏せたままの総一が小さく呟いた。
「アイツは……、流美は悪くない。悪いのは全部、あの男のせいだ」
「あの男……?」
杏莉が総一に尋ねていた。
「話すつもりはなかった。俺の勝手な計画に巻き込んで悪いって思ってた。でも違った、俺だけじゃなかったんだな……」
総一の弱い声が静寂に広がった。
何を言われても信用なんて出来ない。それでも次の言葉を待っている自分が嫌になる。
「あの動画の男……。お前らだってわかっていたんだろ?」
総一の言う『あの動画』が指し示すものはすぐに見当がついた。理解が追いつかないのか、迅は首を傾げて聴いている。
「俺はアイツが許せない……。絶対に、絶対に」
総一の声は震えていた。それは恐怖とは遠く、強い憎しみのような異常な雰囲気を醸していた。
「……アイツって、誰のこと?」
杏莉は総一に近付くと、無理やりに視線を合わせて聞く。その仕草は流美がよくやっていたことと同じだった。
「表迫凌平……、あのバズった心霊動画の男……、流美の兄貴だよ」
総一は顔を上げて強く眉を寄せていた。
「俺はアイツだけは許せない……。アイツがやる事を全部否定してやる、それだけが俺の、唯一の贖罪なんだ」
総一は強く唇を噛み締めて語った。