第二十七話 『被害者R.Oについて』 投稿者:m.k part6
折れ曲がった階段下を照らして見ても人の気配はなかった。
「心翔? どこだ!?」
迅は照明を向けて叫んでいた。声は反響すると、すぐにもとの静寂に戻る。
「心翔のやつまさか、ビビって一人で車に戻ったのか?」
迅の言葉に総一も懐中電灯で辺りを照らすが、人影らしいものは見当たらない。
「どうする総一、俺達も一旦戻るか?」
暗がりで見えないが、迅は心配そうに顔を歪めているのだろう。しばらく考えるような素振りをみせると、総一は頭を振った。
「いや、その間に三階にいるやつが降りてくるかもしれない。俺達はこのまま三階まで向かおう。心翔のスマホに連絡入れてみてくれ、車に戻っているならそこから誰か出てこないか見張っててもらえばいい」
「……わかった」
向き直ると懐中電灯を上階へと向ける。軋む階段を再び登りはじめた。
迅は何か言いたそうな顔をしていたが、わざと気がついていないふりをする。これ以上撮影が遅れるのはごめんだ。
階段を登りながらも二人は黙って物音に注意を払っていた。登り際に突然何かが飛び出してくるのではないだろうか。口には出さなかったが、夜の廃校舎という不気味な空気に呑まれていた。
ギシギシと音をならす二人の足音と、静まり返った校内に時折響く奇妙な物音。息を殺す二人は目的の三階まで一言も口を交わすことなく進む。静けさはやがて耳鳴りのように反響して耳朶をうつ。
「この上は屋上か……」
折り返して登り、繰り返した先にようやく階段の雰囲気が変わった。それまでとは明らかに目的の違う短い階段の先には行き止まりのような壁が見える。総一が上を眺めていると、独り言のような迅の声が聞こえた。
「心翔に送ったメッセージに既読が付かない。あいつ、車に戻っていないのかもしれない……」
「おい、まさかここまで来て引き返すなんて言わないよな?」
つい溢れた本音に、暗がりで良く見えないが迅の表情が険しくなったように思えた。
「お前、心翔が心配じゃねぇのかよ!?」
「そりゃあ心配に決まってるだろ! だけど、俺達はさっき見たのが杏莉かどうか確かめに来たんじゃないのかよ」
咄嗟に思い付いた言葉を口にする。総一の本当の目的は決してそのどちらでもない。それでも渋々と頷く迅は、一言「わかった」と応えた。
一階と同じように先の見えない廊下に向き直ると、二人は物音を立てず進みだした。
「……教室は俺が見て回る。迅は廊下で誰か出てこないか見張ってくれ」
「……わかった。気を付けろよ」
廊下は階段同様に木目張りで、進む度に小さな悲鳴をあげる。擦れる衣服の物音一つが、静まり返った空間には不気味に思えた。
◆
一つ目の教室に差し掛かる。総一は灯りを上へ向けた。
「……三年四組」
そこは当初の目的の教室、しめたとばかり総一は迅に声をかける。
「中を確認してくる」
懐中電灯を迅に向けると、彼は何も言わずに頷き返した。
教室の扉に手をかける。取っ手の金属はやけに冷たい。力を込めて見るがびくともしない、鍵が掛けられているらしい。
反対側の引き戸も確認してみる。迅が何度もこちらを見ていた。
「こっちもダメか……」
総一は扉から離れると【三年四組】をまじまじと照らして見る。
「あそこは……?」
視線は廊下の床に近い地窓を見つけていた。しゃがみこみ手をかけると小さな引き戸簡単に動いた。地窓はかなり狭いが細身の自分なら何とか通り抜けられそうだ。懐中電灯を引き戸の近くに置くと、総一は床に這いつくばった。
「……おい、なにしてんだよ」
迅の声は聞こえていたが、構うことなく地窓に頭から侵入した。埃とカビの混じった臭いが鼻をさす、顔を歪めながら中へと進んだ。
「……くそ、埃がすごいな」
手を伸ばして置いたままの懐中電灯を取る。教室の中はカーテンで閉めきられてもいない。それでも外に灯りが一つもないせいか真っ暗だった。
懐中電灯の灯りを左右に向ける、広々した室内は暗闇でさらに巨大な空間に思えた。
「あった……」
黒板のある壁際に積み重ねられた机が並んでいる。あの垂れ込みが真実ならこの中にRの使用していた机もあるはずだ。
総一は積み上げられた机を一つ一つ下ろしはじめた。脚部の鉄パイプは所々錆びているのかザラザラとした感触が両手に伝わってくる、構うことなく総一は机を並べていった。
「どれだ……、この中に、本当にあるのか……?」
山積みの学習机を一つ一つ確認していく。手がかりは落書きという曖昧な情報だけだ。気がつけば一心不乱にそれを探していた総一に、突然衝撃が走った。
「なんっ……」
後頭部に鋭い痛みが走る、視界は何かに遮られ暗転した。
◆◆
「うっ……」
強い光を感じた。視界に違和感を感じる。
「なんだ……」
視界にはいまだに何も映らない。両手を動かそうとして別の違和感を覚えた時、総一は自分が目隠しをされていることに気がついた。
「なんだこれ。どうなっているんだ!?」
声をあげる総一は、廊下にいるはずの迅の事を思い出していた。すぐさまその名前を叫んだ。
「おい、迅!? どこにいる、何が起こっているんだ!」
目隠しのうえから再び強い光を感じた。思わず顔を背ける、体は何かに固定されているのかびくともしない。
「うるさいな、大きな声で騒ぐなよ。こんな僻地の廃墟、どうせ誰も来ないんだから」
聞き覚えのある声が聞こえると、別の方向から女の声が聞こえた。
「ここまで準備するの、かなり大変だったんだから。初めの予定なら、こんな場所じゃなかったのにさ」
総一の脳裏に声の主の顔が浮かぶ。ありえない状況に言葉を失い掛けていると、耳元でしゃがれた太い声が語り掛けてきた。
「悪いな、総一。俺達はただ、真相が知りたいだけなんだよ」
三人の声は総一を取り囲むように聞こえていた。
「お前ら、一体、何の悪ふざけだよ……、どういう事か説明しろよ!?」
見えないまま、声の聞こえた方へ叫んだ。冗談にしても目的がまったくわからない。
「なに言ってるの、ただの撮影だよ?」
杏莉の声は笑っているように聞こえた。
「ああ。お前があんなに望んでいた、動画の撮影じゃねぇか」
迅の声が冷たく言い放つ。
「総一……。僕たちだってずっと、この機会を待っていたんだよ」
心翔が静かに呟いている。混乱する総一が次の言葉を探していると、心翔はまた静かに語り掛けてきた。
「被害者R,Oについて……、ずっと本当の事を総一に聞きたかったんだ」
「R……、O……?」
新宿であった事件の被害者の名前は神子島怜衣だ。イニシャルはR,Kのはず、心翔が何を言おうとしているのか総一にはわからなかった。
「どうしたんだよ? まさか、覚えていないなんて言わないよな? R,O……、表迫流美のことを」
心翔はそう言うと、乱暴に目隠しを剥ぎ取った。




