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第二十四話 『被害者R.Oについて』 投稿者:?.? part4

 八月三日。時刻は夕方に差し掛かろうとしているが、西陽は未だ地上の温度をあげ続けている。日が沈むまではまだ少しあるようだ。黒いミニバンの助手席に座る総一は、ぼんやりと色を変えていく景色を眺めていた。


 帰宅時間帯の幹線道路は当たり前のように混んでいる。運転席に座る迅は数メートル進んでは止まる度に、苛立たしそうにハンドルを指で叩いている。


 後部座席に座る心翔は静まり返った空気を変えようと、スマホを弄っている。カーオーディオから流れる音楽だけが車内に響いていた。


 杏莉と連絡が取れなくなってから、もうすぐ一週間が経とうとしている。いまだに彼女からの連絡はない。


 異変に気がついた迅と心翔はすぐに相談をよこした。二人の手前、総一は杏莉の無事を心配する素振りを見せた。


 正直言って厄介だった。動画の更新を延ばすほど、視聴者の興味は薄れてしまう。本心では撮影に意識を集中したい。これ以上間延びするのはごめんだ。


 そこで総一はある提案を二人に持ち掛けることにした。杏莉の実家を訪ねて、彼女の安否を確かめる事。


 彼女の実家の住所は心翔が知っていた。二人が同じ地元の出身であることは以前に聞いたことがあった。


 迅に車を手配させると三人は彼女の実家がある西東京市へと向かった。急を要しているふりをして撮影用の機材は積んだまま、迅を急かした。


 これも全て総一の思惑通りなのであった。





 杏莉の地元に到着した頃には既に空は暗くなっていた。心翔の案内で車を走らせると目的の場所はすぐに辿り着いた。


 同じ東京とは思えない程、広々と間隔の空いた戸建てが立ち並ぶ。白塗りの壁が真新しく見える杏莉の実家は、数年前にリフォームしたのだと心翔は言った。


 呼び鈴を鳴らすとインターホン越しに、中年女性の声で応えが返ってくる。おそらく杏莉の母親だろう。

 

 面識のある心翔がそれに応えると、鍵の開く音が聞こえた。玄関から顔を覗かせたふくよかな女性は、初めこそ訝しそうな表情をしたものの見知った心翔の顔を見て、すぐに明るく出迎えてくれた。


「あら、ホントに心翔君じゃないの! ずいぶん久しぶりねぇ、大学の卒業式以来かしら」


「おばさん、ご無沙汰してます。あの、杏莉さんの事で少し伺いたい事があるんですけど……」


 心翔は思わず言い淀んで、二人の方を窺った。いきなり現れて娘の行方を聞こうなど、どう考えても母親を混乱させてしまうだろう。


 迅は難しい顔で黙っている。すがるような目で此方を見る心翔に、総一は仕方なく口を開いた。


「突然訪ねてしまい申し訳ありません。はじめまして、狩野と言います。僕たちも大学の頃、杏莉さんと仲良くしていただいていました。実は今度サークルの同窓会を開くことになったのですが、杏莉さんと連絡が着かなくて。もしかしたら連絡先が変わったのかと思いまして」


 丁寧な口調で頭を下げてみせる。畏まる総一の姿を見た杏莉の母親は、半開きの玄関の扉を慌てて開けた。


「あらやだ、そうだったの。娘の為に遠くからはるばるありがとうねぇ。あの子ったら昔から抜けてるところあるから……、立ち話も何だし、せっかくだから中でゆっくりしていってちょうだい」


 そう言って杏莉の母親は、強引に三人を家の中へと迎えたのだった。



◆  


「ウチの子の為に本当にごめんなさいねぇ」


 広いリビング通された三人の前に麦茶の注がれたグラスが並べられる。思わぬ状況に迅と心翔は戸惑っていたが、総一の頭は早くこの場を済ませたい一心だった。


「えーっと、はいこれ」


 杏莉の母親は自分のスマートフォンを取り出して見せる。【杏莉】と表示された画面には電話番号といくつかのフリーアドレスが表示されていた。


 それを見る三人は何も言わず自身のスマホを取り出す。登録されている番号は三人が知るモノと同じだった。


「でも変ね、あの子ここ数年スマホ変えたなんて言ってたかしら?」


「ここ最近で杏莉さんと連絡取れたのっていつぐらいですか?」


 一瞬間が空くと、母親は可笑しそうに笑って答えた。


「ここ最近っていうか、昨日あったわよ。ええっと、ほらこれ見て」


 スマホを弄る母親は着信履歴を見せた。8月2日午後20時18分、登録された名前は【杏莉】のものであった。


 一瞬顔を見合わせた三人だったが、心翔と迅は一先ずホッとしたような顔をしていた。


「あ、そうだ、あの子、急に引っ越しするなんて言ってたのよ。まったく何も相談無しに決めちゃうんだから……」


「引っ越し? 住所とかって言っていましたか?」


「落ち着いたらメッセージで住所を送るって。まったくいくつになっても親に心配掛けるんだから、やんなっちゃうわよね」


 総一は二人を見た。当然聞かされていないのだろう、二人は小さく首を横に振っている。


「私からもあの子に連絡するよう言ってみるから、本当にわざわざありがとうね」


 


◆◆



 窓から入る夜風はまだ少し生暖かいが、走行中の車内では心地よかった。


「まったく、なに考えてんだよ、あいつ」


 迅は苛立たしそうに独り言ちたが、声は安心しているようだった。


「まあまあ、ひとまず実家に行って正解だったね。おばさんに理由を聞かれた時はどうしようかと思ったよ。総一ありがとう、流石だよ」


 心翔も安心しきったように溜め息を漏らしていった。


「……俺は何も。杏莉も引っ越しの準備で忙しかっただけなのかもな」


 そこまで心配をしていたわけでもないが、やはりホッとはしていた。しかし今はもう、頭は別の目的へ向かっていたのだ。


「なぁ、迅。少しだけ寄り道してくれない?」


「……総一、お前最初から撮影もする気で来てたんだろ」


「馬鹿言うな。俺だって本気で杏莉の事を心配してる。ただ、何でもないってわかったならなおさら、俺達だけでも進めておいた方がいいだろ? お前ら三人と俺は成功したいんだよ」


 一瞬、迅の表情は硬く変わったが、すぐに諦めたような笑いに変わった。


「お前は昔からそうだよな。考えてる事、全部俺達の上手なんだから……、いやになっちまうよ」


「上も下もないだろ。俺は迅の事信頼してる、もちろん、心翔も杏莉の事もな?」


 後部座席の心翔も迅につられて笑っていた。


 予定していたよりも遅くなってしまったが、目的の場所はそう遠くない。それに夕方の撮影を想定していたが、夜の雰囲気も悪くはないだろう。


 総一は目的の場所をナビに打ち込んだ。ナビの目的地にはとある高校が示される。


「被害者Rの卒業した高校か。確かに、ここからならすぐそこだが……」


「この時間からじゃ中には入れないんじゃない?」


 二人は口々に言った。総一は鼻で嗤うような返事をすると、二人を見る。


「調べてみたけど去年で廃校になってる。忍び混めなくても、夜の廃校ってだけでいい画にはなりそうじゃないか?」


 総一の笑みは窓から差し込んだ街頭の灯りで、怪しく艶めいた。




◆◆◆



 液晶画面には22時と表示されている。目的の高校は住宅地からかなり離れていたせいか、人の姿はおろか車すらも通らない。道幅は十分に広いものの、道路横の街頭の数は目に見えて少なかった。


「近くで見るとけっこう気味悪いな」


 車を降りる迅は暗がりの建物に目を細めて呟いた。


「街頭の灯りは頼りにできないから、照明はいつもより多めの方がいいよね?」


 心翔がトランクから照明器具を取り出して手渡してきた。


「予想してたよりかなり良いな」


 手渡された照明器具を灯し、総一はそれを廃校舎に向けた。弱い光が巨大な黒い塊に弾かれるように散った。


「けっこう綺麗に残ってる。まぁ、去年まで使われてたんだもんな」


 心翔から懐中電灯を受け取った迅もまじまじと校舎を眺めて呟いた。一つ一つ確かめるように窓ガラスに向けて光を当てる。


 細い光が動いていくのを、総一は何気なく見ていた。


「……ん?」


「総一、どうした?」


「いや……、何でもない」


 迅に首を振って応えると、撮影機材を車から下ろしに向かった。


 光が反射したのか?


 3階を照らした懐中電灯の灯りに何かが照らされた様にも見えた。


 白い? いや、もっと、何か鏡みたいに反射して光ってたような……。


 あり得ない事柄に再び首を傾げると、撮影用のカメラを手に取った。


 



 


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