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第二十話 『被害者R.■について』 投稿者:??? part2

 七月二十四日、時刻は午後六時を過ぎていた。


「それじゃあ今日の流れ説明するわ。まずアパートの撮影からで」


 ミニバンの助手席から後部座席に振り向くと、総一は迅に渡されたA4封筒を叩いて言った。


「あ、鍵は既に家主から借りてある。勿論撮影許可も取れてるよ」


 黒ぶち眼鏡の小柄な男が小さな鍵を見せて呟く。


「ねぇ、そこって事故物件なんでしょ? 私、グロいと汚いはマジ無理だからね」


 白に近い傷んだ髪に手櫛を通しながら、女が口を尖らせた。


「大家の話じゃもう室内の整理も終わってるらしいし、何にも残ってないだろ」


 運転席に座る髭面の迅があくびをしながら、無気力に口を開いていた。


 大学時代の同級生である四人はある目的を共にする仲間だった。


 昨年の冬、総一は卒業以来連絡を取っていなかった景山迅(かげやまじん)椎名杏莉(しいなあんり)黒田心翔(くろだまなと)、突然呼び出した。


『俺と一緒にでかく稼がないか?』


 総一の突飛な提案に三人は初め冗談かと笑いあった。しかし、春に入社したばかりの大手広告代理店をあっさりと辞めていた総一の覚悟に、三人は真剣に耳を傾けたのだった。


 リアル動画クリエイト集団【空色(くうしき)サイファー】


 ネタ探しから構成までを総一が担い、情報の裏取りと運搬を迅が、画面上のメイン進行と広告塔を杏莉、撮影と編集を心翔が行う。


 動画の大半は世間を賑わせたニュースの全容を暴くという、ジャーナリズム的な内容である。


 四人が配信した始めての投稿はたった二週間で数万再生を越えた。その後一ヶ月あまりでフォロワーは十万人近く膨れ上がった。


 全ては総一の目論み通り。それは彼が仕掛けた周到な客寄せパフォーマンスだった。


 金銭で依頼したサクラによって空色サイファーは突如現れた人気配信グループとして世間から認知された。彗星のごとく現れた人気配信者に、世間は瞬く間に欺かれ、それに群がっていたのだ。



「着いたぞ。あれが例のアパートだ」


 アパートのすぐ目の前にあるコインパーキングに止めると、四人は機材を持ちながら車を降りた。


「え、待って、めっちゃボロくない? 本当にこんな所に暮らしてたの」


 杏莉が苦笑いに呟いた。


「シングルマザーで新宿に住むならこんなもんだろ」


 迅は大きな照明をトランクから取り出して溢す。


「大家の話では確かにこのアパートの202号室に二人で暮らしていたらしいよ。他の住人達はかなり前に出ていって、神子島親子以外は誰も居なかったらしいけどね」


 心翔は鍵を取り出してアパートの階段に足を掻けていた。


「神子島美怜とその子供、怜衣か……。迅、母親の写真とか見つかった?」


 総一が尋ねると、解ってると云わんばかりに迅は新たな封筒を渡してきた。中には一枚の写真が入っていた。


 画質の荒いその写真には一人の女性が写し出されていた。伏し目がちに手で顔を隠そうとするその女性の第一印象は、端正な顔立ちの美人。しかし乱れた後れ毛と化粧毛のない顔色から、何処か不健康そうな印象を感じてしまう。


「美形は母親の遺伝だったのか。こんな人の最後が首吊りだなんて、なんかやるせないな」


 目を細めて総一は呟いた。


「なにしてんの、早く来なよ」


 階段の上から杏莉が叫んでいた。総一は僅かに口元を弛めると、迅と共に歩きだしていた。 



◆◆


『視聴者の皆さんこんにちは。空色サイファーのアンリだよ。さぁ、今回はついに例の事件の真相に迫っていきたいと思ってます。先日公開した予告編でもね、軽く触れていたんだけど。あまりにも反響が良くて、もぅ、凄かったの』


 夕日に照らされたアパートを背景にして杏莉があざとく喋る。 


『SNSでトレンド入りしてたしね。本当に有り難いことです』


 カメラを構え杏莉を撮影する心翔の声が合いの手のように入る。


『ほんっと、ありがたい。応援してくれる視聴者さん達の為にも、今回も張り切って真相究明、していきたいと思います!』


 総一が心翔(カメラマン)の後ろから片手を上げて合図を送る。


 杏莉はそれを確認すると朽ち欠けたアパートの階段を上り始めた。


『実は今回、結構、色々と難航したんだよね』


『そうだね、このアパートに辿り着くのまで、かなり調査したからね』


 杏莉を追いかけるように、心翔はカメラを向けたまま進む。足元の荒廃加減を見せるように、わざと階段にレンズを向けている。


『ええっと……。あ、あった。ありました、202号室。ここが例の被害者が生前暮らしていたお部屋です』


 剥げ欠けた塗装の古い扉が映し出された。


『今回、特別な許可を頂いて中の撮影許可を取ってあります。アンリちゃん、はい、これ部屋の鍵』


『正直ね、この事件に関してはめちゃくちゃ怖いって言うのが私の個人的な感想です。だってまだ犯人は捕まってないし、被害者の……えっと、Rさんも謎が多い人だったらしいし。それでね、私達はまずそのRさんの人となりから調べてみようと思ったの。だけどね、何て言うかな、調べれば調べる程Rさん自身もかなり闇が深そうなんだよね』


『もう荷物とかは全部撤去されてるらしいけど、何かしら手掛かりに繋がるものがあるといいね』


『そうだね、よし、気引き締めよ。それじゃあ、いよいよ中に入ってみたいと思います』


 杏莉の手元がアップされる鍵穴に古いタイプのキーが差し込まれた。思いの外抵抗なく廻る鍵に、杏莉は大げさに驚きの表情を浮かべながらカメラに振り返る。


『失礼しまーす』


 ドアノブを廻すと歪な音が鳴る。立て付けが悪いのか上手く開かない。杏莉は両手でドアノブを掴み直して力をいれた。


『固っ……あ、開いた。お邪魔しまーす』


 ギシギシと木製の古い扉をは悲鳴のように唸る。古びた蝶番から、小さな木片がパラパラと床に散らばる。杏莉は躊躇いながらも扉を引いていた。


『開きました。外はまだ明るいけど部屋の中は薄暗いですね、あ、でも、思ってたより綺麗ですね』


 手元のライトをつける杏莉は少し横にずれて部屋を照らした。玄関扉を開けるとすぐに段差で仕切られた狭い玄関。すぐ前にある短い廊下の片側には一口ガスコンロと小さなシンクが見える。


『こっちのドアはたぶんお風呂かな?』


 用意されていたスリッパに履き替えた杏莉は、キッチンの向かいに側にあるドアを開けて確認する。想像通り長い事使われていない狭いユニットバスが備えられていた。


『え、ちょっと……』


『どうしたの? あ……、なんだ、あれ』


 何かに驚いた杏莉の声に、カメラが部屋の方を映し出す。残留物は全て残っていないと言われていた。それにもかかわらず、一つだけ目を引く物がある。色の変わった古い畳の敷かれた和室のちょうど真ん中に、鮮やかな赤の絨毯が、まるで血の跡のように畳に染み込んだように敷かれていた。杏莉は思わず足を止めて、その光景に見入ってしまう。心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。まるで、この部屋が何かを訴えているかのようだ。






「よし、そこで一旦止めようか」


 総一は口を開いていた。その合図でカメラを下げる心翔は安堵したようにため息をつく。杏莉は何処か不服そうに片頬を膨らませると総一に向かって溢すのだった。


「ちょっと、今から良いシーンなんじゃないの?」


「ああ、良いシーンには違いないが少し弱いからな」


 指差した絨毯に視線が集まる。事前に確認していた絨毯は動かす。目を凝らしてようやく解る程度の染みが畳に着いている。


「なるほど、総一は編集で変えるつもり?」


 気がついたように心翔は頷いていた。


「ああ。こなくらいの染みじゃ、インパクトが弱いだろ?」


「まあ、染みは殆ど綺麗に消されてるからね」


 心翔の声に総一は含んだように笑っていた。


「染みのシーンは編集で頼むよ。杏莉は大袈裟に驚いた姿を演じてくれよな」


「うわ、出たぁ。やらせを企む総一の悪い顔」


 杏莉はわざとらしく舌をだして言った。


「別に偽証もしてないだろ? ここで神子島美怜が自殺したのは真実なんだし」


「それはそうだけど――」


 突然乾いた高音が鳴り響いた。四人は一斉に振り返る。


 黙したまま固まっていると、総一はゆっくりと動いた。壁にある小さなスイッチを動かしてみる。当然のように灯りは点かない。


「……電気なんて通ってるわけない。心翔、今カメラ廻してたか?」


「メインは止めちゃってたよ。だけど記録用で廻してたスマホは取れてると思う」


「まって、まってまって! めっちゃ怖いんだけど?!」


「確かに呼び鈴の音だったよな」


 突然の出来事に四人は口々に話していた。


「……よし。編集で今の音も追加してやろう。想像以上に凄いのが作れそうだ」


 青ざめる三人を他所に、総一だけは顔を綻ばせて喜んでいた。


「暗くなる前に続き撮ろうか。杏莉、絨毯を捲る所からだ」


「まって、ちょっと本気で怖いんだけど。あー、もう、本当にやらなきゃダメ?」


 渋る杏莉に総一は首を縦に振って答える。カメラを構え直した心翔は、しきりにレンズを気にするように首を傾げていた。


「心翔、どうした?」


「あ、いや、ちょっと調子悪いのかな。ほら、画面が真っ暗で」


 心翔はカメラの背面の液晶を総一に向けた。確かに映像は真っ暗で何も映っていない。


「故障か?」


 眉を寄せて迅がカメラを受け取る。


「ん? 普通に映ってるぞ」


「あれ? 本当だ、何が悪かったんだろう」


 カメラを受け取ると心翔は再び撮影を始める。


 液晶に映っていた黒い映像。


 この時の四人はまだ、その正体が何なのか知る由もなかった。


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