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第十九話 『被害者■■について』 投稿者:??? part1

いったいどうしてこんなことになったんだ?


六畳一間の自室で、男は震える両手で膝を抱えていた。


灯りもつけず息を殺す男はそっと玄関の方に目をやる。玄関扉の上部に嵌め込まれた明かり取りの小さな窓ガラスから、外の灯りが僅かに見えた。


原因はわかってる、あの……、()()()()()()()だ。


震える右手で胸ポケットをまさぐった。取り出したスマートフォンは電源が落ちたままで、液晶は真っ黒だった。


人差し指が電源ボタンを押し掛けて止まる。


これを点けたら、また来るんじゃないか……?


自然と息が上がっていた。物音一つしない部屋に、自分の心音だけが聞こえる。これまで感じたことのない極度の緊張感、不快な脂汗が額を伝う感擦。


あの目が、また、どこからか見ているんじゃないか……?


男の頭に生々しい恐怖が呼び起こされる。この数日、自分の周りで起こった奇怪な出来事の全てが意味をもって襲ってくるような、閉じ籠られる自分の姿を想像してしまう。


そもそも、全部おかしいだろ。こんな馬鹿な事があってたまるか。俺は何も悪くない。


何度も自分を肯定する言葉を思い浮かべた。


俺は正しい情報を、視聴者が欲しがる映像を配信しただけ。それが、何でこんな仕打ちを受けなきゃいけない?


恐怖を掻き消すように苛立ちをつのらせる。頭の中では、思いつく全ての理不尽に罵声を浴びせていた。


幽霊なんて所詮は作り物だろ? 俺は皆が楽しめる様にそれを可視化しただけだ。


……カチン


金具が擦れる音が聞こえた。反射的に視線は音の鳴った方を向く。


玄関扉は暗くて見えない。それでも聞こえた音の正体は想像がついてしまう。


まさか、また……。


金属が摩れる音が聞こえる。闇になれてきた視界に動く小さな球体。古いドアノブがゆっくりと回る。


や、やめろ……、くるな……。


隙間から入る風を僅かに感じた。


扉がゆっくりと開いてゆく。


外の照明の光は地を這うように細く部屋へと伸びていた。黒い何かが光を遮るように動く。


「お、俺はなにもしてない……、やめろ、こっちに来るな」


男は叫んでいた。真っ暗な部屋の中では彼の叫び声しか聞こえない。


扉はゆっくりと開いて止まる。


隙間から覗く黒い塊に二つ、濁った白い球体が浮いている。


「や、やめ……」


白濁の球体に浮かぶ殊更小さな黒い粒。それが何なのか、男にはわかっていた。


()()がずっと、自分を見ている。


「カシ……マ……レイ……コ……?」


次の瞬間、暗い部屋の中に男の慟哭が響いた。











数週間前の事、某巨大動画共有サイトにて、とある動画が急激に再生回数を伸ばしていた。


 動画の配信者は【低速コンビ裏目ちゃん】という二人組の男性。端からみても上手とは云えない、鳴かず飛ばずの素人配信者だった。


 しかし、動画は投稿から数日で1万再生を突破し、今では17万回再生を超える話題の動画となった。


 タイトルは【未解決事件Xを追え! なぜ彼女は殺されたのか?】。動画のおおまかな内容は今年五月に新宿公園で起こった死体遺棄事件についての考察を語ったもの。確たる真実に迫る訳でもなく、凡庸とも言える素人の考察動画のはずだった。


 なぜこの動画はここまで注目を集めたのか?


 それは動画の後半、約二分間の映像があまりにも衝撃的だったからだ……




 七月二十二日、午後九時五十分。新宿西口近くのファミレスで狩野総一(かりのそういち)はタブレットPCと向かい合っていた。寝癖のような癖毛を掻いて、ヨレヨレのジャージの腕を捲る彼はとても仕事をしている様には見えない。


 四人席に一人座る総一は真剣な面持ちで画面を注視している。両耳にはワイヤレスイヤホン、店内の音を遮断して聞き逃さないようにそれを待つ。


 再生時間、三十七分二十秒……、あと七秒で例のシーンか。


 液晶に流れていたのは薄暗い屋外の映像。どこかの公園と思われる映像は、何の変化もないまま一分程続いていた。


 総一は食い入るように液晶に顔を近付ける。


 少しでも見逃しているものはないか。タネさえ解ればこんな動画、いくらでも創れる。


 総一の執念深い想いとは裏腹に映像は淡々と進んだ。そして問題のシーンへと変わる。


 撮影を続ける定点に置かれたカメラが何の前触れもなく突然倒れた。横向きに草むらを映す映像が数秒続くと場面は暗転する。


 再び映しだされた暗い公園の映像。カメラの向きはいつの間にか元に戻っていた。


 イチ……、ソウイチ……!


「――おい、総一!」


 突然片方のイヤホンを引き抜かれた。顔を向けると短髪、髭面の無骨な男の顔があった。


「呼び出しといて気づかないとか失礼すぎんだろ」


 男は向かい椅子に腰を下ろすと不満そうに眉を寄せていた。


「悪い、悪い。で、調べてみてどうだった?」


「まったく……、撮れ高は上々だよ。住んでたアパートにバイトしてた総菜屋、卒業校までバッチリ掴んだ」


「流石は(じん)だな、仕事が早い!」


 迅と呼ばれた男はA4封筒を取り出すとテーブルに置いた。


 総一はすぐにそれを取ると中身に目を向ける。


「すげぇ……、これだけ情報揃えば充分だな。あとは撮影の日時と、順番決め……、構成も少しいじらないとか……?」


 総一は自身の癖毛を一束摘まみながら、独り言のように溢す。考え事をする時いつもこの仕草をしてしまうのは大学時代から変わらない。


杏莉(あんり)心翔(まなと)に予定聞いて見る。撮影スケジュールのセッティングはお前に任せるよ」


 迅は自分のスマートフォンを取り出して液晶画面を叩いた。


「うん、やっぱり、これ絶対いける。あんな底辺配信者じゃなく、俺達が配信すれば百万再生位狙えるんじゃないか? 久しぶりに一発デカイのバズりますか」


 総一は指を鳴らしてタブレットPCを閉じた。



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