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第十八話 一つ増える

 怜衣は口をあんぐり開けて見上げた。四十畳のリビングが、まるで夢の中に迷い込んだかのような、非現実的な光景だった。天井から吊るされた無数の色とりどりのリースが、まるで星空のようにキラキラと輝いている。小さなパーティー会場の様変わりした羽仁塚のマンションに、怜衣は息をのんだ。


「ちょっと、レイ子ちゃん、そんなとこに立ってないでこっちに座りなさいよ」


「は、はい。これ、全部ハニーさんが飾り付けたんですか?」


 遅れて到着した釉乃も一変した部屋を見て声をあげる。


「凄く素敵ね。さすがハニーちゃん、感性(センス)が良いわ」


 釉乃に誉められて気を良くしたのか、羽仁塚は顔を紅潮させながら、少女のように照れ笑いを浮かべた。


「二人が出掛けてる間に仕上げておいたのよ。私はここから動けない地縛霊だから、せめてこれくらいの事はね?」


 羽仁塚はそう言うと天井に向かって指を鳴らした。彼女の合図で七色のミラーボールが輝いた。


「すごっ……、ハニーさんあんなモノまで用意してくれたんですか」


「当たり前じゃない。なんたってレイ子ちゃんの都市伝説デビューのお祝いですもの。でも安心して? 本物の都市伝説に成れたら、お祝いはこんなもんじゃないからね」


「都市伝説デビューって……」


 胸を張る羽仁塚に怜衣の唇がわずかに弧を描いた。硬く閉じていた心が、ほんの少しだけ解け始めたように感じた。


「そうね。昼間の仕切り直しも兼ねて、今夜は盛大にお祝いしましょ!」


 釉乃は嬉しそうにワイングラスを手渡す。苦笑いを浮かべながら、怜衣は二人の顔を見つめた。


「それじゃあ、レイちゃんが元の姿に戻れた事を祝して……」


「ちょっと、ちょっと、おつやさん。都市伝説デビューも祝して!」


「か、乾杯」


 三つのグラスが優しい高音を奏でる。


 初めて口にするワインの味は、正直よく解らなかった。それでも楽しそうに笑う二人の幽霊を見て、いつしか怜衣もつられて笑っていた。




 ダイニングテーブルに並んだ数々の料理とスイーツに舌鼓をうちながらも、心はどこか浮かない。手を止める怜衣に気が付いたのか釉乃は顔を覗く。



「レイちゃん、どうかした?」


「あ、いえ、なんでもないです……」


「……鈴那ちゃんの事が心配?」


 顔をあげると釉乃が心配そうな表情で見ていた。


「はい……。結局あの後、奏さんはあのホストを刺してしまった。助けるつもりが、ひょっとして私達、悪い方に助長してしまったのかもしれないって」


 三人が恐怖を植え付け心身喪失状態となった皇煌夜を、後から現れた松本奏は鞄に忍ばせていた包丁で刺した。鈴那は必死で奏を止めようとしていたが、凶行を止める事は叶わなかった。



「確かに、松本奏さんがあの店に現れたのは予想外だったわね」


「鈴那ちゃん、あの後ずっと奏さんを心配してた。今も側に憑いているんじゃないかな」


 別れ際に見た鈴那の表情はとても動揺していた。逃げ出した客からの通報を受け、駆けつけた警察官に捕まる松本奏の後を追って、彼女は二人の前から消えたのだった。


「でも、奏さんが最悪の決断をするのは防げた。そういう意味では、鈴那ちゃんの行動は価値があったと思うよ」


「でも、このまま刺されたホストの人が死んじゃったら、奏さんは殺人者になってしまう。そうなれば鈴那ちゃんはきっと、もっと自分を責めるんじゃないかな……」 


 手に持った食事をテーブルに置くと、怜衣は力なく頭を垂らしていた。友達(カナデ)の行く末を見守る鈴那の事を思うと、気持ちが沈んでしまう。


「大丈夫だって! そのうちひょっこり顔を出しに来るわよ。()()()()()()はきっと気持ちの強い子だと、私は思うわ」


 羽仁塚が口を挟んだ。彼女の独特のネーミングセンスに、怜衣は誰の事を指しているのか解らなかった。


「メリー……ちゃん?」


「あ、なるほど。ハニーちゃん、なかなか面白いところに気が付いたわね!」


 何かを察した釉乃が手を叩いていた。


牛込鈴那(ウシゴメリイナ)、真ん中をとって【()()()()()】って事でしょう?」


「そう、おつやさん察しが良いわね。あの子が目指すなら【くねくね】なんかよりも、断然【メリーさん】の方が合っていると思わない?」


 そう言って二人は大袈裟に笑い合う。


 怜衣は一人顔を伏せる。出会った時に見せた鈴那の笑顔が頭を過った。今の彼女はあんな風に笑えるのだろうか?


 ……それえぇな。ウチ、これからそっち路線でいこう。


「え?」


 鈴那の声が聞こえた気がした。怜衣はその姿を探して周囲に目を向けた。やはりそこには鈴那の姿はなく、二人がまだふざけ合って笑っているだけだった。


『ウチ……、今、あなたの後ろにおんねん……』


 突然目隠しをされたように視界が暗くなると、耳元で囁く声が聞こえた。怜衣は驚いて振り返る。


「わっ、え?! 鈴那ちゃん!」


「へへ、レイち、ビックリした?」


 悪戯な笑顔を浮かべる鈴那がそこに立っていた。


「あら? 鈴那ちゃん、帰って来てたのね」


()()()、レイち。さっきはほんまに、ありがとうございました」


 鈴那は真剣な面持ちで向き直ると、深々と頭を下げていた。


「お礼なんて言ってもらう程の事はしてないわよ。それに鈴那ちゃんも頑張ったじゃない」


「そうだよ、頭を上げて鈴那ちゃん。結局、奏さんの事は救えなかったし……」


 伏し目がちに怜衣が洩らすと、鈴那は顔をあげて首を振った。


「ううん、結果的に奏は地獄みたいな生活から抜け出せたよ。刺された皇煌夜も搬送先で一命を取り留めたらしいし」


「本当に?! 良かった、奏さんが殺人犯に成らずに済んで……」


 怜衣は心のそこから安堵してしまう。


「ほんでも奏の罪は消えへん。きっと傷害罪で裁判を受けるやろうけど、あの子、凶器と一緒に遺書も用意してたん。遺書には奏があないな事をした経緯が書いてあったみたいで、上手くすれば情状酌量の執行猶予が貰えるかもしれへん」


「確かに、無茶な売掛金が無ければこんな事は起こらなかった。被害者にもホストクラブにも、少なからず責任は問われるかもね」


 釉乃の言葉に鈴那は黙って頷く。怜衣は途中から話の意味が解らなかったが、松本奏にとってこれ以上悲惨な日々が無いことだけ理解していた。


「せや、でも、ウチは奏がこれからも生きて、ほんまの幸せを見つけるために、もがいて欲しい。やりきってまた会えるならええけど、半端に苦悩して合うのはごめんや。せやからウチはこれから、ちょくちょく奏の様子を見に行こうと思う。もしも奏が刑務所の中に入ったって、ウチはいつでも会いに行ける、なんたって幽霊やしな。だから……、ほんまに、奏を生かしてくれて、二人とも、ありがとう」


 再び頭を下げる鈴那。顔をあげたその表情はとても穏やかだった。


「うん、きっとそれが良いよ。奏さんもきっと喜んでくれると思う」


 怜衣はもう一度見ることの出来た鈴那の笑顔に安堵していた。


「そんでな……、迷惑掛けたついでって言うたらおかしいけど」


 鈴那は苦笑いで口を開く。


「まぁ、そうなるだろうと思ってた。けど、一応言っておくよ? 私はレイちゃんと都市伝説になる。鈴那ちゃんにはあくまでもアドバイスを送るだけよ」


 釉乃はわざとらしく片目を閉じてそれに答える。


「それでもええ、ウチも都市伝説になりたい。釉ねえみたいに、ここぞって時に誰かの力になりたいんや」


 鈴那はまた深く頭を下げた。


「うん。まぁ、友達って事なら、力に慣れることもあるのかな?」


「釉ねえ……、ほんまに、ありがとうございます」


 二人の視線は向き合うと、互いにその顔は笑みを浮かべていた。怜衣はそんな二人の姿につられて笑うのであった。



◆◆





「ところで、鈴那ちゃんはどうやってここに来たの?」


「へ? 言われた通りやってみただけやで?」


 テーブルに並んだポテトフライを一つとり齧ると、怜衣は鈴那に尋ねていた。


「言われた通り?」


 鈴那は眉を寄せて困ったように口を開く。


「せやから()()()()が言うたやん。入るなら飛べば良いって」


「飛ぶ……?」


 困惑する怜衣を見て、鈴那はそう言うと両手を広げ、くるくると回り始めた。すると、彼女の体がゆっくりと浮き上がり、天井に向かって昇っていく。


「え?! 鈴那ちゃんが宙に浮いてる」


「すごいやろ? ウチもついさっき出来たばかりやねん」


 目の前にいる鈴那は空中に浮かんでいた。フワフワと身体を委ねる彼女は、確かに空中を飛んでいる。


「おー! 鈴那ちゃんは飛べるようになったんだね」


「あら、すごいじゃない。随分な進歩ね」


 釉乃と羽仁塚は動じない。宙に浮かぶ鈴那を見て簡素に手を叩いて見せた。


「す、すごいよ。鈴那ちゃん、空飛べるんだ」


「ウチもほんま、驚いてるよ」


 鈴那は照れ隠しのつもりか何度も頭を掻いて言った。


「気づいてないみたいだけど、レイちゃんだって出来ることが増えてるのよ?」


 釉乃はワイングラスを傾けると片目で見ていた。


「私!? え、何にもわからないけど、もしかして私も飛べる?」


 怜衣は鈴那を見て目を輝かせた。空を飛べるなんて幽霊になって初めて嬉しい事かもしれない。


「うーん、たぶん飛ぶのは無理かもね。そうねぇ、解りやすくいえば、レイちゃんの手に持ってるものを見ればわかるかな?」


 釉乃の言葉に怜衣は手元を見る。左手に持った皿にはチーズケーキが乗っていた。右手のフォークはその一部分を突き刺している。


「このお皿とフォークが……?」


「違う、違う。それ、私が手渡したんじゃなくて、レイちゃんが自分で手に取ったんでしょ?」


「あ……」


 言われるまで気が付きもしなかった。無意識のうちに手に取った皿や食べ物を、怜衣はあたりまえに取っていた。


「すご! レイち、物をさわれるようになってたん!?」


「え? あ、わっ、わぁ! ほ、本当だ」


 驚きから皿に乗ったケーキを落としそうになる。両手にしっかりと握られた皿と銀色のフォークはしっくりと重みを感じる。


「そうね……、レイちゃん。あそこにあるTVのリモコンを取ってくれる?」


「え、リモコン? ああ、えーっと……」


 動き出そうとして立ち上がると、右手をリモコンに向けていた。


……ええと、リモコン、リモコン。


 一歩踏み出そうとした時、固い感触が右手に伝わる。


「うわっ!? レイち、何なんそれ、念力やん!」


「え、なんであそこにあったリモコンが?!」


 驚きの声をあげる怜衣と鈴那に、釉乃が口を開く。


「物に触れるようになれば、ちょっとした物くらいなら、動かしたり引き寄せたり出来るわよ。レイちゃん、これでまた一つ、恐がらせる手段が増えたね?」


 釉乃は手を差しのべていた。


 これ、いつの間にか私、本当に都市伝説になる事になってる……?


 差し伸べられた手を取るのを躊躇する怜衣であったが、釉乃の嬉しそうな表情を見ると気持ちは動いていた。


 








 


 

 

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