第十四話 トー横の出会い
「なんやぁ……、東京来て初めて成功したと思うたのに」
がっくり肩を落とす女性は橙色の短い癖毛を揺らして溜め息混じりに溢したのであった。落ち込む彼女を怜衣はただ困惑していた。
歌舞伎町近くの広場は、若者たちのエネルギーで溢れていた。その一角で不思議な躍りを披露していた派手なジャージ姿の女性は、視線が合うなり突然詰め寄ってきた。
「まぁええか、チャンスはまだまだあるだろうし。また次頑張ろう」
間近で見る彼女は自分とそう変わらない年齢に見える。関西弁の幼い声に、どこか幼さを感じてしまう。
「あ、あの……」
「ん? ああ、勝手に話し進めてごめんね。そや、同じ幽霊なら友達ならへん? ウチ、東京来たんは初めてで、知り合いおらへんねん。見たところ歳も近そうやし、友達になってよ」
「と、友達……、はぁ」
彼女の熱意に押されて、怜衣はつい頷いてしまった。
「良かったわ。あ、ウチは牛込鈴那って言います。おねえさんは?」
「あっ……と、神子島怜衣です」
牛込鈴那と名乗った少女は嬉しそうに片手を伸ばす。躊躇いながら怜衣はその手を取った。
「さっきのは……、えと、牛込さんは、ここでなにしていたんですか?」
「鈴那でええで。何って、見ての通り踊っとったんや。トー横なら若い人多いし、上手く行けばバズって即噂になれそうじゃん?」
「はぁ、バズって噂になる……」
得意気にその場でくるりと廻る鈴那は「どう?」っと尋ねてくる。反射的に拍手で応えた。
「ウチな、この街には都市伝説になろう思て来たんや。せやからこうして沢山集まる場所で踊ってたってわけ」
「えっと、何で踊り……?」
怜衣は素直に思った疑問を口にする。鈴那は驚いたように大きな両目をさらに見開いて口を開いたのだった。
「ちょっと、嘘やん。都市伝説ゆうたら【くねくね】が一番有名やろ?! せやからこうやって……」
鈴那は、まるで羽根のように軽やかに踊る。まさか、彼女は本気で踊る事で都市伝説になろうとしているのだろうか。怜衣は、苦笑いを浮かべながら、得意気な彼女のダンスを見つめていたのであった。
◆
疎らにたむろする若者達は楽しそうにあちこちで声をあげている。忙しなく身体を揺らす鈴那はあれからまた一心不乱に踊り続けている。怜衣はそのすぐ側に座りその様子を黙って見ていた。
「はぁー、あかん。全然誰も見たってくれへん。東京の人らは冷たいなぁ」
疲れたとばかり座り込む鈴那は、両手足を投げ出して仰向けに寝転んだ。
「都会の人は薄情なんかなぁ。レイちもそう思わん?」
「え、い、いや。ちょっと私はわからない……です」
返答に困ると曖昧に返してみた。
「あー、もうその敬語やめや。歳近いだろうし、レイち、気ぃ遣うの禁止ね」
「は、う、うん。わかった」
鈴那は掛け声と同時に立ち上がると、目の前でわざとらしく胸を張った。
「ウチは享年でいうと十七歳。この姿になってからは五年位やから、あと少しでアラサーやんな」
カラカラと嗤う彼女は答えを待つように顔を傾けた。幽霊の自己紹介というおかしな光景に、怜衣は少し戸惑いながらも応える。
「私、十九で死んで、幽霊になってまだ三日くらい……かな」
本当に曖昧だった。自分を取り囲んだ世界はここ数日は目まぐるしく変化して、それでいて初めての事だらけで。それでもあれこれと考え事をしていた生前と比べると、今の方が生きやすいと感じている。本当は死んでいるのにと、つい自嘲気味に嗤ってしまう。
「ハァッ?! 三日ぁ!? 嘘やん、レイち、たった三日でその姿になれたの?!」
「え、う、うん」
「なぁ、レイち、本当にたった三日でその姿になれたの?!」
「そ、そうだけど……」
「ウチなんか人魂から変わるまで半年以上もかかったのに……。凄すぎやん、あんたとんでもないな。ねぇ、効率よく怖がらせるコツとかあるん? ウチにも教えて、この通り」
鈴那は声を荒げて驚いた後、深々と頭を下げる。予想出来ない彼女の行動に、怜衣はまた反射的に謝ってしまうのだった。
「ごめん、私はそんな凄くなんてなくて……、たまたま、色々教えてくれる人に助けられただけで……」
「教えてくれる人? 幽霊の先生みたいなんがおるん?」
「う、うん」
鈴那は目を輝かせて尋ねてくる。怜衣は戸惑いながら頷いたり、時折相づちのように答えるしか出来なかった。しばらく問答が続いた後、鈴那は突然立ち上がると鼻息荒く顔を近付けて口を開いたのであった。
「めっちゃ、羨ましい。ねぇ、ウチもその先生に会わせてくれへん? たった三日でそんな変われるなら、都市伝説なんてすぐやん。ええやろ、お願い!」
「え、えぇ……」
なんだかややこしい方へと、話が進んでいる気がする。頭を下げる鈴那に、怜衣は困り顔で唸るのであった。