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第十話 ふたりの正体

 釉乃は真剣な表情で話していた。隣で相槌のように頷く羽仁塚も、私の答えに期待を込めて待っているように思えた。彼女達の求めている答えは首を縦に振れば応えられるだろう。だけどそれはとても荷が重いと感じてしまった。


 そう、いくら幽霊になっても、私は私のまま。何も出来ない、不器用で気の利かない、()()()()()()()()だ。


「えっと……。良くして貰ったのに、ごめんなさい。私には。ちょっと……、難しいと思います」


「えぇっ?! 何でよ、流れ的にもそこはいい笑顔(かお)でおつやさんの手を取るところじゃないの?!」


 羽仁塚はふくよかで大きな顔を近付けて声を荒げた。堪らず身を引く怜衣に捲し立てるように続けた。


「ちょっと、ちょっと本気で言ってる? おつやさんと組めるなんて、これ以上ない好条件なのよ。なんたってこの人は……」


「――ハニーちゃん、シッ……」


 釉乃は人差し指を口の前に立てて羽仁塚を止めた。


「あら、いいじゃない? この子だって本当のおつやさんを知ったら、きっとーー」


「これはあくまでも私の願望。協力してくれるかどうかはレイちゃん次第だもの、仕方ないじゃない」


 何か言いたげな羽仁塚を宥める釉乃は少しだけ寂しそうな表情を見せたが、すぐにまた優しい微笑みを怜衣へと向けていた。


「あっ、心配しないでね? レイちゃんを元の姿に戻すって約束はちゃんと守るから」


「釉乃さん……」


 お母さんもよく、あんな表情(かお)を見せてたな……。


 棘が刺さった様に、気持ちがざわめく感じがした。見覚えのある表情に言葉が詰まる。


 あの顔をした母はいつも何か自虐的で、とても寂しそうに笑っていた。わかっているのに、その度に私は何も言葉が出なかった。結局、母の本当の気持ちもわからないまま、永遠の別れになってしまった……。


「ほら、ハニーちゃんも冗談はその辺にして。レイちゃん、明日からの作戦について考えようか? まずは生きていた頃のあなたを知ってる人を探して――」


 釉乃はわざと話題を変えようとしている。


 また私は誰かの優しさに甘えるつもりなの? 違う、今度はきっと、違うから……。


「あの……、釉乃さん」


「うん、何か心当たりでもある?」


 言うんだ、今度はちゃんと向き合わなきゃ。


「その……、都市伝説って、どんな事をするのかなっ……て」


 釉乃は驚いたように目を丸くしていた。少しの沈黙を破ったのは羽仁塚の喜びの声だった。


「やっぱりその気になったのね! 大丈夫よ()()()()()()、このおつやさんはね、想像以上にものスッゴい幽霊なのよ」


「あ、えと、私は怜衣ですけど……。何が、凄いんですか?」


 捲し立てるように羽仁塚が続けた。


「フフフ、驚くわよ……? 佐賀県は信楽の【おつやさん】。この人こそあの有名な都市伝説のモデルであり、数ある噂話の先駆者的存在! なにを隠そう、あの【口裂け女】のね」


「釉乃さんが、口裂け、女……?」


 広い部屋に再び静寂が拡がったのであった。



「ほら見なさいよ?! レイ子ちゃんも驚いて言葉を失くしてるじゃない?」


「ちょっと、ハニーちゃん……、レイちゃん困ってるから……」


 忙しない羽仁塚を釉乃が抑えるのを呆然と見ていた。


「あ、あの……」


「そうよね、レイ子ちゃんもさぞかし驚いたでしょ? 私も初めて知ったときは――」


「いえ、あの……、その()()()()()()()って、私、よく知らないかも……、です」


「そうそう、よく知られてなくて……、って、えぇッ?!」


 羽仁塚は動転したように叫び声をあげる。よほど信じられないと言った表情で目の前に詰めよって来たのだった。


「あ……、あの口裂け女よッ?! 詳しく知らなくても、恐ろしい存在なのは知ってるはずでしょ!?」


「い、いえ、ごめんなさい、私、学校であんまり友達いなかったから……、あんまりそうゆう話し疎くて」


 奇声をあげる羽仁塚に、釉乃は間に割ってはいると柔和な表情で困ったように声をかけた。


「ほらね、レイちゃんくらいの年代だと、もうそこまで有名な都市伝説じゃないんだって。ハニーちゃん、私のためにありがとう。とりあえず、落ち着こうか、ね?」


 困った顔で釉乃は騒ぎ立てる羽仁塚を納めていた。話の根本がわからないまま、私はただ二人を見つめる。


「まぁまぁ、ハニーちゃん、落ち着いて……。レイちゃんが知ってる都市伝説ってある?」


「えっ、と、都市伝説か……。【花子さん】とか、【ダッシュババア】とか?」


 声にならない驚きを羽仁塚が口をあんぐりと開けて表している。釉乃は微笑みながら頷いて、その話を聞いていた。


「今時の子にしては随分と古風(ベタ)なチョイスね」


 羽仁塚の言葉に思わず身を縮込めて答える。


「お母さ……、母が夏休みになると、そうゆう話をいくつか聞かせてくれたので」


「お母さん、怪談話とか好きだったの?」


「いえ、母は、私がそうゆう話を聞いて恐がるのを見て楽しんでいました」


 小学生の夏休み。仕事で忙しい母は一人で過ごす私を気遣ってか、毎晩のように色々な話を聞かせてくれていた。とりわけその中でも怪談話や未確認生物といった、夏らしい話題を良く語っていたものだ。


「レイ子ちゃんのお母さん世代ならきっと私より少し下くらいの年代でしょう? きっとお母さんも小学生くらいの時分には口裂け女の話で震え上がってたはずよ。私なんて本気で持ち歩いていたもの、護身用の()()()()()


 割り込んできた羽仁塚の話に、釉乃はまた困ったような、恥ずかしそうな表情で首を振っている。


「べっこうアメ……?」


「――そ、その話はいいのよ! はい、一旦私の話はお終い。レイちゃんのお母さんが話してくれた怪談話の認識であってるよ。私が目指しているのはその話に出てくるお化けや怪物の方だけどね」


「花子さんみたいな存在になるってこと? そんなの、なろうと思ってなれるモノなんですか?」


 釉乃の表情からは既にさっき感じた感情が消え去っている。昼間に見た楽しそうな笑顔で彼女は視線を左側へと促していた。視線の先にいつの間にか点いていた大きなテレビ、画面いっぱいに映し出された数人の大人が時折視線を下げては原稿を読み上げている。


『ーー先週、21日に発見された新宿公園殺傷事件に進展がありました。被害者は【神子島怜衣】さんと断定され、警察は事件の目撃証言を集めており……』


 テレビの画面は切り替わると、見慣れた顔写真が映し出された。紫色のエクステが目立つツインテール、印象の強い目元の赤いアイメイク。困ったように片手をこちらに向け、顔を反らす若い女性の写真。そのすぐしたの方には【神子島怜衣(かこしまれい)〈19〉さん パートアルバイト】とテロップが記されていた。


 最悪だ、よりにもよってなんであんな酷い写真を選ぶのか……。交遊関係の少ない怜衣には、他にまともな写真が残っていなかったのだろう。それでも他の事件のように学生時代の個人写真が出るよりは幾分かマシかとため息をつく。


「うそぉッ!? あれがここにいるレイ子ちゃんなの? イヤだあなた、ほんとはとっても可愛らしいんじゃない」


「はぁ……、ありがとうございます」


 羽仁塚はまたしても詰め寄るとどうでもいい質問を怜衣に投げ掛けた。正直、少々鬱陶しいが、自分が死んだという現実から少しだけ逃げられているような気がして安堵してしまう自分もいる。


 そんな二人のやり取りに気も止めず、釉乃は一人、大きな画面を食い入るように見つめて口を開いたのであった。


「私ね、今朝レイちゃんを初めて見た時、何て言うかビビって感じたのよ。それで名前を尋ねたら神子島怜衣って言うでしょ? もうね、これは運命だなって思っちゃったの」


「運命って……。私の名前が、何か……?」


 彼女が言っている意味がわからない。何故か隣で話を聞いていた羽仁塚は、何かを理解したように頷いている。


「わかったわ! ()()()()()()……、並び替えたら()()()()()()になる」


「ハニーちゃん、大正解っ!」


 二人の会話にまた着いていけない。名前を並び替えたら一体なんだというのだ? 喜ぶ二人の顔を交互に見返した。


「カシマレイコさんの噂話って実は幾つか存在しているの。それぞれ別の都市伝説なんだろうけど、最終的にはカシマレイコという言葉で括られている。だからね……、さっきはつい先走っちゃったけど、あなたに改めてお願いしたい。一緒に成りましょう、私達の【()()()()()()()()】に」


 釉乃は右手をこちらに差し伸ばす。優しい微笑みに、どことなく母の面影のような暖かさを感じてしまう。


 彼女の手と、真剣な眼差しを交互に見て息を呑む。私の答えは初めから決まっていたのだ。釉乃の透き通った白い手を取ると、真っ直ぐ視線を合わせて口を開いた。


「ごめんなさい、私にはやっぱり無理です。だって、私は……」


 釉乃の瞳が落胆の色を浮かべていた。騒ぎ出しそうになる羽仁塚を止めて、彼女は怜衣の言葉の続きを静かに待つ。





「釉乃さん、たぶん勘違いしてる。だって、そのカシマレイコさんって女性の幽霊でしょ? 私、生物的、戸籍上は……、その……男性、だから」





 言ってしまった後に後悔が押し寄せてきた。こんな姿とはいえ、ずっと騙していたような自分を彼女はどんな顔で見るだろう? いたたまれない感情に顔を伏せた。部屋にはニュース番組の音だけが響く。


 あ、あれ……? 二人とも、怒ってるのかな……?


 恐る恐る顔をあげると、そこには見たこともない驚きの表情でこちらを見つめる二人がいた。言葉を失くした二人は口をパクパクと動かしては、言葉に成らない声を挙げていたのであった。


 

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