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3 冷酷な旦那様

 その数年後、祖父は亡くなった。しかしグレンの祖父によって約束は果たされ、十七歳の誕生日、リゼルはコーネスト伯爵家へ嫁入りする。


 確かにリゼルの祖父は、結婚という形で孫娘を外へ連れだしたのだった。


 リゼルにとっては嬉しかった。伯爵家の屋敷のある王都にはたくさんの人がいて、異国の魔法書もあって、マギナ領の離れにいては一生手の届くことのなかった世界が広がっていた。


 が、この話で最も被害を被ったのはグレンである。家のためとはいえ祖父の一存で結婚を決められ、その相手が得体の知れない魔女だというのだから、彼の憤懣は推して知るべし。


 結婚初夜、花嫁として夫の寝室を訪れたリゼルに対し、礼装姿のグレンは冷たく言い放った。


『これは政略結婚だ。マギナ家の血を我が家に引き入れるためのな。だが俺は君に手を出すつもりはないし、愛することもない。どうせ爵位は兄が継ぐ予定だ。祖父の命令で結婚した以上は離縁もしないが、俺に関わるな。それ以外は好きにしろ』


 夫となったはずの男の瞳は冴え凍るようで、その長躯からは反論を許さぬ威圧感が発されていた。リゼルは脂汗を流してすごすご自室へ引っ込みながら、心に固く誓った。


 ――絶対に旦那様のお邪魔はしないようにしよう、と。


 とはいえ、コーネスト家での日々は平和なものだった。グレンとは顔を合わせることさえ稀だったが、マギナ家の離れでの生活に比べれば楽園だ。何せ三食出るし、夜はふかふかのベッドで眠れるし、罵声を浴びせられることも皆無。


 ほとんど見向きもされていなかった温室を改造してこっそり魔法庭園(ガーデン)を作り上げても怒られなかった。そもそも気づかれなかったのかもしれない。


 だからリゼルはグレンに心から感謝していた。夫となった人と交流できないのは、寂しくはある。でも、それは望み過ぎというものだろう。


 こんな生活がいつまでも続くといいな、とひっそり毎日祈っているのだ。


「……リゼル様はお人よし過ぎると思いますけれどね」


 黙って追憶に沈んでいたリゼルに、ネイがぽつんと声を投げる。ハッと顔を上げると、ネイはリゼルとグレンを見比べて大きなため息をついた。


「冷たい態度を取る夫に、妻が感謝する必要がどこにあります?……まあ、私はリゼル様のそういうところに救われたので、何があってもついて行くだけですけれど」


「ネイ……ありがとう」


 リゼルはネイの手を取る。ネイはかつて、リゼルの住んでいた離れにやって来た物乞いの孤児だったのを、リゼルが侍女として引き取ったのだった。


 初めて会った時よりだいぶ大きくなった手を握り、リゼルは柔らかく微笑む。


「ネイ、好きよ。ネイがいなかったら、私はもっと寂しかったと思うわ」


「リゼル様……やっぱり、こんな家にいるのは止めません? 寂しい思いをすることないですよ」


「ネイったら……」


 困り顔で窘めようとしたとき、ベッドの上から小さな呻き声が聞こえた。


「だ、旦那様!?」


 ぱっと手を離し、リゼルは急いでグレンの顔を覗きこむ。端正な面差しの中、柳眉がしかめられ、長いまつ毛が震えたかと思うと、うっすらと瞼が開いた。その下から覗く切れ長の瞳が、陽光を受けて翡翠色にきらめく。


「お、お加減はいかがですか。どこか痛いところはございませんか」


 リゼルが声をかけるも、グレンの目は望洋と天井を彷徨うばかり。これは早くお医者様を呼ばなくては、とベッドのそばから離れかけたとき、はっしと手首を掴まれた。ちょっと骨が軋むくらい強い力だった。


「どうかされましたか?」


 枕元に戻って訊ねるリゼルを、グレンがじっと見つめる。鋭い視線が、リゼルの大きな金色の瞳を、小さな唇を、結いもせずに背中に流しただけの髪を、簡素なドレスを、探るように行き来した。


 そしてしばしの沈黙の後、グレンは訝しげに言った。


「君は、誰だ?」


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