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1 記憶喪失の旦那様

 結婚して一年、リゼル・コーネストが夫の寝室に入ったのは、これがたったの二度目のことだった。


「旦那様がお目覚めにならないわ……どうしよう……」


 コーネスト邸で最も日当たりの良い一室、その真ん中に置かれたベッドの枕辺で、リゼルはおろおろと呟いた。


 ベッドでは、午後の陽に金髪を透かす青年が昏々と眠っている。精悍な眉に、頬に影を落とす長いまつ毛。白皙の美貌は目を閉じてなお凛々しく際立つ。しかし頭には包帯を巻かれ、頬に当てられたガーゼが痛々しい。


 息をしているのか心配になるほど静かに眠り続けるのは、リゼルの夫であるグレン・コーネストだった。


「リゼル様、看病の交代に参りました」


 ノックと同時に部屋の扉が開いて、侍女のネイが顔を覗かせる。リゼルは椅子から立ち上がり、眉を曇らせて侍女を迎えた。


「ネイ、どうしましょう。私に何かできることはないかしら」


「命には別状ないと、お医者様は仰っていたではありませんか。今は待つしかございません」


 キッパリ言われ、リゼルは「それはそうなのだけれど……」と俯く。


 頭ではわかっていても、どうしても心は落ち着かない。


 なぜなら彼女は男爵令嬢でありながら魔女だったからだ。医者ほどではないが怪我人と対峙した経験があり、その中には、容態が急変して亡くなってしまう人もいた。


 その悲しい別れを思うと、昨夜、王立騎士団の団長として赴いた魔獣退治の最中、頭を強く打って意識をなくしたと屋敷に運ばれてきた夫に対し、楽観的にはなれなかった。


 心配の視線をグレンに向けるリゼルに、ネイが拗ねたように唇を尖らせる。


「これはリゼル様がそれほど御心を砕かれるほどのことですか? 失礼ながら、旦那様はリゼル様にとって別に良い夫ではないではありませんか」


 もしグレンが起きていれば、叱責の一つは免れない発言だった。リゼルはぎょっと目を剥く。


「ほ、本当に失礼よ」


「でも事実ですから。ご結婚から一度でも、旦那様がリゼル様に優しい言葉をかけたことがございましたか? お名前さえ呼ばれたことがないのでは? リゼル様がこんな仕打ちを受ける謂れはないのに」


 ネイはつんと鼻をそびやかす。リゼルの生家から連れてきたネイは、屋敷の主人よりも断然リゼルの味方だ。


 けれど、とリゼルは力なく首を横に振る。腰まで伸ばした長い白銀の髪が、遅れてゆるゆると揺れた。


「仕方ないわ。私たちの結婚は……お互いに望んだものではないもの。ネイもそれは知っているでしょう?」


 ネイがぐっと言葉を詰まらせる。グレンの顔に目を落としたまま、リゼルは自分の結婚のあらましを思い返した。


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