085.同行者をあなたへ②
「で、そのお偉い教授様はおいくつなんだ? いくら天才だろうが、子どもをダンジョンに連れて行くわけにはいかないだろ?」
「女性に年齢を聞くなんて、つくづくデリカシーのない男ね」
さっきまでの笑顔はどこへやら、ルメリアはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「デリカシーがないのは認めるけど、俺は安全のために聞いてるんだよ」
「ふん、どーだか。でも、まあいいや。いつもまでも突っかかられてもメンドーだから教えてあげる――十八よ」
「いやいやいや、仮にも教授とあろう者が嘘はよくないだろ」
しかし、どうやら驚いているのは俺だけのようだ。バスコとヒューリーは腕を組んで目を瞑り、マホロは困ったようにオドオドしている。
「マ、マジで? 十八っていや……」
ナルと同い年だ。でも、それにしてはあまりにも……
「なに? その憐れむような目は?」
「セ、セクハラ……」
「マ、マホロさん!? そ、そんなに簡単にセクハラの嫌疑をかけるもんじゃありませんよ? 俺はただ、頭脳に全振りするとこうなるんだなあって思っただけで……」
「や、やっぱり、セクハラ……」
「だから、違うって!」
「アンタさあ――」
それまで冷めた目で俺を見ていたルメリアが、酷薄な笑みを浮かべた。
「昔この国に『不敬罪』っていうのがあったの知ってる? 罰としてはさ、被害者たる貴族が指定する部分で、不敬の輩の体を切断するってものだったんだってさ。まあ、だいたいの場合は首ちょんぱだよね。時代遅れの法律だなあ、なんて思って調べてみたら、なんとこの法律はまだ生きてるんだって。あー、ウチだったらナニを切断しようかなあ」
「いやいや、怖いから。そういうガチのヤツ怖いからやめて」
「どうしよっかなー? 全然敬われてないもんなー。どうしよっかなー」
「そのへんにしといてやれよ、ルメリア。それに、アキラ、幼児体型についちゃあ、こいつも気にしてるんだから、あんまりイジってやるな」
バスコの指摘に、俺は自らの言動を省みる。確かに褒められたものじゃなかったな。
バスコ自身も『幼児体型』なんて言っちゃってるんだが、それはそれ。ここはきっちりと謝っておかなければならないだろう。
「申し訳ありませんでした。アシュレイ教授」
俺が真摯に頭を下げると、ルメリアはそっぽを向いたままヒラヒラと手を振り返してくれた。たぶん許してくれたってことでいいんだろう。
それを見届けたバスコがようやくといった感じで口を開いた。
「さて、本題だ。今回の調査について説明する――」
要は、こうだ。
七日間、ダンジョンに潜る。その後、地上に戻り、報告を兼ねて二日間の休息。そしてもう一度七日間潜った後、再び戻って報告する。それで完了。
目的は、巨大種発生の原因を究明すること。つまり、俺が見た巨大種への変態の瞬間を、このルメリアに確認させることだ。
「必ずしも深層まで攻めなければならないってわけじゃねえ。深層に近いほど巨大種の目撃頻度が高いのは確かだが、このダンジョンでは表層にもしょっちゅう出るからな。もちろんこれは仕事だから成果は求められるが、何よりも優先されるのはパーティの安全、特に魔物学者を無事に帰すことだ。こんななりをしちゃいるが、お前たちが連れて行くのは『帝国の至宝』だということを忘れないでくれ」
言われるまでもない。もとよりそのつもりだ。
俺が頷くのに合わせて、ヒューリーとマホロも頷いた。
「ダンジョンに入って十日が過ぎても戻らなかった場合は、うちの部隊から捜索隊を出す。が、できればそうはしたくない。七日後には必ず一度地上に上がってくれ。いいな?」
「それはわかりましたけど、それってつまり、七日ぐらいは連続してダンジョンに潜ってろってことですよね? 俺たちはいいとして、ルメリアは大丈夫なんですか?」
「魔物学者を舐めちゃダメだよ。ウチらの仕事はフィールドに出てなんぼだから、七日間ぐらい余裕余裕。ま、ウチはまったく戦えないから、きっちり守ってもらわなくちゃ困るけどね」
そう言って薄い胸を張るルメリア。まあ、頭脳に全振りしてるんだから――って、いかんいかん。さっき反省したばかりだった。
「ま、そういうことだ。一応、護衛か荷物持ちでうちの若いモンを一、二名連れていっても構わんが、どうする?」
うちの若いモンをって言ってもねえ……
俺は皺枯れた老人の風体のウンタ君を見る。次いで、ヒューリーとマホロに視線を向けると、二人とも目を瞑り、ゆっくりと首を横に振った。
ま、そりゃそうだよな。
「遠慮しときます。最小メンバーで、静かに速く動けた方がいい。別に兵隊さんたちの実力を疑ってるわけじゃないですけど、普段からの連携とかもありますしね」
「そう言うと思ったよ。それじゃあ、出発は一刻後だ。一週間分の必要物資はこちらで準備しているから一応チェックしておいてくれ。他に必要な物があれば可能な限り手配しよう。質問は?」
バスコの問いに、俺たち三人は揃って首を横に振った。
ダンジョンに潜って一週間後に出てくる。これが基本。その間、ルメリアを守る。これはマスト。そして、巨大種発生の瞬間に立ち会う。これがベスト。
やること自体は複雑じゃない。あとは、実際に潜ってみないとわからないし、運の要素も大いに絡んでくる。要するに出たとこ勝負だ。
「よし! それでは出発まで各自準備を済ませておけ。一刻後にダンジョン前に集合だ。解散!」
隊長らしい威厳のあるバスコの号令により、調査の事前説明と、今回のキーマンであるルメリア=アシュレイ教授との顔合わせは終了となった。
もちろん、『ダンジョン前に集合』という言葉に、ルメリア以外の全員が一抹の不安を覚えたことは、言うまでもないだろう。
アキラ編は月曜連載です。
同タイトル【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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よろしければそちらもお楽しみください。