008.お仕事をあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
ズンに見送られて門番たちの詰所を出ると、通りを西から東へと真っ直ぐに歩いて、南北へと伸びる大通りとの交差点まで来た。
ここまで時間にして四十五分程度。徒歩一分が確か八十メートルぐらいだと言われていたはずだから、物見をしながら歩いてきたことを考えると、東西の通りと南北の通りで区切られた区画は概ね三キロメートル四方といったところか。
昨日酒場で聞いた話では、この国で仕事をするのであれば、それぞれの職業が属する組合に加入する必要があるらしい。
ナルのように商売をやりたければ商業組合、俺の特技と言えるかもしれない荷運びを専門にやるなら運送業組合といった具合に、大小様々な組合があるようだ。
昨晩の朧げな記憶を辿ってみるに、ズンからは、色々な職業組合を見て回るなら中央街に行った方がいい、と勧められていたはずだ。
しかし、中央街はここからさらに東へ北へと十五キロメートル以上。歩けなくはないが、歩きたいと思える距離でもない。
それに、色々と見て回らずとも、実は、最初に訪れる組合はもう決めてあるのだ。
その組合の支所は、東と北へ一区画ずつ、つまりあと六キロメートルほどで到着する。
まあ、それでも遠いと思うのは、現代日本で生きてきた若者の軟弱さなんだろうな。
「さて、もう一踏ん張り、歩きますか」
そう独りごちて、まるでお上りさんのように——あながちそれも間違いではないのだが——辺りをきょろきょろ見回しながら再び歩を進める。
広い通りは人々で賑わい、その両側には店々がきれいに立ち並んでいる。ちょっとしたスペースには、露天商が風呂敷を広げていたりなんかする。
「いい街だよなあ」
何気なく目を向けた露店は、どうやら人気店らしく、大勢の人が集まっていた。
俺は、そこに妙な違和感を覚えて立ち止まった。
「何売ってるんだろう?」
俺は人集りの隙間から中の様子を覗き込む。そして、違和感の正体が何だったのかをすぐに理解した。
「髪が青い……」
その露店商は、青い髪をしていた。
「やあやあ、そこの黒髪のおにーさん! おにーさんも一杯飲んで行かないかい?」
青髪の青年は、犬歯が一本抜けた歯を見せて、ニカリと笑う。
「何を売ってるんだい?」
「水だよ。冷えてて美味いよー」
冷えてる……だと?
そう言えば、こっちの世界に来てからというもの、飲み物と言えば、湯冷ましか温いエールだけで、冷えている水は口にしたことがない。
「いくらだい?」
「こっちのコップ一杯で銅貨3枚」
昨日のエールと同じ値段か。しかし……
俺はゴクリと唾を飲み込む。
「一杯もらうよ」
「毎度あり!」
青髪の青年は銅貨を受け取ると、コップに手を翳す。
たったそれだけのことで、何もないコップに突如として水が溢れた。
「おっとっと、やり過ぎちゃったよ。はい、どーぞ」
俺は受け取ったコップを呆然と見やる。
無から水が生まれたのだ、驚くなという方が無理がある。
「ま、魔法なのか?」
「そうだよ? 水魔法。おいら、ちょっと水魔法は得意でね、冷たい水も温かい水もお手の物ってわけで、こうして水売りをやってんだ」
飲んで大丈夫なんだよな?
隣を見ると、冷水を一気に飲み干した少年が「うまーい!」と良い笑顔を見せている。
俺も意を決して、冷水を呷る。
「くうぅぅ! 美味いッ!」
圧倒的な冷たさが脳に響き、暑さで火照った体から熱を奪い去っていく。
水って、冷たいだけでこんなにも美味いものだったんだなあ。
それにしてもこの青年、髪が青いってことは、この大陸ではなく、青の大陸の出身ってことか。
もちろん、この砂漠の街にも井戸があり、水そのものには困ってはいないようだったが、全ての家に井戸があるわけではないし、汲み置きの水は最初こそそれなりに冷たいものの、直ぐに温くなって難儀するとは昨日の酒場の女将さんの談だ。
砂漠の外れにある日がな一日暑いこの街にあって、キンキンに冷えた水を、しかもそれを出し放題なんて、まさに濡れ手に粟のチート商売じゃないか!
目のつけどころが鋭利でしょ、とは彼のための言葉だな。
「美味かった。また寄らせてもらうよ」
「ご贔屓にー」
愛想良く笑う店主に見送られて露店を後にする。
魔法が使えれば、色々な稼ぎ方ができるんだな。一つ勉強になったぜ。
まあ、魔法、使えないんだけどね。
無い物ねだりしたってしょうがないよな。さて、職を求めて彷徨いますか。
そうして俺は、目的地へと向かってさらに歩みを速めるのだった。
⚫︎
交差点の角。
広い庭と大きな倉庫を備えた三階建ての一際大きな建物。
帯剣した小柄な女、長杖を支えにする老人、無手の厳つい男、マントを引き摺る少年。
老若男女、様々な風貌の者たちが活発に出入りする場所。そこは——
フレイミア冒険者組合サンドロ支部第三支所。
ここが俺の目的地だ。
昨晩、ズンに相談に乗ってもらいながら、この世界で俺にできそうな仕事をいくつか考えてみた。
俺には何故か人並み外れた怪力がある。これを活かした仕事がいいだろう、というのがズンの意見だった。
建設業や運搬業、林業、採掘業など、単純に力を求められる仕事はいくらでもある。戦闘訓練を受ければ、衛兵という働き口もあるかもしれない。
一方、俺の希望は、行商人や吟遊詩人のように、一つのところに縛られず、街から街へ、国から国へ、場合によっては大陸から大陸へと、気軽に移動できることだった。
なぜなら、おれの目的はただ一つだからだ。世界を回って見識を深め、元の世界に帰る方法を探さなければならない。仕事を得るのはそうするための手段であって、この街で安定した生活を築くことが目的ではない。
まだ元の世界に帰ることを諦めたわけじゃないからね。
そんな理由で最終的に行き着いた先が『冒険者』だった。
一攫千金を夢見て、強力な魔物を相手に生死をかけた大立ち回り——これが、冒険者に対する俺のイメージだった。
確かに、そのような連中もいるらしい。しかし、冒険者は基本的には『街の便利屋』みたいなものだ、というのがズンの話だった。
迷い猫の捜索、浮気調査、引越しの手伝い、素材の調達、旅人の護衛、魔物の討伐——ありとあらゆることが冒険者の仕事の範疇だ。
もちろん、仕事を受けるか受けないかを選ぶのも自由だし、身一つあればどこでだって仕事をできる。まさに究極のフリーランス業だと言っていい。元の世界にもあったらいいのに、と思えるほど魅力的な職業だ。
そういうわけで俺は、いざ冒険者となるべく、組合の扉を開くのだった。
⚫︎
登録申請の窓口は長蛇の列だった。そこで並んで待つことおよそ半刻。
いよいよ俺の番だと、窓口の前に立ったそのとき、そこで初めて自らの犯した過ちに気がついた。
「新規かい? 更新かい?」
白雪姫に毒リンゴを食わせた魔女。そう形容するのがぴったりの皺枯声の老婆がそこに座っていた。
そうじゃない! そうじゃないだろう? もっと、なんて言うかさ、豊満過ぎるバストがコンプレックスの色白の美女だったり、ドジっ娘属性の眼鏡美少女だったりっていうのが受付嬢のテンプレなんじゃないのか?
絶望に打ちひしがれながら隣を見ると、眼鏡美人が凝った肩を押さえながら、「ふう」と色っぽい溜息をついている。
その肩こりは仕事のせいじゃないよね? テンプレ的なお約束のせいだよね?
二倍以上の人が列に並んでいたためそっちの列を倦厭したが、こんなトラップが仕込んであるとは……
さすが異世界、一筋縄では行かないようだ……
「それで? 新規か更新かって聞いているんだがね?」
老婆がうんざりしたような顔で尋ねてくる。今の俺のような反応は、きっと俺に限ったことではないのだろう。
「ああ、すみません。新規です……」
「名前は?」
「えっと、アキラです」
「エットアキラだね」
「いやいや、アキラです。ア・キ・ラ」
「だったら最初からそう言わんかね」
老婆は、「残念なのは髪の色だけにしとかないと苦労するよ」などと、アドバイスの皮を被った皮肉を口にする。
ぐぬぬ……
「登録料、金貨一枚だよ」
高い! のか?
食い物の相場については少しは分かったが、ここら辺の相場感はまだまだよく分からん。
とりあえず言われるがままに金貨を差し出し、代わりに小さな紙製のカードを受け取った。
「登録証だよ。身分証としては使えるけど、それ以外は何の役にも立たないね。無くしても構わないけど、再発行には銀貨一枚かかるからね」
カードを見ると、俺の名前の他、登録地の組合名と登録日らしきものが書かれていた。
「二年に一回更新手続が必要になるから忘れるんじゃないよ。まあ、失効しても新規で取り直せばいいだけだけどね。依頼は最新のものは向こうの壁に貼ってあるよ。一か月以上前のものは壁際の棚に束ねて置いてある。三か月すぎたものは期限切れで破棄だ。依頼主も依頼ごとに手数料を払ってるんでね、余裕があれば期限の近いものから受けてやっとくれ。それから、依頼の受注と報告はそこの窓口。パーティを組みたいならあっちの部屋に行くといい。ちょっとしたバーも兼ねてるから、情報交換にもいいだろうよ。他に何か聞きたいことはあるかい?」
それこそテンプレどおりなのだろうが、愛想は悪いが流れるような良い説明だった。さすがはベテランといったところか。
「ご丁寧にありがとうございました」
さっさと行けと言わんばかりに手を振る老婆に頭を下げると、依頼の貼られた壁まで移動し、早速依頼を見てみることにした。
猫探し——日当銀貨一枚。毎日の捜索記録の提出要。成功報酬金貨六枚。
荷運び——光の九刻から十二刻まで。報酬銀貨三枚と銅貨六枚。延長の場合は、追加報酬と夕食の支給あり。
商隊の護衛——帝都フレイミアまで。概ね八か月間。要組合審査。報酬応相談。
ふむふむ。一部受注できなさそうなのもあるが、依頼書は壁一面に所狭しと貼られていて選り取り見取りだ。
とりあえずこれにしてみよう。
賃金相場の把握を兼ねて、しばらく依頼書を読み漁っていた俺は、最終的に荷運びの依頼を受けてみることにした。結局のところ今の俺にできそうなものはこれぐらいだしな。
依頼書を剥がし、窓口へと向かう。初めてだということを説明して、流れや手続の説明を受ける。
さあ、冒険者としての初仕事のスタートだ。
羽ペンを手に、依頼書の受注者欄に署名をしようとしたそのとき——
冒険者組合の扉が乱暴に開け放たれた。
そこには厳つい顔をした男が切迫した顔をして立っていた。
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