007.始まりの街をあなたへ②
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
「すっげーなー」
正直、俺はまだまだ異世界を甘く見ていたようだ。
門から街へ入った俺の目の前には、片側三車線の国道ぐらいの幅の真っ直ぐな道路が、地平の先まで続いていた。
アスファルトというわけではないが、路面もよく整備されている。
道の両側には、酒場や宿屋、その他色々な店が立ち並び、その軒先では煌々と篝火が焚かれていて、ここまで過ごしてきた星一つない闇夜が嘘かのように明るい。
門番の話では、これと同じような通りが東西と南北に十本ずつ、合計二十筋あるらしいから驚きだ。
心配していた入門審査はといえば、ナルのおかげですんなりとパスすることができた。
どうやらこの世界、少なくともこの国には、公的な身分証なる物は存在しないようだ。ナルの出身の町マシトイからナルに雇われて砂漠を抜けてここまで来た、というでっち上げで、門番はすんなりと納得してくれた。
黒髪への同情を聞くのが一番時間がかかったぐらいだ。
何のための入門審査なのかと思っていたところで、最後に入市税として銀貨二枚を請求されて焦ったが、ナルに半ば強引に渡された麻袋のおかげで事なきを得ることができた。
こっちの世界に来てからというもの、ナルに世話になりっぱなしだった。
この街まで連れてきてくれたし、ここに来るまでの水や飯も世話してくれた。この世界のことも教えてくれたし、何より、俺を孤独から救ってくれた。
それなのに、俺は礼の一つもまともに言えていない。この恩は何としてでも返さなければならない。
最後に一目だけでもと、門の前でしばらくナルを探してみたが、その姿は見当たらない。ただでさえ人でごった返している中、背の低いナルを探すのはなかなかに骨だ。
「しょうがねえ。さっきお別れしたばかりで会うっていうのも気不味いもんな。今度、ナルが教えてくれた店まで会いに言ってみよう。確か、アルセル洋裁店って言ってたっけ?」
借りた金も返さなくちゃならないしな。早速銀貨二枚使っちゃったけど……
さて、そうと決まれば、酒場に行こう!
べ、別に、酒が飲みたいってわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!
俺は誰にというでもなくそう言い訳をして、酒場へと足を向けた。
個人的には、路地裏のこじんまりとした店も気にはなるが、今日のところは、無難に通りに面した大型店にしておこう。
腹ごしらえをしたいというのはもちろん本音でもあるが、何よりも重要なのは情報収集だ。まあ、最悪、飲み食いしていれば、貨幣価値や物価ぐらいはわかるだろう。
そうして俺は、早くも酩酊した酔客とすれ違いながら、賑わう酒場へと入っていった。
「おばちゃん、何か飲み物ちょうだい」
「うちはエールだけだよ」
「じゃあ、とりあえず一杯」
「三枚だよ」
三枚? 俺はとりあえず入市税のお釣りから銀貨を三枚カウンターに置いてみる。
「馬鹿な子だね。銀貨三枚もするエールがうちにあるわけないだろう」
おばちゃんは笑いながら差し出した銀貨の中から一枚だけ受け取ると、木製ジョッキになみなみと注がれたエールを俺の前にドカリと置いた。その横には、お釣りの銅貨が七枚。
なるほど。銅貨十枚で銀貨一枚。それから、さっきの関所では、銀貨二枚に対して金貨一枚を出して、銀貨八枚のお釣りだったから、銀貨十枚で金貨一枚か。わかりやすくていいな。
エール一杯で銅貨三枚ってことは、銅貨一枚は日本円にして、だいたい百円から二百円ってところか。まあ、物価については他の物も見てみてから判断だな。
とりあえず——
俺は目の前に出されたエールを呷る。
「う……うまい!」
残りを一気に喉に流し込むと、すぐさま銅貨をカウンターへと叩きつける。
「おばちゃん! もう一杯!」
異世界のエールは不味いというのがラノベ的常識だと思っていたが、このエールはそんな常識のはるか上を行っている。もちろん喉が渇いていたのでその補正もあるだろうが、旨みと苦味、そしてほのかな甘みが絶妙にブレンドされた深い味わいだ。
どうやら、まだまだこの世界の生活レベルに対する偏見があったようだ。この辺りも追々修正していかないとな。
「よお! 黒髪のにいちゃん! なかなかいい飲みっぷりだな」
情報収集と物価調査という名目で、何らかの肉と何らかの野菜を煮込んだ物をつまみに、四杯目のエールを呷っていると、赤い髭面のおっさんが俺の隣にドカリと腰を掛けてきた。
「とりあえず一杯頼むわ。このにいちゃんにも」
「はいよ」
カウンターの上にエールが二杯置かれる。
あれ? この人どこかで——
「なんだ、もう忘れちまったのか? 頭の上だけじゃなくて中まで残念だと苦労するだろ」
し、失礼な! でも、確かにどこかで——
「あ! 門番の!」
「思い出したか。じゃあ、とりあえず乾杯しようぜ。そいつは俺の奢りだ」
そう言って髭面の門番は、ジョッキを掲げた。
「火の神に」
「火の神に」
さっきからテーブル席のあちらこちらで繰り返される作法に倣って、俺は門番のおっさんとジョッキを打ち合わせた。
⚫︎
そして翌朝、俺はなぜか薄暗い牢の中にいた。
どうしてこうなった?
俺は軽く痛む頭を抱える。
確か、髭面のおっさんんと飲んで、色々な不安や愚痴を溢したりしているうちに、結構な人数が集まってきて、かなり飲まされて、それから——
「よう、アキラ! ゆっくり眠れたか?」
——思い出した!
「ズンのおっさん! いくらなんでも檻の中はひどいだろ!」
「昨日、『一晩泊まって行くか?』って聞いたら、喜んでついてきたのはお前さんだろうが」
そう言っておっさんは、牢の鍵を開ける。
ご丁寧に鍵までかけてやがったのか……
「まあ、そう噛みつくなって。路上で寝るより安全だって、結構人気なんだぜ」
地上へと続く階段を登りながらズンが笑う。地下牢から出た俺もぶすくれた顔で黙ってついて行く。
地上へと出ると、ちょうど夜明けを迎えたところだった。
顔を出したばかりの太陽が目に染みるぜ。
「もうちょっとゆっくり寝かせておいてやりたかったんだが、一応、公用なもんでな。今日はこれから職探しをするんだろ?」
えーと、何をどこまで話したんだっけ? 飲み過ぎのせいかよく覚えていない。まさか、異世界から来ました、みたいな話をしてないよな……
そんな不安を抱えつつも、もともと今日が職探しの予定だったのは確かなので、素直に頷いた。
「はい。そのつもりです」
「頑張れよ。まあ、お前さんぐらいの力があれば、仕事ぐらいいくらでも見つかるだろうさ」
あの大荷物を一人で曵くんだもんなあ、と笑いがながら、ズンは俺の背中をバンバンと叩く。
「お世話になりました」
俺は折り目正しく頭を下げる。
場所はともかくとして、一晩泊めてもらったのは確かだし、昨晩は色々と話を聞いてもらって少し気分も晴れた。
「シャバに出たらしっかりとやれよ」
「へい。わかりやした」
「もう戻ってくるんじゃねえぞ——っていうのは、嘘だ。俺はこの関所か昨日の酒場に大体いるからよ、困ったことがあったらいつでも顔出せよ、な?」
あ、やべ……なんか泣きそう……
あんた、ちょっと良い人過ぎだろ……
「ありがとうございました」
俺はもう一度深々と頭を下げた。
「おう! 元気出して行ってこい!」
ズンに背中を押され、俺は活気付き始めた街へと足を踏み出す。
さあ、新しい一日の始まりだ。
背中を押してくれたこの人に恥ずかしくないように、まずはしっかり職探しだ。
「次は俺が奢れるぐらい稼いできますよ!」
俺は振り返って、拳を高く突き上げた。
ズンも拳を上げて、それに応えてくれた。
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