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006.始まりの街をあなたへ①

手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。

https://ncode.syosetu.com/n2899ja/


※こちらは【アキラ編】です。

「この壁って、街全体を囲んでんのか?」


「どうなんでしょう? 私も来るのは初めてなので」


 高さ五メートルはあろうかという城壁がどこまでも続いているように見える。そのあまりの威容に二人してあんぐりと口を開けた。


 高校生のときに修学旅行で行った中国で見た万里の長城を彷彿とさせる城壁の上には、衛兵がちらほらと見られる。

 俺はその中の一人に声をかけた。


「すみませーん! 門はどちらでしょうか?」


「南に向かえ。ラクーダの脚で二刻ほどだ」


 城壁から衛兵が南の方角を指差す。この手の質問を幾度となく受けているのだろう。受け答えがとてもスムーズだ。


「ありがとう!」


 俺を壁上の衛兵に礼を叫ぶと、衛兵も右手を挙げて応えてくれる。それを見ながら再び荷馬車を押して南へと向かう。


 ちなみに、二刻というのは二時間ジャストだ。

 この世界では、夜明けを迎える朝の六時に当たる時刻を光の一刻、それから光の二刻、三刻と進み、夕方五時に光の十二刻を迎え、日暮れとなる夕方六時を闇の一刻と呼ぶ。

 一日を二十四分割していて、一刻の長さは一時間と同じであるため、部屋を出る際に着けてきた腕時計が使えるのが微妙に便利だ。

 もちろん悪目立ちするといけないので、今は腕時計はリュックサックの中に仕舞ってある。さらに言うと、この地味なリュックサックでさえ悪目立ちするおそれがあるので、無事街に入れたら早々に買い直そうと思っている。

 余談ではあるが、面白いことに、一刻よりも小さい時間の単位、つまり分とか秒とかは存在しない。六十進法というものが存在しないのか、細かい時間を気にしないのか、その理由はよくわからないが、ナルによると別に何の不便もないようだ。


 さて、リュックからこっそりと取り出したるその腕時計を見ると、今は光の十二刻——地球時間で言うところの午後五時——だ。

 ナルの話によると、閉門時刻は闇の三刻とのことなので、あと三時間ほどの猶予がある。

 しかし、これだけ大きな街だということを考えると、門は長蛇の列となっているかもしれない。今日中に街に入りたければ、少し急いだ方がいいかもしれないな。


「ちょっと飛ばすか。ナルはラクーダに乗ってくれ」


 そう言って俺は荷馬車からラクーダを解放し、その上にナルを乗せると、しっかりと手綱を握らせる。

 そして、残された馬車の軛を取った俺は、荷馬車を曳いて走り出した。


 人力車よろしく荷馬車はどんどん加速し、ぐんぐん進んでいく。

 最初からこうすれば良かったんじゃないかと思うほど、楽な上に速い。

 多少の重さは感じるが、感覚的には衣類を詰め込んだスーツケースぐらいのものだ。

 途中、剣やら盾やらを持った集団と何組もすれ違い、そのほとんどはドン引きしていたが、いちいちそんなことは気にしない。

 中には「兄ちゃん、やるじゃないか!」と声をかけてくれるパーティもいたりして、そんなときは、愛想良く片手を上げて挨拶しておいた。


 そうして気持ち良く走ること半刻ほど。


「待ってくださーい」


 俺が門前に到着してからしばらくして、ラクダを駆ったナルが追いついてきた。


「悪い。ちょっと飛ばし過ぎちゃったな」


「あんなに重たい荷車を引っ張って、ラクーダよりも早く走って行くなんて、非常識過ぎますよ!」


 ここまでの旅路で俺の怪力を目の当たりにしていたナルから見ても、どうやら今回は一際異常だったようだ。

 しかし当の俺はこの異常な力を受け入れつつある。おかしいことは確かだが、考えてみれば力はないよりもあった方がいい。むしろあってよかったまである。


「まあまあ、おかげでなんとか今日中に街に入れそうだから、いいじゃないか」


 見れば門の前は、案の定、長蛇の列だった。列の進み具合からみて、順番が回ってくるまで一時間から二時間といったところだろう。

 あのままラクーダのペースで歩いていたら、ギリギリ間に合わないなんてことも十分あり得たわけだ。


「べ、別に慌てて今日中に入らなくても、もう一晩くらい野営したって……」


 ナルが何やらもごもごと言っているが、それは聞かなかったことにした。


「それで、ナルは街に入ったらどうするんだ?」


「荷の一部を商業組合に卸したら、しばらくは知人のところに厄介になるつもりです」


「そう言えば、特に気にせず運んで来たけど、積み荷って何なんだ?」


「ほとんどは紙です。私が住んでいたところは製紙業が盛んだったので。それと塩ですね。塩はどこへ行っても確実にそれなりの値になりますから」


 聞くと、その紙はカミアシという植物から作られるものらしい。

 ファンタジーな雰囲気のせいか、勝手に羊皮紙と羽ペンのイメージだったけど、考えてみれば、元の世界でだって大昔から紙ぐらいあったもんな。

 偏見や固定観念は身を危うくする可能性だってあるんだから気をつけないとな。


「アキラさんの方はどうするんですか?」


「それが問題なんだよなあ……」


 すでにこの世界での数日が過ぎた。

 寝て覚めたら夢だったなんてことはなく、好むと好まざるとこの世界にいることが、俺にとっての日常になりつつある。

 元の世界に帰りたい——この気持ちは、この世界に出てきたときから今の今まで一貫して変わらない。

 ただ、ナルと過ごしたここ数日で、この世界もそんなに悪くはないなとも思えたし、帰り方がわからないというこの現状、しばらくは——いつまでになるのかはわからないが——この世界で生きていかなければならないのだろうという、半ば諦めに近い覚悟もできた。


「とりあえず、しばらくはこの街にいるよ。どうやら俺は、人より若干力持ちみたいなんでね。それでできる仕事でも探してみるよ」


「若干じゃないですけどね」


 ナルが笑う。

 だんだん辺りも暗くなり、入門を待つ列も、気付けばもうする俺たちの番だ。


「あ、あの、アキラさん……もし、その、行く当てとかがないんだったら、私と一緒に来ませんか……?」


 え!? いいのか? ありがとう!

 そんな言葉が口から飛び出すのを、すんでのところでなんとか飲み込んだ。


 確かに俺に行く当てはない。知人と言えるのもナルだけで、この世界では天涯孤独だと言っていい。そんな俺にとって、ナルの申し出はとても甘い誘惑だった。

 しかし、ここでナルのところに転がり込んでしまっては、きっと俺はダメになる。今でさえ立派なダメ男なのだ。これ以上ダメになると、完全無欠のダメ人間が出来上がってしまう。そうなってしまうと、俺はもう元の世界には帰れなくなってしまうだろう。

 それに、俺はナルには愛想を尽かされたくないのだ。

 だからこそ、俺は涙とともにその言葉を飲み込んだのだ。


「本当にありがとう。でも、一人でやってみるよ。一人でやってみたいんだ」


「そうですか……」


 ナルはあからさまに落ち込んだ様子で俯いてみせる。

 ここまでこんな見ず知らずの男の面倒を見てくれたばかりか、これからもそうしてくれようとするなんて、なんていい娘なんだろうね、この娘は。

 これから先、悪い男に引っかからなければいいんだけど。


「でも、何か困ったことがあったら、ううん、困ったことなんてなくても、いつでも訪ねてきてくださいね」


「もちろんそうさてもらうよ。きっとまた会いに行くさ」


 次に会うときには、今度は俺がナルの助けになれるようになっていたらいい。そうなれるように頑張ろうと思っている。


「入門審査は私が先に行きますね。もし、どこから来たかを聞かれたら、私の住んでた町の名前を言ってください。門番の方にも一緒に旅をしてきたと伝えておきますから」


「ありがとう。助かるよ」


「私は積み荷の手続きとか荷を曳くための馬の手配とかがあって、きっとすごく時間がかかってしまうので、今日はここでお別れにしましょう。だから、これを」


 ナルが懐から麻製の小さな巾着袋を取り出し、それを俺に渡してきた。

 その巾着袋を開けると、中には金色の硬貨が五枚入っていた。


「ここまでの護衛料と荷運びの料金です。ちょっと少ないですけど、手持ちでお渡しできるのはこれぐらいしかなくて……」


「いや、受け取れないよ」


 巾着袋の口を縛って、ナルにそれを突き返す。しかしナルは、手を後ろに組んで微笑むばかりで、受け取ろうとはしてくれない。


「助けていただいて、ありがとうございました」


 違うんだよ、ナル。助けたのは俺じゃない。助けてくれたのはナルの方なんだ。

 だから、お礼なんて受け取れない。


「次、いいぞー」


 門番の衛兵から声がかかる。どうやら俺たちの番が来てしまったようだ。


「受け取ってください。そうじゃないと、困ったことになっちゃいますよ」


 悪戯っぽく笑ったかと思うと、ナルは俺の胸に手を当てて、今度は真剣な眼差しを向けてくる。


「三番街のアンテム洋裁店です。私はしばらくそこで下宿をさせてもらうことになっています。落ち着いたら必ず会いに来てくださいね」


「おーい、次!」


 門番の怒声が響く。


「必ず行くよ」


「きっとですよ」


 おい、そんな目を向けるのはやめてくれよ。勘違いしそうになっちゃうだろう。


「さあ、行ってくれ。門番だけじゃなく、列の後ろからの視線も恐いからな」


 ありがとう、ナル。

 感謝を込めて彼女の背中をそっと押して、送り出す。


「きっとですよ!」


 振り返って叫ぶ彼女の声が、乾いた空に響いていった。

しばらくは毎日投稿予定です。

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同タイトル【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。

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