041.強制イベントをあなたへ①
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
その後、斧の特徴や遺体が見つかった場所などおおまかな情報をコキリから聞き取りると、俺たちはそのまま組合の出口へと足を向けた。
とりあえず今日のバイトは中止だ。
やると決めた仕事は一生懸命やること——これが大事なことの一つだったもんな。
「まずは林業組合に行って、聞き込みをしてみよう」
そうルシュに言って、扉に手をかけようとしたところで——
「待て」
俺を引き留める一人の男がいた。
漆黒の鎧に身を包んだ冒険者だ。
いや、一人ではない。
俺を挟んで、その男の反対側に同じ格好をした男がもう一人。さらに、ルシュの後ろにももう一人。
もちろん、皆知らない者たちだ。
「何だ?」
俺はルシュの手を引き寄せて、警戒心を全開にする。
「そう警戒しないでほしい。手荒なことをするつもりはないんだ」
俺を呼び止めた三人組のリーダーらしき男がそう答える。
「取り囲んでおいて、説得力がないんじゃないか?」
「それは悪かった。逃げられたりすると困ると思ったものでね。君は足が速いと聞いているからね」
男が視線で合図を送ると、残る二人が包囲を解く。
「しかし、このとおり敵意がないのは本当なんだ。僕たちは、黒髪の冒険者を連れてくるように依頼を受けているだけなんだ。悪いが、僕たちと一緒に来てくれないか?」
「嫌だと言ったら?」
俺は敢えてそう言って、三人の出方を観察する。
「それは困るな。依頼が失敗に終わってしまっては僕たちも商売上がったりだ。君が頷いてくれるまで、追いかけて頼み続けることになるけど、それはお互いにとって不幸だろう?」
男は肩を竦めて、やれやれと首を横に振る。
しかし、ただそうするだけで、こちらの揺さぶりに対して、力尽くでどうにかしようという動きは見られない。
「どこに連れて行く気なんだ? 目的はいったい何なんだ?」
それでも俺は警戒を緩めることなく、相手の目的に探りを入れる。
「冒険者組合サフォレス支部。支部長のところさ。詳しくはわからないけど、どうやら君に用があるみたいなんだ」
⚫︎
前後を黒い鎧を着た男たちの乗った馬に挟まれ、再び高層地区へと馬車を走らせること数時間。中央街にある冒険者組合サフォレス支部についた頃には、すでに日が暮れていた。
「支部長、お連れしました」
支部長室の扉をノックしながら、リーダーの男が言う。
「ありがとうございました。報酬は窓口に預けてありますから、そちらで受け取ってください。お二人は中へどうぞ」
部屋の中から、支部長らしき男が返事をする。
「というわけで、これで依頼終了だ。大人しくついてきてくれて助かったよ」
彼らの申し出を跳ね除けることもできたのだろうが、いつまでも付き纏われても面倒だし、少なくとも俺たちに対する害意は本当に感じなかったので、念のためにいつでも逃げ出せるように警戒はしつつも、彼らに従ってついてきた。
その結果、今、支部長室の前に立っているというわけだ。
「僕たちはノワールだ。一応この街では、それなりに名の通ったパーティだと自負している。今回の詫びと言ってはなんだが、何か困ったことがあったら、力になろう」
「わかった。そのときは頼むよ」
差し出されたリーダーの拳に、拳をぶつけて挨拶を済ませると、俺はもう一度扉をノックしてから支部長室へと入った。
「無理矢理呼びつけるような真似をして申し訳ありません」
俺たちが入室すると、執務机の前に座る支部長は一度だけ顔を上げてそう言って、またすぐに書類へと目を落とした。
「お茶を用意させますので、少しの間そこのソファに掛けてお待ちください。すみませんが、今やっている分だけ片付けさせてほしいのです」
動画のコマ送りのようなスピードで書類を次々と処理していく支部長を眺めながら、組合職員に淹れてもらったお茶を啜りつつ待つこと半刻。
ようやく支部長が羽ペンを置いて、立ち上がった。
「お待たせして申し訳ありませんでした。いやあ、支部長になんてなるものじゃありませんね」
肩をぐるぐる回しながら俺たちの正面のソファに座った支部長は、「レイシェルです」とだけ端的に自己紹介をした。
若い。俺と同い年かちょっと上ぐらいだろうか。
その歳で支部長にまで登り詰めているということは、相当優秀な人物なのだろう。
そう考えると、切れ長の目も少し理知的に見える気がする。
「俺たちに何か御用なのでしょうか?」
俺は単刀直入に聞く。向こうは俺を知っているようなので自己紹介はなしだ。
半ば強制的にここまで連れてこられた理由を是非とも教えてもらわなければならない。
「とても大切な用件がありまして。少し急ぎだったもので、失礼かとは思いましたが、こうして来ていただいた次第です」
「それで、その用件というのは?」
「その用件を話す前に、アキラさん、あなたは私に見せるべき物をお持ちではないですか?」
見せるべき物? 何だろう?
俺は大した物は何も持っていないはずだが……
「推薦状じゃない?」
ルシュが俺の袖をちょいちょいと引きながら耳打ちをした。
なるほど。俺の中では大した物じゃなかったから忘れてたよ。
しかも、あんまり見せたい物でもないんだよなあ……
「あの……これでしょうか?」
俺は鞄から取り出したバーンのグラム支部長からの推薦状を、しぶしぶレイシェル支部長に渡す。
「ああ、これです、これです。レタコンで話は聞いていましたが、本当にグラム翁の推薦状ですね。私は初めて見ましたよ。これは素晴らしい!」
レタコンで連絡とは、あの爺さん、あらかじめ手を回していやがったな。
それにしても、とても貴重で珍しい物みたいな言いぶりだな。
「推薦状って、そんなに珍しい物なんですか?」
「推薦状自体はそう珍しい物ではありませんよ。しかし、グラム翁の物となると話は別です。グラム翁といえば、フレイミア冒険者組合の組合長を歴代最長の五期務められた組合の重鎮ですよ。これまで書かれた推薦状は片手の指で足りると言われるほど、推薦状を書かないことでも有名なのですが、アキラさんはよほどの功績を残されたのですね」
そんな風には全然見えなかったけど、すごい人だったんだな。
ちょっと牛を退治したぐらいで推薦状なんてもらっちゃってよかったんだろうか。まあ、俺が断るのを向こうが無理矢理押し付けてきただけだからいいか。ってか、早速面倒ごとの種になっちゃってるんだから、もっとしっかり断っておけばよかったよ。
「さて、推薦状も確認できたことですし、本題に入りましょう。単刀直入に申し上げると、ある方からの依頼をあなたに受けていただきたい」
「指名依頼ということですか?」
「ええ。サフォレス支部長である私からの指名依頼です。組合として依頼の仲介を承ったものの、誰に任せたものか思案にくれていたところだったのですが、そこへグラム翁の推薦状を持ったアキラさんの登場。これはまさに天啓です。もし、依頼を受けていただけるなら、私も推薦状を書きましょう」
いえ、それは結構です。キッパリ!
「しかし、依頼の内容がわからないことには何とも……」
「そうでしょうとも。しかし、ここで依頼内容の話をするわけにはいかないのです。ですから、明日、真の御依頼主にお会いして、直接ご説明を願おうと思っています」
「内容次第ではお断りしても?」
「もちろんです。冒険者が依頼を受けるか否かの決断は、自由意志に基づいて行われるべきものです。御依頼主を前にしても断ることができるというのであれば、それも結構でしょう。今後のアキラさんの旅に少なくない影響はあるでしょうが、それすらも些末な問題だとおっしゃるのであれば、お断りしてください。仮にそうなったとしても、アキラさんは我々の組合員ですので、もちろん出来うる限りのサポートはするつもりです。するつもり、ですが、私如きの力では如何ともし難いことが多々あるでしょう。それでもよいと、そう仰るのであれば、自由意志に基づいてお断りしてください」
な、なんかえらい剣幕だな……
要するに、依頼主に会えば、絶対に断ることは許されないってことね……
そういうことなら、会いに行くわけにはいかないよな。
「では、やはりこの場でお断りさせていただこうかと——」
「そうですか。アキラさんが自己責任でお断りになられるというのであれば、残念ですが仕方がありませんね」
とうとう自己責任って言っちゃったよ、この人……
「それにしても気が重い話です。アキラと名乗る黒髪の冒険者に依頼を打診したところ、すげなく断られてしまったと御依頼主にお伝えしなければならないなんて……さぞ、落胆されることでしょう、アキラと名乗る黒髪の冒険者に断られたとお知りになると。アキラさんのこれからの冒険に暗い影が落ちるようなこともなきにしもあらずですが、これは言ってもしょうがないことですよね。ああ、そうだ! バーン支部のグラム翁にもお伝えしなければなりませんね。あなたが推薦された冒険者がとんだ期待外れだったということを。ああ、あんて気が重いんだ……尊敬するグラム翁に、耄碌したのではないかなどと伝えなければならないなんて——」
「わかりました! わかりましたよ! 依頼主に会いに行けばいいんでしょ!」
「引き受けていただけるんですね! ありがとうございます、アキラさん! あなたなら、きっと自由意志に基づいて、そう決断してくださると信じていましたよ」
自由意志っていったい何なんだよ、まったく……
この人がこの歳で支部長の椅子に座っている理由が少しわかった気がしたよ……
隣ではルシュが声を殺して笑っている。
どんな依頼かもわからないのに、暢気なもんだよ。
「では、早速ですが、明日御依頼主の下にお伺いしますので、明朝光の四刻にまたお越しください。できれば、お持ちの衣装の中で最も上等なものを着てきていただけると助かります。よろしくお願いしますね」
こうして俺は、突如として発生した強制イベントに巻き込まれ、何の仕事もしていないのに思い切り疲れ果てて、昨日と同じ高級宿のベッドに転がったのだった。
アキラ編は月・木連載となります。
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同タイトル【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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