039.森の都をあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
「おい、ルシュ。見えてきたぞ!」
視界の先に霞んで見える街は、森林都市群の盟主として名高いサフォレス公爵が治める都市サフォレス。俺たちの目的地だ。
「やったー! やっとベッドで眠れるよー。美味しいご飯たべたーい!」
「ほんとだな! 今日はたっぷり食べて、がっつり眠ろうぜ」
ルシュの言うことももっともだ。
バーンの街から二週間強。途中に数度、農村や宿場町を訪れはしたが、ほとんどは夜営と自炊で過ごしてきた俺たちは、硬い寝床にはいい加減うんざりし、毎回同じメニューの食事には飽き飽きしていた。
何よりキツかったのは、毎日毎日同じことの繰り返しだということ。つまり、ひたすら歩いたり走ったりするだけだということだ。
しかも、ひたすら続く大平原はどこもかしこも同じ景色だし、正面に見えているツクフ大樹海は、西の端から東の端まで地平線を緑に彩り、どれだけ進もうとも一向に近づいてくる気配すら感じられず、距離感も時間感覚も狂いまくって本当に大変だった。
あまりにも変わり映えのない毎日に、ときどき襲ってくる魔物たちですら、十年来の友人に会ったときのように、喜ばしい気持ちでお迎えすることができるほど、精神的に参ってきていた。
俺が馬車を曳いて、ルシュが馬に乗るというお馴染みのスタイルで大幅に時間を短縮してこれなのだから、普通に馬車で旅をしていたらと思うと、心底ゾッとする。
『旅は一人よりも二人の方がずっと楽しいからな』
サンドロを出るときにムントが言っていた言葉が思い出される。
いや、これマジで大事だよ。
あー。一人旅とかしてーなー、なんてふざけたことをぬかしている大学生がいたら、全力でぶん殴ってやりたい気分だ。
この旅で一人だったら発狂してるからね、マジで。
この旅にルシュがいてくれて本当によかった。
俺、退屈と孤独に弱いんだって、つくづく実感したよ。
「で、ルシュは何を食べたいんだ?」
というわけで、街についたらまず、感謝を込めてルシュを労いたいと思っている。
「うーん、そうだねー」
ルシュは馬上で、人差し指を顎に当てて小首を傾げる。
くッ! なかなか可愛いじゃないか……
俺、そのあざとかわいいポーズ、結構好きなんだよね。
「甘いもの! 全部!」
「言うと思ったよ。でも、ほどほどにしておけよ。うちのかわいいお馬さんが泣いちゃうからな」
「そういうのセクハラっていうんだぞ」
へー。この世界にもセクシャルハラスメントってことばがあるんだな。
「俺はただ純粋に馬の心配をしているだけなんだって」
「ふーんだ。もう知らない。行こ」
ルシュは顔を背け、俺ではなくかわいいお馬さんにそう声をかけると、サフォレスの街に向かって駆け出した。
最初の頃は「お尻が痛い」とよく文句を言っていたものだが、ルシュもずいぶん乗馬が上手くなったよな、となんとなく感慨に耽りながら、俺は先行するルシュの後を追った。
⚫︎
「これはまたすごい街だな……」
街に入った俺は、思わず絶句してしまう。
サンドロもバーンも大きな街だったが、ここサフォレスはそれに輪をかけて大きい。
面積という尺度だけでいえば、サンドロもサフォレスも大した違いはないが、その趣は大きく違っている。
サンドロは碁盤の目状に区画され、利便性の向上が図られているだけでなく、街の中で軍を編成し、軍事行動がとれるような設計がされていた。
一方のサフォレスは、中心にある公爵城を頂点として同心円状に街が広がる小高い山のようになっている。街路も複雑に入り組んでおり、一見さんは迷子になること請け合いだ。
最も異なるのは、街の彩り。サンドロは全体的に灰色や茶色といった色が多く、街ゆく人の赤い髪がよく目立つ印象だったが、サフォレスは建物の屋根の色だけとっても様々な色が目に付くし、人々もカラフルな服を着ていたりする。
公爵城から見下ろす街の景色はさぞ壮観なことだろう。さすがは公爵閣下といったところか。
「これだけでかい街だと、どこに行けばいいのか迷っちまうな」
「じゃあさ、公爵城を目指して進んでみようよ。中央街に近い方が美味しいお店もたくさんあると思うし、きっと冒険者組合の支部もその辺りにあるでしょ?」
「ま、それもそうだな。立派な城みたいだから観光を兼ねて見学してみるのもいいかもな」
では、ひとまずの目的地は公爵城だ。
御者台の上から街の様子を眺めながら、のんびりと馬車を走らせる。
低層地区は冒険者や行商人をはじめとした外部との交流が盛んなため、おそらく商業区となっているのだろう。宿屋や酒場の他にも、肉屋にパン屋、服屋、金物屋、喫茶店やレストランなど様々な店が立ち並び、そのどれもが盛況だ。
「あ、見て! お花屋さんがあるよ」
ルシュが指差す先にある店の軒先には、色とりどりの切り花や鉢植えが並べられていた。
そういや、サンドロでは花屋は見かけなかったな。
砂漠地方と違って花が仕入れやすいということもあるだろうが、低層地区にもかかわらず花屋があるということは、この街の人たちの生活水準がそれなりに高いということなのだろう。
「いい街だな」
「そうだね」
もしも元の世界に帰れなかったら、こんな街に住むのもいいかもしれないな。いや、やっぱりナルたちがいるサンドロだろうか。
うーん、迷うなあ。
そんなことを考えながら、綺麗な街並みと賑わう人々を眺めつつ馬車を走らせて、ベッドタウンとなっている中層地区を抜け、中央街である高層地区へと向かった。
⚫︎
「私たち、浮いてる……よね?」
「あ、ああ。確かに若干、ほんのちょっとだけ、そうかもな……」
行き交う人たちを見れば、皆華やかな衣装を身に纏っている。今すれ違ったご婦人のお帽子なんて、「誰がこんな馬鹿デカい帽子被るんだよ!」と一笑に付しながら見ていたテレビ番組で出てきた物そのものといった感じだ。
一方の俺たちはといえば、見るからに貧相な薄汚れた旅装束……
いくら服装に無頓着な俺とはいえ、この場では俺たちの方が間違っていることぐらいはさすがに理解できる。
「さ、先に宿とって、着替えてからまた来るか?」
「そ、そうだね……」
確かバーンの街で買った服の中にもうちょっとマシなやつがあったはずだ。
このままレストランに行っても、ドレスコードで引っかかっちゃいそうだしね……
というわけで、とりあえず中央街の外れで宿をとる。
一人一泊金貨一枚もしたが、今さら低層地区まで戻る気にはならないので、文句を言っても仕方がない。
しかし、一応それなりの金額がする高級宿——とは言っても、俺たちにとっては、の話だが——といったとこで、宿には珍しく宿泊者専用のサウナなんかもあったりした。
俺たちは、それぞれ汗と汚れを落とした後、身支度を整えてから、宿のロビーに集合することにした。
「どう?」
ルシュがくるりと一回転しながら感想を求めてくる。
「馬子にも衣装、だな」
薄紅色をした木綿のワンピースとひまわりのような造花をあしらったツバの大きな白いキャペリン。
貴族令嬢とまでは言わないが、裕福な家のお嬢さんといった感じで、なかなか可愛らしい。
「素直に褒めない男はモテないぞ」
「いや、すまん、すまん。よく似合ってるよ」
「アキラもカッコ良さが一割増しだね」
グレーのパンツに白シャツといった俺の姿をチェックしながら、ルシュがそう評する。
一割って、ちょっと辛口過ぎやしませんかね? まあ、少しでも増えているのだったら、良しとするか。
「では、参りましょうか」
「はい、あなた」
俺の言葉に応えて、ルシュが俺の左腕に右手を添える。
また、夫婦って設定でいくんだな。
なんか知らんけど、ルシュはよくその設定を使いたがるんだよな。確かに、周りに説明するときなんかは楽だから、別にいいんだけどさ。
宿を出て、街路を歩く。
先ほど感じた場違い感が嘘のように街に馴染んでいるのが自分でもよくわかる。
ルシュに目を向けると、無言で微笑み返してくれる。
なんかこういうのって、いいよね。
腕を組み、夕陽に照らされながら街を歩く俺たち。
きっと周りからは、記念日に少し背伸びをした若夫婦なんかに見えていたことだろう。
※来週7/29と8/1の更新は夏休みのため休載します。
再来週から再開しますので、ぜひまたお越しください。
アキラ編は月・木連載となります。
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同タイトル【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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