034.共闘作戦をあなたへ③
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
カーボの言葉は本当だった。
「これは凄まじいな……」
岩山の上から彼らの様子を俯瞰してみると、その凄まじさが本当によくわかる。
三頭がそれぞれ三方に展開し、キラーブルの進行方向を一つに絞り込んでいく。
イッチが遠吠えを上げ、その存在を主張するが、姿を見せることはしない。そうすることで、警戒心を煽りつつも、必要以上の恐怖心を与えないようにしている。恐怖心から暴走を始めてしまっては困るからだ。
ボーダーコリーそのものといった感じの中型犬が三頭だけで、ダンプカー並みの大きさの牛を八頭も意のままに追い込んでいく様はまさに壮観だった。
牧畜犬というよりも狩猟犬と言った方がしっくりくるぐらいの迫力だ。
もし彼らに本気で狩りにこられたら、俺でも逃げ切れるかどうか自信がない。そう思わせるほどの凄みを感じる。
そして、ついに追い込まれたキラーブルたちが、俺が待機している岩山の真下までやって来た。
牛たちの退路はすでに断たれた状態だ。ここで犬たちが姿を現せようものなら、キラーブルの群れはたちまち恐慌状態に陥ることだろう。
そういうところまで追い込んでから、彼らは急にその気配を消した。
キラーブルたちはその後もしばらく周囲を警戒していたが、次第に緊張が緩んでいく。そしてついに、警戒を完全に解き、草を食み始めた。
カーボ君とその相棒たちはとても素晴らしい仕事をしてくれた。
さあ、ここからは俺の仕事だ。
俺は投擲用ナイフを取り出すと、キラーブルの脳天を目掛けて丁寧に投下していく。
一頭目のキラーブルが脳を破壊されて一気に脱力し、地響きを上げながら倒れ伏す。二頭目、三頭目と次々とそれに続いていく。
仕事というにはあまりにも簡単。あまりにも省エネ。この場所に追い込んだ時点で仕事は九割方終わっていたと言ってもいいだろう。
しかし——
「ブモオオオオオオ!」
あと一頭というところで、さすがに異常を察知したキラーブルが、雄叫びを上げながら逃走を始めた。
「チィッ!」
ここまでお膳立てをしてもらいながら情けないぜ。
急いで最後のナイフを投げつけるが、キラーブルの角に掠めるだけに終わる。
キラーブルは一瞬だけ体勢を崩すも、すぐに再び逃走を始める。
追うべきだろうか。巨大種と言えども一頭だけなら正面から対峙することもできる。
しかし相手は興奮状態。思わぬ事態が起こることもあるかもしれない。
俺がそんな思考を巡らせていたそのときだった——
「ワンワンワン! ワンワン!」
牧畜犬がキラーブルの前に姿を現し、激しく吠えたてた。
サッチか——
「バカ! 逃げろ!」
しかし、サッチは怯むことなく、狂ったように突進してくるキラーブルに向かって吠え続ける。
牧畜犬の矜恃ってやつか。
だが、さすがにサイズが違いすぎる。
「サッチ!」
遠くからカーボの悲痛な叫びが聞こえてくる。
もう待ったなしだ。
俺はグレートソードを握ると、一気に岩山を駆け下り、そこから一直線にキラーブルを追う。
「全員無事で帰るって約束だからな!」
そう叫ぶのと同時に、俺の身体を白い光が包み、スピードのギアが一段上がる。
その次の瞬間には、キラーブルのすぐ背後まで迫り、そのままの勢いで大きく跳躍する。そして、猛スピードで突進を続ける巨体を飛び越すついでとばかりに、その首を目掛けて剣を一閃した。
キラーブルの頭が勢いよく飛び、ゴムボールのように草原を跳ね転げる。
残された胴体は、右に大きく逸れながらしばらく走った後に停止し、電池の切れたラジコンバイクのように、コトリとバランスを崩して横倒しになった。
「ふう。間に合った」
「わんわん」
俺が冷や汗を拭っていると、元気な声を上げながらサッチが駆け寄ってくる。
お礼を言ってくれているのかもしれない。そういうことにしておこう。
「よお、サッチ。さっきのお前、カッコ良かったぞ」
飛びかかってくるサッチに顔を舐められながら、俺はサッチの頭を撫でてやった。
⚫︎
「それで、なんでルシュが一番疲れた顔をしてるんだ?」
馬車のところで合流した俺たちは互いの無事を確かめあった。そこで一番ぐったりした顔をしていたのがルシュだった。
「またアキラが心配させるからでしょー」
「悪い、悪い。一、二頭討ち漏らすぐらいは想定していたんだけど、牧畜犬の勇敢さを計算してなかったのは確かに俺のミスだったな」
ルシュも前回みたいな過呼吸って感じでもないし、とりあえずはみんな無事で良かった。
「それにしてもカーボたちは本当にすごいな! いや、ほんとすごいもの見せてもらって、感動しちゃったよ!」
「いえ、僕たちは牛追いをやっただけですから。それよりも、アキラさんがあんなに強いなんてびっくりしました」
「俺なんてちょっと人より力が強いだけだって。今回の依頼はカーボがいなかったら、こんなに上手くいかなかったよ」
「そうだよ。アキラに一人でやらせてたら、私はもーっと心配しなくちゃいけなくて、髪の毛真っ白になっちゃうんだから」
「ぶっ、はは、あははは」
緊張から解放されたこともあってか、カーボは年相応といった感じで声を上げて笑う。
ここで自虐ネタとは、なかなかやるじゃないか、ルシュ。
「さ、帰ろうぜ。早く母ちゃんに無事な姿を見せてやらないとな」
こうして思いの外早く依頼を達成した俺たち一行は、意気揚々と村へと凱旋したのだった。
⚫︎
「母さん、ただいま!」
カーボが元気よく声をかけると、牛舎で牛の世話をしていたフーラさんが顔を出した。
「あら、早かったのね。今日のところはもうお終いなの?」
「今日のところは、じゃないんだよ、母さん。終わったんだ。討伐したんだよ」
「うそ……本当に?」
「本当ですよ」
フーラさんが驚きのあまりに手にしていたピッチフォークを落とし、俺はそれを拾い上げながら答えた。
「カーボ君とその頼もしい相棒たちのおかげです」
「アキラさん……」
「ありがとうございました、フーラさん。カーボ君は立派に仕事を果たしてくれました」
「お礼を言うのはこちらの方です。ありがとうございました。息子を無事に連れ帰っていただいて」
「連れ出したのは俺なんで当然のことですよ。それに、全員無事で、しかもこんなに早く帰って来れたのもカーボ君のおかげですから。な?」
俺が話を振ると、カーボは照れ臭そうに頭を掻いている。
「そうだ、アキラさん。今日も泊まっていくでしょ? これから日も暮れるし」
「ぜひそうしてください。あ、私、食事の準備をしてきますね——」
「お気持ちは嬉しいんですけど、今からバーンの街に戻ります」
今から村を出発すれば、真夜中の行軍となってしまうのは確実だ。それでも今回はちょっと急いで帰りたい事情がある。
いつもなら文句を言いそうなルシュも、それを察しているのか、黙ったままだ。
「おい、相棒!」
「ぼ、僕ですか?」
俺に呼ばれたカーボが、キョロキョロと周りを見た後、自分の顔を指差す。
「俺たちは相棒だろ? ちょっとこっちに来てくれ。仕事の話をしよう」
「仕事の話、ですか?」
俺のところまでやって来たカーボと肩を組み、俺は話を続ける。
「まずは、今回の報酬。昨日渡した前金と、これが成功報酬の金貨十枚」
依頼主と冒険者の間での直接の金銭のやり取りは御法度だとムントが言っていたが、これは冒険者への依頼ではなく、牛飼いに牛飼いとしての仕事を頼んだだけなのでセーフのはずだ。知らんけど。
「それでな、俺たちの獲物の話なんだけどな」
「僕たちの獲物?」
「ああ。俺とカーボとイッチとニッチとサッチ。あとはついでにルシュも。俺たちみんなで仕留めた獲物だ。俺は今回の獲物を商業組合に売りに出そうと思っている」
バーンの街では、キラーブルの皮や角は高値で取引されていた。今回の獲物はあれだけの大きさだ。かなりの金になるだろう。
できるだけいい状態で売りに出すためにも、なるべく早く街に戻って解体などの依頼をしたい。
「分け前は三人と三頭、みんな等しく六分の一ずつ。それでいいよな?」
「ま、待ってください。僕は、僕たちは分け前をもらえるほど何も……」
「言っただろう? 今回の討伐は、お前たちの働きが全てだと言ってもいいぐらいなんだ。むしろ、俺たちがそれだけ貰ってもいいかって意味で聞いてるんだよ」
「でも……」
「母ちゃんの言葉を覚えてるか? 自分の力を正しく見極めるんだ。カーボたちはそれだけの働きをしたんだ。一緒にパーティを組みたいって思ったほどだったんだぜ」
カーボとイッチたちが斥候をやれば、パーティの安全性は格段に増すことだろう。
もしカーボが冒険者になったら引く手数多かもしれない。
「分け前はここに届けてもらうようにしておくから、楽しみに待ってるんだぞ」
「あ、ありがとうございます……」
涙ぐみながら礼を言うカーボの頭をくしゃくしゃと撫でる。
見れば、フーラさんも涙を流しながらルシュにお礼を言っている。
二人して聞き耳立ててやがったな。
「じゃあ、挨拶しようぜ」
俺は右手を握って、拳をカーボの前に出す。
「冒険者って、こうやって挨拶するんだぜ。お前の父ちゃんもそうしてたはずだ」
そうして俺たちは、拳同士を打ち合わせた。
「じゃあな、カーボ。母ちゃんのこと、大切にしてやれよ」
⚫︎
「ありがとうございましたー!」
「わんわん!」
馬車を走らせて村を出た俺たちに、見送りに来たカーボが手を振ってくれている。
イッチ、ニッチ、サッチも一緒だ。
「また来てくださいねー!」
俺たちが見えなくなるまで手を振り続けるカーボに、俺たちも手を振り返し続けた。
辺りにはもう漆黒の闇が迫っている。
さて、これからバーンまで夜通しの移動だ。
「後ろで寝ててもいいんだぞ」
「ううん。ここにいる」
御者台で隣に座るルシュが少しだけ身を寄せてくる。
季節のせいか、土地柄のせいか、この辺りの夜は少し冷える。
「ねえ、アキラ」
「なんだ?」
「さっきのは少しカッコ良かったよ」
「ありがとよ」
もたれかかってくるルシュの頭をポンポンと叩き、遠くにぼんやりと見えるバーンの街の光と馬車先のランタンの灯りを頼りに、俺は夜の闇に馬車を走らせていった。
アキラ編は月・木連載となります。
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