030.分け前をあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
https://ncode.syosetu.com/n2899ja/
※こちらは【アキラ編】です。
翌朝、納屋で夜を明かした俺は、なぜかご機嫌斜めなルシュに、昼食代とほんのわずかばかりの小遣いを渡した後、冒険者組合に来ていた。
この街では五日ぐらいの滞在を考えている。その間に少なくとも金貨五枚、できれば十枚は稼いでおきたい。
「となると、討伐依頼が一番効率がいいんだよな」
掲示板を眺めながら、俺がそう独りごちていると、背後から話しかけてくる人物がいた。
「お主が、アキラかね?」
その声の主は、赤い顎髭が立派な背の低い老人だった。
「はい。そうですけど……」
誰だろう? 知らない爺さんだ。向こうは俺を知っているみたいだけど。
「黒髪じゃからのう。すぐにわかったわい」
赤い顎髭の爺さんは、その小さく痩せた体躯に似合わず、呵呵とばかりに笑う。
「よし、アキラ。とりあえずワシの部屋に来い。じきにマイン坊もくるじゃろ」
そうして有無を言わさず連れてこられたのは、支部長室だった。
「ちょっとそこに座っておれ」
言われるがまま、所在なくソファに座る。
支部長室というわりには、華美な装飾品は一切なく、書類が積まれている執務机と、帽子とコートがかけられたポールハンガーがあるだけだ。あとは、俺が座っている応接用のソファセットとテーブルか。しかし、そのどれもがそれなりの品だということは、いくら高級家具に縁のない俺でもわかる。
なんか緊張するなあ、って、なんで俺こんなところにいるんだろ?
ちょうどそう思っていたとき、爺さんがティーセットを抱えて戻ってきた。
「あの、いったい——」
「まあまあ、とりあえず茶でも飲まんか」
テキパキと茶を淹れて配膳まで済ませた爺さんは、俺の正面に座ると、淹れたばかりの紅茶を口にして一息ついた。
「そういえば、自己紹介がまだじゃったな。ワシはグラム。ここフレイミア冒険者組合バーン支部で支部長をやっとる」
「ご丁寧にどうも。俺は——」
「知っとる、知っとる。アキラじゃろ」
「は、はい。アキラです。それで、俺はいったいなんで——」
「待っとればわかる。それよりも茶を飲まんか、茶を」
くそ! この爺さんが人の話を聞かないこと以外何もわからねえ。
心の中でそう悪態をつきながら、俺は紅茶に口を付ける。
「お、美味い」
つい漏れた言葉に、正面では爺さんが「そうじゃろ、そうじゃろ」と満足げに頷いている。
そういえば、この世界ではコーヒーを見かけないなあ。俺、紅茶よりもコーヒー派なんだけど。世界のどこかにはあるのだろうか。
そんなことを考えていると、ドカンと大きな音を立ててドアが開かれ、一人の男が部屋へと入ってきた。
「グラム爺、入るぞ」
「ばかもん。そういうのは入る前に言うもんじゃ」
支部長にどやされながら姿を現したのは、マインだった。
「マインさん!」
「おお、アキラ! ずいぶん早い到着だったじゃねえか!」
俺は差し出されたマインの拳に拳をぶつけて挨拶をする。
「昨日、組合に黒髪が来たって話を聞いてな、今日も来るだろうと思って、引き留めるように頼んでおいたんだ。悪かったな」
「そういうことだったんですね。それで、俺に何か用ですか?」
「まあ、用があるのは、俺というよりもグラム爺の方だな」
マインは支部長の隣に座ると、ティーポットから自分で紅茶を注ぎ、それを一気に呷った。
「相変わらず品のない飲み方じゃな。まあ、よい。ようやく揃ったことじゃし、話を始めるとするかの」
「話というのは?」
俺の問いに、支部長は咳払いを一つ入れて、居住まいを正した。
「アキラよ。此度のラスコーベアの討伐、ご苦労じゃった。一般の者に被害が出る前に事を収めたことは、我らが冒険者組合とっても誇らしいことじゃ」
支部長の隣では、マインがうんうん頷いている。
なるほど、このおっさんが伝えたってわけか。
「危険な大型種については、依頼前の討伐であっても報酬が出る、ということはマイン坊から聞いておるんじゃったな?」
支部長はそう言って立ち上がると、執務机の引き出しから麻袋を二つ取り出し、それを目の前のテーブルに置いた。
「ラスコーベアの討伐報酬、一匹あたり金貨八十枚。人的被害が出る前じゃったことを加味して、追加報酬金貨二十枚。金貨百枚以上の報酬には税が二割じゃから、そこから金貨三十六枚を差し引いて、締めて金貨百四十四枚。それがお主の報酬じゃ。とりあえず、使い勝手の良い金貨で用意したんじゃが、希望があれば大金貨や白金貨での支払いも可能じゃ」
まじで?
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。確かにアレは倒しましたけど、別にそんなつもりじゃなかったっていうか。それに、もともと相手をしていたのはマインさんたちだし——」
「その気があったかどうかは、ワシの知るところではない。しかし、『功績には報酬を』これがワシら冒険者組合の鉄則じゃ」
「アキラが来なけりゃ、俺たちは全滅だったんだ。だから、それは全部お前の物だ。俺は、いや、俺たちは全員それで納得している」
「マインさん……」
金が絡んでもいい人でいるというのは本当に難しいことだ。
この人は本当に正直というか誠実なおっさんなのだろう。
「ま、まあ、代わりと言っちゃあ何だが、ここでちょっと相談なんだけどよ……」
いい歳をしたおっさんが、人差し指をちょんちょんしたりしながら、急にもじもじしだす。
さっきまでの清々しさが霧散して、ちょっと気持ち悪いです。
「ラスコーベアの素材の権利をよお、その、俺たちに譲っちゃあくれねえかなあ、なんて思ってたりするわけなんだよ……も、もちろん、できれば、でいいんだ、できればで。一頭分でも、いや、その半分でも構わないんだがよ……」
「なんだ。そんなことで良ければ、ぜひもらってください。俺にどうにかできる物でもないですし」
そんなことでもじもじ遠慮することなんてないのに。
「ほ、本当か! ありがとう、アキラ! 恩に着るよ!」
マインは立ち上がって俺の手をがっしりと握る。
「グラム爺、聞いたな?」
「ああ。ちゃんと聞いておったよ」
「よーし! そうと決まれば、こうしちゃいられねえ! 急いでミッセ山に向かわねえと」
マインは立ち上がると、怒涛の勢いでドアへと駆けていく。
「おっと、そうだった」
部屋を出る直前、何かを思い出したかのように、立ち止まって俺の顔を指差す。
「しばらくこの街にいるんだろ? 帰ってきたら飲もうぜ!」
それだけ言い残すと、俺の返事を待たずに、マインは部屋を出て行った。
なんか嵐のようにやって来て、嵐のように去っていったな。
まあ、喜んでくれたみたいだし、良かったよ。
「良かったのか?」
取り残された俺に、支部長がそう声をかけてきた。
「話に聞いた大きさじゃと、毛皮なんぞを売れば討伐報酬よりも儲かるかもしれんぞ」
「でしょうね。似たようなことがサンドロにいたときにもありましたし。でも、俺は旅を続けられるだけの金があればいいですし、バッカスの皆さんにも色々と助けられましたからね」
「甘い男じゃのう。この先苦労するのが目に見えておるわい」
支部長の言葉に俺は頭を掻く。
まあ、思わぬところから大金が転がり込んできたから、余裕のある態度をとれただけなんだけどね。本当に食うに困っていたら、こうはいかなかったさ。
「さて、それでは、甘い男には早速苦労をしてもらうとするかのう」
支部長が悪人面でニヤリと笑う。
え? なに? なんか嫌な予感がするんですけど。
「アキラ。お主に折り入って相談があるんじゃがな?」
そう言って支部長は、不吉な笑みを浮かべたまま話を切り出した。
アキラ編は月・木連載となります。
【以下テンプレ】
是非ともブックマークをお願いします。
ベージ下部から評価もしていただけると作者が喜びます。
同タイトル【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
https://ncode.syosetu.com/n2899ja/
よろしければそちらもお楽しみください。




