029.相部屋をあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
「ここだよ」
ルシュが開いたドアから部屋の中を覗き込む。
少し狭いけど、清潔だし、悪くないな。
ベッドが一つと小さなテーブルが一つ。ビジネスホテルのシングルのような部屋だ。
「いい仕事したじゃないか、ルシュ!」
「そうでしょ、そうでしょ」
ルシュはエッヘンと、そう主張の大きくない胸を精一杯に張って、成果を一生懸命主張する。
「で、俺の部屋は?」
「ここだよ」
「おお、そうか、サンキュー!」
部屋があるのはルシュだけで、俺は納屋で夜を明かす、なんていう最悪のパターンもあるかとも思ったがどうやら杞憂だったようだ。
てことは、これが二部屋で、しかも納屋がついて、全部で銀貨三枚と銅貨八枚ってことか。何か裏があるんじゃないかと疑いたくなるほど、お買い得すぎるだろ。
「じゃあ、ルシュの部屋は?」
「ここだよ」
「え?」
「え?」
「お前なあ、こういう冗談はやめろって言っただろ!」
「冗談でやったわけじゃないよ。だって、銀貨四枚で二部屋借りるなんて無理だったんだもん。それにほら、ちゃんと交渉して、簡易ベッドをサービスで貸してもらったんだよ」
部屋の隅を見ると、組み立て式の簡易ベッドが立てかけられていた。
俺の予算の見通しが甘かったってことか。そんな中でルシュが最大限の仕事をしてくれたってことだから、今回の件の非は俺にあるってことになるな……
「すまん。頑張ってくれてたんだな」
「わかればよろしい。じゃあ、わかったところで、ベッドの組み立て頑張ってね」
そう言ってご機嫌に笑うルシュ。
まあ、簡易ベッドと普通のベッドがあれば、俺が簡易ベッドの方で寝るっていうのは半ばルールみたいなもんで、俺自身もそうすることは吝かではないが、それにしたって様式美というものがあるだろうが、様式美ってもんが。
「俺が簡易ベッドの方を使うからルシュはそっちで寝ろよ」
「でも、アキラたくさん働いてきて疲れてるのに悪いよ」
「いいんだ、気にするなよ。俺もこっちの方が気が楽だからさ」
「ごめんね、ありがとう」
チュッ
まあ、最後の『チュッ』は余計だが、互いに本音かどうかは別として、こういったやり取りが様式美ってもんだろうがよ。
と、心の中で悪態をつきつつも、俺が簡易ベッドで寝るという事実は変わらないので、黙ってベッドを組み立てることにする。
しかし、慣れていないせいなのか、そもそものベッドの造りが悪いのか、組み立てるのにはかなり難儀した。
いったいどこが簡易なんだよ、とぼやきながらも悪戦苦闘の末にどうにか完成させた頃には、ルシュはすでに、ベッドの上に寝転がって、眠たそうな顔でぼんやりとしていた。
「明日は丸一日依頼をこなそうと思ってるけど、ルシュはどうする?」
「そうだなあ、街の散策でもしてるよ。情報収集を兼ねてね」
ルシュが目を擦りながら答える。
「そうか。気をつけるんだぞ」
「ふふ。過保護ね」
「ばかやろう。トラブルの後処理は俺がやることになるんだから言ってるんだよ」
「そういうことにしとく。おやすみ、アキラ」
「ああ。おやすみ」
俺はベッドの上に寝転がり、右へ左へ寝返りを打ってみる。
うん、簡易ベッドの割には悪くない。
さて、明日に備えてしっかりと寝ようじゃないか。
そうして俺は、宿から借りたランタンの火を消した。
チクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタク……
時計の音が響いている。もちろんこの宿に、いや、この世界でそんな物を見たことはないので、完全に俺の脳内での話だ。
ちくしょう、眠れねえ……
隣を見ると、はめ殺しの窓から入ってくる街の光が、やわらかな曲線を描く肢体をぼんやりと映し出している。その肢体に沿ったブランケットの緩やかな起伏がやけに艶かしい。
そう、それが眠れない原因だ。
こう見えて俺だって健全な男子だ。
この状況で素直に「おやすみなさい」といかないのは、世の男たちにならきっと分かってもらえると思う。
ナルのときにはこんなことにはならなかった。
それはナルに魅力がないということでは決してなく、俺自身にそんな余裕など一切なかったということと、ナルが未成年だったということが理由のすべてだ。
未成年には手を出してはならない——たとえ世界が変わったとしても、変わらずにそこにあるその絶対的な真理のおかげで、俺は自制心を保つことができていた。
もっとも、ナルがあと半年で十八歳を迎え、成人すると聞いたときには冷や汗が出たものだったが……
それにしても不思議な女だ。
俺はルシュについて、『ルシュ』という名前と年齢以外には、サンドロの街の教会でこれまでずっと過ごしてきたということぐらいしかしらない。まあ、あとは食べ物の好みぐらいか。
中央神殿を巡礼したいと言う理由を聞いても「そういう設定だ」としか答えないし、なぜ俺についてくることにしたのか尋ねても「運命だよ」としか言わない。
まあ、そんな女を連れて行くことにした俺も俺なんだが、ルシュといるとなぜだか落ち着くというか、妙にしっくりくるんだよな。
これも不思議といえば不思議な話だ。
「まったくお前は何者なんだよ」
俺がそう呟いたとき、ルシュが寝返りを打って、こちらに顔を向ける。
「うわッ」
俺は小さく悲鳴を上げて、慌てて自分の口を両手で押さえた。
ずっと見ていたのがバレたのかと、一瞬焦ってしまったが、ルシュは瞼を閉じたまま、幸せそうに寝息を立てている。
綺麗な寝顔してるだろ。ウソみたいだろ。寝てるんだぜ……
俺の気も知らないで……
『ルシュさんって、美人ですよね』
ふいにナルの言葉が思い出される。
ああ、確かに美人だよな。
大きな瞳に長い睫毛、綺麗な鼻筋に、形の良い口。客観的に見ても、ルシュはとてもいい造形をしていると言えるだろう。それは間違いない。
でも実は、美人とか、綺麗とか、そういうことは俺にとってはどうでもよくて——
ただ単純に、好みなんだよなぁ……
俺はその顔に向かって無意識に伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
まずい、まずい。このままでは間違いを犯してしまいそうだ。
冷静になるためには、何をするのがいいんだったっけ? そうだ! 素数だ! 素数を数えよう。
二、三、五、七……
ダメだ。素数は七までしかわからない。
そもそも一は素数に入るんだっけ、入らないんだっけ?
こうなったら仕方がない。おっさんの数でも数えよう。
門番のズン、ムント一家のムント、バッカスのマイン——
これもダメだ。確かにげんなりはするが、昂りを抑えるには至らない。
「くそ! しょうがねえ!」
俺はベッドを降りると、物音を立てないように、ゆっくりと立ち上がった。
「いい気なもんだぜ、まったくよ」
小さくそう呟いて、ルシュの白い髪を撫でる。
すると、ルシュがビクッと体を強張らせる。
おっと、ごめん、ごめん。でも、これぐらいは許してほしい。他にはもう、絶対何もしないからさ。
「おやすみ、ルシュ」
ルシュの寝顔にそう呟いてから、俺は静かに部屋の出入口へと向かい、それから、ゆっくりとドアを開けた。
「……」
寝ているはずのルシュが、何かを言ったような気がしたが、俺はそのままドアを閉めると、納屋へと向かって一人階段を下りていった。
アキラ編は月・木連載となります。
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同タイトル【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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