027.酒をあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
深夜——
月も星もない漆黒の闇に、焚き火の灯りだけが浮かんでいる。
テントから出た俺は、焚き火の前に座っている男に声をかけた。
「マインさん」
「おお、アキラか。夜番は任せろって言っただろ?」
「ええ、ありがとうございます。でも、なかなか寝付けなかったんで」
俺が隣に腰をかけると、マインが白湯を渡してくれた。
「今回が初めての旅なんだろ? 確かサンドロからバーンへ向かっているんだったよな。初めての旅には打ってつけって感じの安全な街道で、あんな怪物見ちまったんだ。しかも一戦交えて、二頭も屠ってるときてる。興奮して眠れねえってのもしょうがないわな。俺なんて、あのデカさにチビっちまったぐらいだぜ」
内緒だぞと念押しをして、マインが笑う。
「やっぱりそんなにでかいヤツだったんですか?」
「ああ、とんでもなくな。ふつうラスコーベアって言や、あれぐらに大きさだしな」
マインが顎をしゃくった先では馬車馬が立ったまま眠っている。
元の世界のアライグマはせいぜい中型犬ぐらいのものだから、それでも十分にでかいな。
「サンドロでは、デモンファットテールっていうサソリにも相当でかいヤツがいたんですよ」
「その話は俺たちも聞いたよ。ってか、その話を聞いて俺たちはサンドロに向かってたところなんだ。まあ、今回の件で巨大種討伐には力不足だってことは痛感したがな」
マインは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。
「そう言や、バーンの街の先のチックシー大平原でもキラーブルの巨大種が暴れてるって噂だったな。デモンファットテールといい、ラスコーベアといい、これじゃあ、まるで——」
「ダンジョンみたいだな」
マインの言葉を継いだのは、バーグだった。
「マイン、交代の時間だぞ」
「おお、もうそんな時間か」
「ダンジョンって?」
立ち上がってズボンについた砂を払うマインに尋ねる。
「魔物が巣食う大きな洞窟なんかをダンジョンって呼んでるんだ。この大陸にもいくつかある」
「ダンジョンでは、今回みたいな大型種がよく出現するって話だ。しかしダンジョンから離れたこの辺りでも大型種の出現が頻発するってなると、色々と厄介だな」
焚き火に薪を焼べながらバッハがそう補足する。
「まあ、その辺はお偉いさん方が何か考えるだろ。現に、大型種は討伐依頼が出る前でも、事後報告で報奨金を出してくれるわけだしな。とにかく、アキラはもう寝ろ。明日は早いぞ」
そう言うとマインは、手をヒラヒラと振りながら自分のテントに戻って行った。
それじゃあ、俺もそろそろ寝るとしますか。せっかくバッカスのみなさんが気を遣って夜番を免除してくれたんだしな。
「バッハさん、俺もぼちぼちテントに戻ります。今日はルシュのこと守ってくれてて、ありがとうございました」
「俺は何もしとらんよ」
「それでも、おかげで俺は安心して戦えましたから」
まずは、ルシュに心配をかけないように油断をせずに闘うようにすること。その上でルシュのことを気にかけながら戦えるくらいの余裕を持たなければいけない。
まだまだてんでダメだな。
「あの嬢ちゃんはお前の嫁さんなのか?」
「いや、ちょっと訳あって一緒に旅しているだけなんです」
「そうか。でもまあ、大事にしてやれよ。あの嬢ちゃん、お前が戦っている間、ずっと心配そうに祈ってたぞ。健気なもんじゃねえか」
うちの嫁さんもあれぐらい云々などとぶつぶつ言いながら、火に次々と薪を投入していくバーグの背中は、どこか中年サラリーマンのような哀愁が漂っていた。
大丈夫。きっと奥さんはバーグさんのことを愛してくれていますよ。知らんけど。
下手な慰めの代わりに、その背中にもう一度礼を告げてから、俺は少しだけ重たくなってきた瞼を連れて、テントへと戻って行った。
⚫︎
日の出とともに出発した俺たちは、バーン方面へ向けて、周囲を警戒しながら慎重にミッセ山を下ったのだったが、結局、巨大種はおろか、普通の魔物にも出くわすことはなかった。
警戒しながらの行軍だったため随分時間がかかってしまったが、冒険者パーティ・バッカスの斥候であるガルトから色々な魔物の習性や警戒すべきポイントなどを教わることができたので、かなり有意義な時間になったと思う。
「やっと着きましたね」
「ああ、とりあえず無事に着けてよかったぜ」
時はすでに夕暮れ。目の前の宿場町からは美味そうな匂いが漂ってきている。
「アキラたちは、今日は休んでから明日出発するんだろ?」
「はい。一応、まだルシュも心配なんで」
「わたしはもう大丈夫だよ」
「じゃあ、今日は夜営にするか?」
「あぁ、なんか立ち眩みが……」
ルシュがわざとらしくよろめいて、慌てたガルトに支えられている。
ガルトさん、すみません。ほっといてもらって構いませんので。
「はっはっは。元気そうで何よりだ。じゃあ、アキラ、とりあえず一旦ここでお別れだ」
俺とルシュのやりとりを見たマインが、豪胆に笑いながらそう言う。
「俺とクーゼンは今から馬を飛ばしてバーンの街まで戻る。レタコンで一報は入れるが、組合には直接説明した方がいいしな」
「今からですか?」
「ああ。俺は夜目が効く方だし、クーゼンがいれば大丈夫だ」
マインがそう言うと、クーゼンが杖の先から、明るい炎の玉を前方に飛ばす。
なるほど。照明弾みたいなものか。
「バーグ、ガルト、こっちは頼んだぞ」
「ういうい。任せとけって」
バーグとガルトは居残って、山道の一時閉鎖やらレタコンを使っての連絡やらをやるようだ。
ちなみに、レタコンというのはいわゆる伝書鳩みたいなものだ。
伝書鳩と違って、飛ぶのはハヤブサに似た猛禽類。飛行速度、航行距離、帰巣本能の全てに優れた鳥とのことだ。
聞いた話によると、よく訓練されたものだと、一日で五百里近く飛ぶ個体もいるらしい。この世界の一里がどれぐらいの距離なのかはわからないが、元の世界の基準からすると約二千キロメートル!
電話やメールが存在しないこの世界では実に頼もしい通信手段だ。
「アキラたちはいつごろバーンに着く予定なんだ?」
「順調にいけば、二日後ぐらいかなって思ってます」
「わかった。バーンに着いたら冒険者組合に顔を出してくれ。必ずだぞ」
「了解しました。マインさんもクーゼンさんも気をつけて」
マインとクーゼンの順に拳を合わせて挨拶する。
「じゃ、ちょっくら行ってくるわ」
そう言って二人は、闇が深まりつつある街道へと向かって馬を走らせて行った。
「さ、というわけだ、アキラ」
バーグが俺の右肩をガシッと掴み、いい笑顔を見せている。
「そうだな、アキラ」
もう片方の肩をガルトが掴む。こちらもいい笑顔だ。
「生還祝いだ。今日はとことん飲もうぜ。俺たちがバッカスを名乗る由縁ってやつを見せてやるよ」
こっちの世界でも、酒の神はバッカスっていうのかな。
「嬢ちゃんもな」
「はい」
こうして俺たちは、半ば強引にバーグとガルトに連れられて、宿場町の酒場へと入っていった。
しかし、ルシュ。お前は病み上がりなんだから、ほどほどにな。
アキラ編は月・木連載となります。
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同タイトル【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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