025.夜這いをあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
朝——街道が少しずつ活気に満ち始める。
テントの隙間から太陽が差し込み、俺の顔を照らす。
「あと少しだけ寝かせてくれ」
どうやら昨日は少し飲み過ぎたようだ。二日酔いとまではいかないが、少し頭が重たい気がする。
俺は開きかけた目を再び瞑り、微睡の中で、隣に横たわる女を抱きしめる。
チュンチュンと鳥の鳴き声——
パカラパカラと蹄の音——
ガヤガヤと行き交う人たちの声——
それらを遠くに聞きながら、俺は唐突に目が覚めた。
それと同時に可能な限りの最大速度でテントを飛び出した。
女——
俺は今、女を抱いていた——
背筋に冷たい汗が走る。
恐る恐るテントの中を覗き込む。
中にいるのは白い髪の女。ブランケットを胸の前で握りしめ、俯いたまま、肩を震わせている。
心なしか、着衣が乱れているようにも見える。
ま、まさか……
酔いに任せて、無理矢理になんて……
俺は人の道を外れてしまったのか……畜生道に落ちてしまったのか……
俺はどう償えばいいのか……
俺は……俺は人として最低だ!
「ルシュ……」
そう声をかけたものの、言葉が続かない。かける言葉が見つからないのだ。
しかし、だからといって黙っているわけにはいかない。
俺の贖罪は、今ここから始まるのだから。
「ルシュ。ごめ——」
「わーい! ひっかかったー!」
最低なのは、人として最低なのは——ルシュだった。
⚫︎
「女に手を上げるなんてサイテー」
御者台の俺の隣で、昨日に引き続き脳天にチョップをくらったルシュが、文句を垂れる。
「お前にそんなことを言う資格はない」
「まだ怒ってるの?」
「当たり前だろ」
「だって、夜営なんて初めてだから、一人で寝るの怖かったんだもん」
「一人で寝るのが怖くて、よく世界一周巡礼の旅をやろうなんて思ってたな。ってか、一晩中いたってことか?」
「そうだよ」
「そうだよって……だいたいお前、歳いくつなんだ?」
「二十二? だったかな?」
「同い年じゃねえか!」
見た目も行動も幼いので、もっと年下かと思っていた。
「いいか、お前は意識してないのかもしれないけどな。俺も男なんだ。弾みで何かあったら困るだろ」
「ふーん、困るんだ。それじゃあ、わたしがあんなことしても全然嬉しくないってこと?」
「そういうことを言っているんじゃねーよ」
「じゃあ、ナルだったら?」
「べ、別に、う、嬉しくなんてねーよ? まったくね?」
「じゃあ、アリスさんだったら?」
「…………」
「サイテー」
ジト目で覗き込んでくるルシュの顔を押し返して、俺は咳払いを一つ入れる。
「とにかく、もうあんなイタズラするんじゃないぞ」
「イタズラじゃなかったらいいの?」
「だから、そういうのをやめろって言ってるんだよ。いいか、次やったら、どうなっても知らんからな! わかったな!」
「イタズラじゃなくて、どうなっても構わないなら、またやってもいいってことはわかりました!」
ピシっと敬礼のポーズを決めるルシュに、俺は深い溜息をつく。
はあ、頭イテー……
この頭痛が二日酔いのものだったらどんなに楽だっただろうか。
俺はそんなことを思いながら、北へ向かって馬車を走らせた。
⚫︎
出発してから二日目の夜は、当初の予定どおりに宿に泊まった。もちろん部屋は別々だ。
二日続けて夜這いをかけられたら堪らんからな。って、普通は立場が逆だろうに……
そして三日目の早朝。
まだ夜も明けきらないうちから、ぐずるルシュを叩き起こして出発準備を整えて、この街道の一番の難所とされるミッセ峠に向けて出発していた。
できれば今日中に登りを終えて、下りに入っていたいと思っている。
途中、峠の向こう側から下ってきた冒険者や行商人とすれ違ったが、皆疲れた果てた顔をしていた。
「なかなか大変そうだね」
ルシュはそう言うが、欠伸をしながらなので、あまり緊張感は伝わってこない。
しかし、魔法も使えて、旅慣れている彼らでさえこの様子なのだから、新米冒険者の俺たちにとってはかなり険しい道のりとなるだろう。
俺はもう一度気を引き締め直して、眼前に聳えるミッセ山へと馬車を進めた。
それから峠に入って、ズンズンと進むこと半日。
眼下に見える景色から察するに、早くも七号目に到達しようかというところまで来ていた。
確かに道は悪く、陥没に馬車の車輪が取られたり、急な坂道では馬が馬車を曳けなかったりと、普通であればかなり苦労するようなポイントもたくさんあったが、俺にとってはさしたる問題ではなかった。
馬の代わりに俺が馬車を曳けばいいだけだ。
そういうわけで、俺が馬車を曳き、ルシュが馬に乗って移動するようにしてからというもの、予定を大幅に上回る速度で行軍できているというわけだ。
この分なら意外と楽かもしれないな。
そう考えていた矢先、坂の上方から男がすごい勢いで駆け下りてくるのが見えた。
格好からすると、冒険者パーティの斥候だろうか。
「おーい! おーい!」
斥候がこちらに向かって両手を振りながら叫んでいる。かなり慌てた様子だ。
一応、後ろを振り返ってみたが誰もいなかったので、俺たちに呼びかけているのだろう。
「どうしたのかなぁ?」
斥候の鬼気迫るような様子にルシュも少し不安を感じているようだ。
とりあえず俺たちは、その場で立ち止まり、その男が降りてくるのを待つことにした。
「おい、あんたたち。鳥は連れてないか?」
斥候が膝に手をついて肩で息をしながら、俺たちの顔を交互に見る。
「鳥?」
「レタコンのことですか? あいにく、私たちは連れていません」
斥候の問いに答えたのはルシュだった。
「そうか……いや、悪かったな。とにかく、あんたたちも今すぐ山を下りてくれ」
「何かあったんですか?」
せっかくここまで登って来たのに、いきなり「下りろ」はないだろう。せめて理由ぐらいは教えてほしいものだ。
「ラスコーベアが出た」
なんだってー!
と答えたいところだが、ラスコーベアが何なのかがそもそもわからない。たぶん、熊なのだろう。
「しかも、見たことがないぐらいでかいヤツだ。今、うちのメンバーが応戦して、行商人たちを退避させている。しかし、それもいつまでもつかわからん」
「それでレタコンを?」
「ああ。運良く持っているヤツがいれば、麓の街まで飛ばして、応援を頼めるかと思ったんだが。俺の脚じゃあ、いくら飛ばしたって間に合わんしな。上からここまでの間で会ったのはあんたたちだけだし、これ以上、山を下っても間に合わんだろうな。やむを得ん……」
最初こそ俺たちに向けて話していたが、後半の方は何かを考えるようにブツブツと呟きながら考え込む。そして斥候は山頂の方に目をやった。
「あんたたちに頼がある。できるだけ早く麓に下りて、討伐隊を組むように依頼してくれないか? あいつが山を下りてきたらヤバいことになる。時間稼ぎは俺たちがやる。頼んだぞ!」
そう言うや否や、斥候は踵を返すと再び山頂に向かって駆け出した。
時間稼ぎ、か……
そんな表現を使うってことは、もう覚悟しちゃってる感じだよな。
「アキラ、どうしよう?」
「あの人の言ったとおり山を下りよう。できるだけ早く助けを呼んでやらないと」
パーティを組んだ冒険者が覚悟を決めないといけないほどのヤバいヤツが出現したってことだ。さっきの斥候が言うとおり、助けを呼ぶのが最善策だ。
「でも、それだときっと、あの人……」
ルシュも斥候の覚悟を感じ取っているのだろう。その目には薄らと涙が浮かんでいる。
「グガァアァァァアアァァ!」
山頂から化け物の雄叫びが響き渡った。
空気がビリビリを震えるこの感じ——なるほど、確かにこれはかなりヤバいヤツだ。
「アキラ!」
ルシュがいつにない強い眼差しで訴えてくる。
はぁ……まったく……勘弁してくれよ。
「ルシュがどう思っているのかは知らねえけどさ」
俺は馬車の荷台からグレートソードを取り出し、腰に差す。
「俺はよ、別にすげー強いとか、戦うのが好きとかそういうのじゃないんだよ」
そして、カバンには投擲用ナイフを十本。
「むしろ魔法は使えねえし、戦い方は下手くそだし、どっちかと弱い部類に入ると思うんだ」
でも、しょうがない。
ルシュが俺にそうすることを期待するなら、やってやろうじゃないか。
「ルシュは武器は扱えるのか?」
「ううん」
まあ、巫女っていう設定なんだからそれはそうか。
「護身用にダガーぐらいは持っててくれ」
そう言って、ルシュの腰にダガーを刺したベルトを巻いてやる。
「いいか、まずは様子見だ。それから、戦えるか戦えないか、俺が判断する。もし戦えないと判断したときは、そのまま一気に山を下りて、助けを求める。いいな?」
「戦えると判断したときは?」
「隠れてろ」
俺はそう言って、ルシュを抱き上げる。
「お姫様抱っこ」
こんなときに呑気だな、おい。
「しゃべってると舌噛むぞ」
そう忠告した後、ルシュが俺の首にギュッとしがみついたのを確認し、俺は山頂へと向けて、思い切り地面を蹴った。
アキラ編は月・木連載となります。
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