023.お別れをあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
翌日の正午前。
三番街の門前で、街を出る人たちの列に並んでいた。
午前中はもともと出発前の最後の買い出しをするつもりでいたわけだが、何の因果かは知らないがルシュと旅をすることになってしまったせいで、水と食糧、最低限の必需品なんかを当初の予定より余計に購入するハメになってしまった。
もちろん、昨夜の宿代まで含めて費用はすべて俺持ちだ、クソ!
当のルシュはというと、何の悪びれた様子もなく、幌付き荷車の荷物の隙間でうとうとと舟を漕いだりしている。まさに憤懣やるかたなしとはこのことだろう。
そんなちょっとしたイライラを抱えつつ順番待ちをしていると、そこへ馬の蹄の音が迫ってきて、ちょうど俺の真後ろ辺りで止まった。
「よお! いよいよだな」
馬上からの声に振り返ると、厳つい顔のおっさんが乗っていた。
「ムントさん! わざわざ来てくれたんですか」
「初弟子の旅立ちだからな。コルテとガイルも来たがっていたんだが、あいにく別件があってな」
「ムントさんが来てくれただけで嬉しいですよ。お二人にも、お世話になりましたと伝えてください」
「なに? どうしたの?」
俺たちの声を聞きつけたルシュが幌の中から顔を出す。
馬上から降りたムントは、ルシュの姿を見て、目を見開く。
「おいおい、どうした、この白髪の嬢ちゃんは? えらく別嬪じゃないか! お前の連れなのか?」
「ただの旅の道連れですよ。まあ、色々とありまして……」
馬車から降りたルシュは、スカートの端をちょこんと摘んで「ルシュです」とにこやかに挨拶をしている。
一応、そういうこともできるんだな……などと思いつつも、一応ルシュに釘を刺しておくことにする。
「おい、ナルのときみたいに余計なこと言うんじゃないぞ」
「言わないわよ、失礼ね!」
心外だと言わんばかりに、ルシュはプイっと顔を背ける。
「ハッハッハ! なかなか良いコンビじゃねえか。旅は一人よりも二人の方がずっと楽しいからな。良かったじゃねえか、アキラ」
俺の背中をバシバシ叩きながらムントは大笑いをしている。
一人よりも二人の方が楽しい——か。一人旅も二人旅も経験したムントの言葉には説得力がある。経験者は語る、というやつだな。
一頻り笑い終えたところで、ムントが鞄から折り畳まれた紙の束を取り出して、俺に差し出してきた。
「餞別だ。出発に間に合ってよかったぜ」
「これは?」
紙を開いてみると、それは地図だった。
「俺が世界を回ったときに作った地図だ。地図ってのはなかなか手に入らないからな。ざっくりとしたものだし、穴も抜けも多いが、地形や街の位置なんかはそうそう変わるもんじゃねえから、まだ使えるだろう」
「めちゃくちゃ貴重な物じゃないですか! いいんですか?」
地図は軍事機密にあたるらしく、この街でも方々探してみたが、ついに見つけることはできなかった。これからの旅でこれほど心強い物はない。
相手が厳ついおっさんではなく、可憐な美少女ならハグをしたいぐらいに嬉しい。
「写しだから構わねえよ。お前自身の旅の記録をそれに書いて、帰って来たら見せてくれ。楽しみにしてるぞ」
「ありがとうございます! 楽しみに待っててください」
「おーい、次いいぞ!」
門番が声を上げた。いよいよ出発のときだ。
「じゃあ、行きます」
「おう、死ぬなよ」
ムントが拳突き出した。感謝を込めて俺も拳を突き合わせる。
「嬢ちゃんもな」
「はい。ありがとうございます」
「さあ、行こう! 乗ってくれ」
そう言ってルシュに号令を出し、俺は御者代に乗り込んだ。
別れの挨拶は済んだ。
笑顔で頷くムントに見送られながら、俺は馬車を出発させた。
積み荷の検分を受けて、街の外に出ると、目の前には街道がずっと遠くまで伸びていて、その両側にはステップが広がっている。
さあ、いよいよ旅の始まりだ。
俺は手綱に力を込めて、出発の合図を送る。
馬はそれに応えて、ゆっくりだが確実に歩を進め、街が少しずつ小さくなっていく。
「アキラさーん!」
ふと、俺の名を呼ぶ声がした。
振り返ってみると、城壁の上から赤毛の少女が手を振っているのが見えた。
「待ってます! 待ってますから、必ず帰ってきてくださいね!」
城壁の柵に手をかけて、身を乗り出して叫ぶ少女。
御者台に立ち上がり、手を振りながら、俺も腹の底から思いっきり叫ぶ。
「ナル! 元気でなー!」
待っていろとは言わない。必ず帰るとも言えない。
旅のどこかで元の世界に帰る方法が見つかれば、薄情にも俺はきっとここには戻ってこないだろう。
でも、戻って来たいと思う気持ちも嘘じゃない。
砂漠の街サンドロ。
ナルの声に送られながら、俺は、この世界の『始まりの街』を後にした。
⚫︎
「感動的なお別れだったね」
荷台の幌からルシュが顔を出し、御者代の俺の隣に座る。
「冷やかしは禁止だぞ」
「本音だよ。あんなに真っ直ぐだと、ちょっと眩しい」
たぶんそれも本音なのだろう。ルシュはなんとなく物憂げな表情で遠い空を見つめている。
「どうした?」
「ううん。なんでもない。それより、泣いてもいいんだよ」
ルシュが俺の頭をポンポンと叩く。
ばかやろう。男が泣いていいのは、婆ちゃんが死んだときと内定取消しをくらったときだけだ。
「冷やかしは禁止だって言っただろ」
「冷やかしじゃないよ。励ましだよ」
そう言ってルシュは、俺の髪をわしゃわしゃと混ぜっ返す。
「さ、元気だして行こうよ。先は遠いんでしょ?」
「そうだな」
ルシュなりの気遣いに感謝しつつ、俺は鞄からもらったばかりの地図を一枚取り出す。この大陸の北半球にあたる部分が描かれた地図だ。
「俺たちが向かうのはここ」
俺は地図上のサンドロの街に置いた指を街道に沿って北上させ、バーンと書かれたポイントで指を止める。
「ここからバーンの街まで馬車でだいたい六日から七日ぐらいだ。大きな街道だから、難所と呼ばれる峠越えを除けば、だいたい馬車で一日分の距離ごとに宿場町がある」
もともとサンドロとバーンは双子都市らしく、この二つの街の間は、街道と宿場町がよく整備されている。
「だったら楽勝だね」
「ところが、だ」
俺は地図に置いていた人差し指をルシュに向ける。
「俺は一人旅のつもりで準備を進めてきた。だから、俺一人だけだったら宿にも泊まれるし、水も食糧も十分足りる計算だった。しかし、ここでこの計算を狂わせることが起きた」
わかっているのか、いないのか、ルシュは真剣にうんうん頷いている。
「誰とは言わないが、俺の旅に無理やりついてくる困った人が現れたんだ。当然、一人旅の計画は全て台無しだ。しかも、そいつが出発前に無駄遣いをしたせいで残りの金もかなり心許ない。あとはわかるな?」
青褪めた表情のルシュが、静かに頷いた。
「わたしが宿に泊まると、アキラは野宿でひもじい思いをするってことね……」
「違うだろうが!」
脳天にチョップをお見舞いしてやると、ルシュは「グエっ」という美女らしからぬ声を上げた。
「ひどいよお」
両手で頭を押さえるルシュはちょっと涙目だ。
「悪い、悪い」
そういえば、やたらと力が強くなってたんだった。反省、反省。
「ま、というわけでだ、宿に泊まるのは峠を越える前日と峠を越えた後の二日だけで、あとは野営だ」
「えー」
「しょうがないだろ。概ねお前のせいなんだから」
「でもー」
「でももヘチマもねえんだよ!」
「はい!」
そこでルシュが元気よく右手を挙げた。
「何だね、ルシュ君」
「なぜヘチマが出てきたのか意味がわかりません!」
「なるほど、それはヘチマという植物がだな——って、そんなことはどうでもいいんだよ! とにかく、早速今日は夜営だからな!」
「おーい、夫婦喧嘩は犬も食わねえぞ」
すれ違う行商人からは俺たちが夫婦のように見えたのかもしれない。
出発してからまだ半刻も経たないうちからわいわいがやがや。
でも、惜別の思いに浸る暇を与えてくないルシュの賑やかさに俺が救われたのは確かだった。
赤の幕第一部完。
アキラとルシュが無事に最初の街を旅立ちました。
ようやく冒険が始まります。
次回から「アキラ編」は、月・木の週二回連載となります。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
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