022.再会をあなたへ②
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
運良くオープンテラスに座れた俺たちは、紅茶を片手にドライフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキをつついていた。
他の大陸ではどうなのかはわからないが、この世界の良いところは食べ物が美味いところだ。
この街の近くの村ではビートが育てられていて、ビートシロップも流通しているらしく、こうして甘味に舌鼓を打つこともできる。
もっとも、白砂糖のような物はないし、ビートシロップだってそれなりに高価な品のようだが。
俺はパウンドケーキを口に運ぶ。酸味と甘味のバランスが絶妙でなかなか美味い。
ケーキセットが銀貨四枚だと言われたときは少し、いや、かなり躊躇ったが、これだけ美味いのであればその値段でも良しとしようじゃないか。
なんと言っても、目の前で嬉しそうにケーキを頬張るナルの笑顔はプライスレスだしね。
「いっぱい話したいことがあったはずなんですけど、いざとなると何を話すか悩んじゃいますね」
ナルが紅茶のカップに口をつけながら言う。
「だったら、ナルの店の話を聞かせてくれよ。この街には自分の店を持つために来たって言ってただろ?」
「はい。実はアンテムおばさんのお店の近くに良い貸し店舗を見つけたので、今、交渉中なんです。うまくいったら、そこから店内の改装をして、半年後ぐらいには開店できたらなって」
「何の店をやるんだ?」
「文具店を開こうと思っているんです。私の町は紙が特産ですし、お店は中央街にも近いから、ノートやスクロール、羽ペンなんかの需要も見込めるので。でも……」
「でも?」
「もう一押し何かが足りない気がして…… 目玉商品になるような何かはないかなって、ずっと考えてるんです」
ナルが困ったように笑う。
だったら——
俺はこの街に来てから買った革鞄の中を漁る。もちろん鞄はヒヨコ印だ。
ちなみに、最初に使っていたリュックはお蔵入りだ。化繊で作られたリュックは悪目立ちするしね。
「お、あった、あった。例えば、こういうのはどうだ?」
俺は取り出したブツをテーブルの上に置く。
「これは…… 触ってみてもいいですか?」
「もちろん」
ナルはテーブルの上に置かれている伝票の裏に、さらさらとそれを走らせる。
「す、すごい……」
「鉛筆っていうんだ」
俺が取り出したのは何の変哲もないHBの鉛筆だ。もともとシャープペンシルよりも鉛筆派だったということもあって、最初にこの世界に来たときのリュックに入っていたやつだ。
この世界の筆記具といえば専ら羽根ペンだ。
一応、石膏で作られたチョークや画材としての木炭なんかはあるのだが、一般的に物書きのために用いられのは羽根ペンで、ボールペンなんかは当然として、鉛筆すら今のところ目にしたことはない。
羽根ペンは羽根ペンで趣きがあっていいのだが、日常使いにはやはり難がある。こまめにインクを付けなければならないし、特にそのインクの持ち運びが面倒臭い。
俺のような異世界素人からすると、気付いたことや気になったことはすぐにメモをしておきたくなるのだが、出先で羽根ペンを使うのは億劫なので、コソコソ隠れて鉛筆を使っていたのだった。
もちろん、広い世界だろうから、鉛筆もどこかにはあるのかもしれないし、まだ存在しないのだとしても、もしかしたら誰かがちょうど今頃思いついているかもしれない。
庶民にも文字をかける人が多く、紙や、不便だとは言え羽根ペンも広く流通しているんだから、遅かれ早かれ鉛筆というものが発明される下地は十分にある。
だからこそ、そこに『違和感のない商機』があるんじゃないかと思うのだ。
話が長くなりそうなので、紅茶を二杯追加で注文して、俺はナルに説明を始めた。
「これがあればさ、羽根ペンみたいにインクがなくてもどこでも好きなときに書き物ができる」
「はい、とても便利です。アキラさんが考えたんですか?」
鉛筆の愛用者ではあるが、いつ、誰が発明した物なのかも知らないというのが正直なところだ。
ここで「そうだ」とドヤ顔で答えることもできるのだが、やっぱり嘘はよくない。ナルの前では誠実でいたいのだ。
「いや、もともと俺が住んでいたところでは普通に使われていた物なんだ。だから俺のアイデアってわけじゃない」
そう言って鞄からもう一本鉛筆を取り出すと、伝票の裏をぐりぐりと黒く塗り潰しながら、鉛筆の構造やメリットとデメリットについてナルに解説する。
とは言っても、構造自体は単純なものだし、メリット、デメリットなんかも、さっき伝えたとおりインクが要らずいつでも使えることや、芯が折れたりすり減ったりしたら使えなくなること、でも削ればまた使えることなど、極々簡単なことだ。
あとは、インクと違って水濡れに強いこととか、消しゴムはまだ存在しないだろうが、昔はパンを消しゴム代わりにしていたというし、そういった物を使えば書いた文字が消せることなど。まあ、これはメリットでもデメリットでもあるかもしれないけど。
「それでさ、これをどうやって作るかってことなんだけど——」
俺は以前テレビ番組で紹介されていた鉛筆の製造工程を思い出しながら、ナルへと伝える。
芯の原材料は黒鉛と粘土。これはどちらもこの世界にもあるだろう。
混合して芯の形に成型したそれを千度以上の高温で焼き締めるわけだが、これは火魔法を使えば簡単に済むかもしれない。
あとは、芯を二枚の木の板で挟んで接着し、鉛筆の形に整えれば出来上がり。
説明だけ聞けば三分でできそうなほど簡単に感じるが、実際に初めて作ってみるとなると、色々と試行錯誤を重ねることになるだろう。
「どうかな、できそうかい?」
「は、はい……材料も手に入りそうですし、できると思います。でも、こんなすごいことを簡単に私なんかに話しちゃっていいんですか……?」
「ナルだからするんだよ」
いいか、悪いかという点で言えば、権利関係の話は知らんけど、鉛筆が発明されたのはずっと昔のことだし、特許云々とかはないだろう。それにここは違う世界だから、仮に何かあってもそれが及ぶ範囲は超えていると思う。
それに、異世界モノのラノベ的には文明や文化の汚染をしないように気をつけるっていうのがお約束だが、鉛筆ぐらいはそもそもこの世界にすでにあってもおかしくないような物だし、これぐらいは許容範囲だと勝手に思っている。
ただし、元の世界の知識を活かして俺自身が一儲けするのは、ちょっと違う気がする。
要は、これはナルへのちょっとした恩返しなのだ。お節介かもしれないけど、ナルにはちゃんと成功してほしい。
「この鉛筆っていうのはさ、俺が住んでたところでは、ごくありふれた物だったんだ。でもこの街では見かけなかったからさ、ナルに形にしてほしいんだ。そして、いつか俺がここに帰ってきたときには、この街でも鉛筆がありふれた物になっていると嬉しいよ」
「……行っちゃうんですか?」
俺の言葉に俯いたナルがか細い声で問う。俺はそれを静かに首肯した。
「お別れを言いにきたんだ」
店を出ると、西の空を茜色に染めた太陽が早く家に帰りたそうにしていた。
それとは裏腹に、俺たちは別れを惜しむように遠回りをしながらアンテム洋裁店へとゆっくり歩を進める。
「アキラさん……」
これまで終始無言で、後ろをついて来ていたナルが俺を呼び止めた。
「アキラさん、私も——」
「ナル、これ」
たぶんそれは、ナルが言ってはいけない、俺が聞いてはいけない言葉だ。
だから俺はナルの言葉を遮ると、彼女の手を取った。
そしてその手のひらの上に金額五枚を載せる。
「借りてた金、返すよ。これのおかげで本当に助かったよ。ありがとう。利子つけてなくて申し訳ないけどさ」
「う、受け取れません! それは報酬としてお支払いしたものなんですよ」
「報酬なんていらないんだ」
俺はナルの手を包み、金貨を握らせる。
「助けられたのは俺の方なんだ。ナルは俺の命の恩人なんだよ」
「命を救ってくれたのは、アキラさんの方じゃないですか!」
確かにそういう場面もあったかもしれないが、そんかことは関係ない。
ナルがいなかったら、あの砂漠で一人だったら、俺は間違いなく死んでいただろう——肉体的にも、精神的にも。
「言っただろう? ナルを助けたのは俺じゃないよ」
「そんな見え見えの嘘……」
ナルの瞳からは大粒の涙が溢れている。
「泣くなよ、ナル。一生会えなくなるわけじゃないんだしさ。世界をぐるっと一周回って帰ってくるよ」
本当はわかっている。この世界の旅はそんなに甘いものではない。一度別れれば、二度と会えなくなることの方が多いだろう。
だから、この世界の人たちにとって、別れはとても大きなことだ。そしてそれは、出会いにも同じことが言える。
一期一会——現代日本で暮らしていた俺にとって希薄となっていた心を、この世界の人たちは、少なくとも俺が出会った人たちは、とても大切にしている。
だから——
「笑ってくれよ、ナル。泣き顔でお別れなんて、寂しいだろ?」
ちなみに、アンテム洋裁店に戻ると、ルシュが見慣れないフード付きの白いローブを纏って、ご機嫌に笑っていた。
アンテムさんに仕立ててもらったらしく、俺は金貨二枚と銀貨八枚を支払わされるはめになった。
こっぴどく叱る俺とのろりくらりとかわすルシュ。
それを見たナルが笑ってくれたのが、せめてもの救いだった。
【以下テンプレ】
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