021.再会をあなたへ①
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
「おいしそおー」
後を追った俺が店に入ると、ルシュが涎を垂らさんばかりの勢いで、陳列された焼き菓子を食い入るように見つめていた。
「こらこら、売り物に涎が落ちるぞ」
ルシュの口を押さえて引き寄せると、ルシュが再びウルウルした瞳でこちらを見つめてくる。
「ねえ、買って?」
「お前、金は?」
「持ってないわ」
くそ! 清々しいまでにダメ人間だな。
「うちのお菓子は蜂蜜をたっぷりと使っているので、甘くてとてもおいしいですよ。ぜひ奥様にお一つ買って差し上げてくださいな」
こちらの様子を見ていた菓子店のマダムが、ここぞとばかりに売り込みをかけてくる。
「ほらほら、お店の方もあのように言ってくださっていることですし。お願い、あ、な、た」
「貸すだけだからな——」
「ね?」
何度も同じ手が通用すると思うなよ……
「ね?」
ルシュが両手で俺の手を握り、懇願の瞳を向けてくる。
さ、さすがにこれは卑怯だろ……
「ひ、一つだけだぞ!」
「大好き!」
そう言って俺の腕に抱きついてくるルシュ。
腕にはふんわりと柔らかい感触。
く、悔しいが、今回のは今のでチャラってことにしておいてやろうじゃないか……
「まあまあ、うちのお菓子よりも甘いお二人ね」
そう言って笑うマダムから、ルシュは焼き菓子を受け取っている。
甘いのは雰囲気ではなく、俺自身だな……
まだまだ修行が足りないようだ。
ナルへの手土産にと焼き菓子を追加で三袋ほど購入して店を出た後、俺たちは屋台で軽い昼食を済ませた。もちろん代金は俺持ちだ。
それから馬車の預かり所から荷馬車を引き取って、午後の行軍を開始すること一刻ほど。
御者台の俺の隣に座らせていたルシュが早くも尻が痛くなったなどと言い出した。よく整備された馬車道を走っているというのにこんな為体では、先が思いやられるというものだ。
仕方がないので、羊毛の詰まったクッションを買ってやると、今度は左手に流れる中央街の綺麗な景色を眺めながら、ご機嫌に鼻歌を歌い出す始末。
なんだかんだで、隣に座っている人がご機嫌な方がこっちとしても気分がいいし、買ってよかったなあ、なんて思ってしまうのがよくないのだろう。結局はルシュではなく、俺の甘さに問題があるってことだ。
そんなトラブルとも言えないようなトラブルをいくつかこなしながら中央街を過ぎ、三番街の大通りで馬車を預けて裏路地に入る。裏路地とは言っても、辻馬車が余裕ですれ違えるくらいには十分広い。
そして、店をいくつか横目に見ながらしばらく歩き、とうとう目的地へと到着した。
アンテム洋裁店——ナルの下宿先だ。
「おい、ルシュ。ちょっといいか?」
「なに?」
「俺は今から大切な恩人に挨拶に行ってくるからさ、ルシュはこの辺りで適当に時間を潰しててくれないか? 小遣いやるからさ」
俺はそう言って、財布がわりの麻袋から銀貨二枚を取り出す。
「なんで? 私がいたら都合が悪いの?」
「いや、そうじゃないけど、失礼があったらまずいだろ?」
「ふーん、私が失礼だって言うんだ?」
ルシュは俺の手から銀貨をぶんどって懐に入れると、不機嫌そうにスタスタと洋裁店へと向かって歩いていく。
「やだよ。私はアキラのお守りなんだから、いつもそばにいるって言ったでしょ」
「あー、おい! ちょっと待てって」
先に店に入ってしまったルシュを慌てて追う。
「いらっしゃいま——」
「やあ、久しぶり」
「アキラさん!」
カランコロンカランとドアベルが響く店内のカウンターの向こうにいたのはナルだ。
驚きと喜び、そんな複雑な表情を見せたナルが飛び出してくる。
さあ、感動の再会だ。俺は両手を広げてナルの抱擁を待つ。
未成年には手を出さない——これが世界の掟だが、再会の抱擁ぐらいは許されるよね?
しかし、すんでのところでナルが思いとどまり、残念ながら抱擁が果たされることはなかった。まあ、その恥じらいがナルの良いところなんだけどね。
「も、もう会いに来てくれないんじゃないかって……」
ナルが俺の目の前で俯いて肩を震わせる。
「ごめんな。店を探すのに手間取っちまってさ」
手間取ってしまった原因は、俺が店の名前を間違って覚えていたことにある。本当に申し訳ない。
「あ、そうだ、これ」
俺はさっきの菓子店で買った焼き菓子の包みをナルに手渡す。
「甘い物好きだって、言ってただろ?」
「覚えててくれたんですね」
そう言ってナルは、目尻に涙を浮かべたまま、笑顔を見せてくれた。
ほんの数週間振りだが、やけに懐かしい感じだ。
「そりゃ覚えてるさ。ナルの言ったことは全部ちゃんと覚えてる」
「う、嬉しいです……」
顔を真っ赤に染めるナルがちょっと可愛い。
「あの! お話したいことがいっぱいあって。もしよかったら——」
「こほん」
ナルの言葉を遮って、店の片隅からわざとらしい咳払いが響く。
ルシュか。そういえば、いたんだったな、完全に忘れてたよ。
「綺麗な髪……」
真っ白な髪というのは確かに珍しい。多くの者はそのことをもて囃すが、ナルの言うとおり、むしろ驚くのはその綺麗さなんだよな。
「あの、アキラさん。あちらの方は?」
「あー、あいつは——」
俺が口を開こうとすると、ルシュがそれに先んじて、一歩前に歩み出た。
ここまで見せたことのない楚々とした雰囲気だ。
「私は旅の巫女、ルシュと申します。長旅の果てに困窮していたところをアキラ様に買っていただいたのです」
「ちょ、お前——」
なんてことを言ってくれとるんじゃ!
ポトリ——
焼き菓子の包みが床に落ちる音がして、それから——
バチイイイィィィン!
あれ? ドアベルが見えるよ? なんで?
「ふ、ふ、不潔です!」
涙を瞳いっぱいに浮かべて、ナルが店の奥へと駆けて行く。
俺はじんじんと熱をもって痛む左頬をおさえながら、ただ呆然とその後ろ姿を見ていた。
⚫︎
「アンテムおばさん、行ってきます!」
機嫌を直したナルが元気よく店を飛び出してい
あの後、騒動を聞きつけて奥から出てきたアンテムおばさんの協力を得ながら、どうにかこうにかナルを呼び戻し、何度も何度も説明を重ね、なんとかナルの誤解を解くことに成功した。
もちろん、ルシュにもガッツリ謝らせたよ。
そういうわけで、積もる話もあることだし、少し散歩でもするか、ということになって今に至る。
「それで、お前は来なくていいのか、ルシュ?」
俺は反省して落ち込んでいるルシュに声をかける。
「うん。このお店で待ってる。ちょっと意地悪し過ぎちゃったしね」
「お守りだからそばにいるんじゃなかったのか?」
「同じ街の中なんだから、すぐそばだよ」
「そっか。あんまり遅くならないようにするからさ」
「必ず帰って来てよ」
「なるほど! 置いて行くという手もあったか」
「もう!」
「冗談だよ」
「アキラさーん、早く行きましょうよ」
店の外からナルが俺を呼ぶ声が聞こえる。
「じゃ、行ってくるよ」
頬を膨らませてむくれるルシュの頭をポンポンとやってから、俺はナルを追って店を出た。
穏やかな日差しが照らす街路をナルと二人で並んで歩く。
この世界に来た当初、ナルと出会って砂漠を旅していたときの俺は、まさかこんなに素晴らしい日がやって来るとは夢にも思わなかった。
「さっきはぶっちゃってごめんなさい」
隣を歩くナルがシュンとした様子で謝ってくる。
「ナルは悪くないよ。悪いのはルシュっていうか、俺の運っていうか、そんなとこさ」
「ルシュさん……」
ナルの表情はどこかまだ暗いままだ。
「ルシュさんって、美人ですよね」
そう言いながらナルは自分の鼻筋を指でなぞる。
「なんだ、そばかすを気にしてんのか? 俺はそれ、可愛いと思うんだけどなあ」
可愛い少女に、赤毛とそばかす。正義の一つだと思う。
俺が素直にそう答えると、ナルは黙り込んでしまった。
「あれ? 何かまずいこと言ったか?」
「いいえ、逆です。さ、早く行きましょう」
「どこに向かうんだ?」
「実はアキラさんと行きたいところがあるんです」
どうやら最近人気の喫茶店が中央街にあるらしい。
この街に来てからしばらく経つが、中央街を散策するのは初めてだったりする。思い出作りにはちょうどいいかもしれないな。
「一人で行くのもちょっと恥ずかしくて、もしアキラさんが会いに来てくれたら一緒に行きたいなってずっと思ってたんですよ」
「遅くなっちゃって、ごめんな」
こんなことなら、もっと早くに会いにくるべきだった。そんな俺の後悔をナルの笑顔が優しく照らす。
「ちゃんと会いに来てくれましたから。それだけで十分です」
ナルのこの笑顔をずっと、死ぬまで覚えておこう。俺はこの笑顔に救われたのだから。
穏やかな午後。
賑わう街。
ナルと並んで歩きながら、俺はしみじみとそう思うのだった。
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