018.思い出をあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
この街での滞在も残すところあと二日。
俺がこの街に辿り着いてから長らく拠点としていたここ三番街を今日出発し、サンドロの北東部にある六番街へと向かう。
そしてそこで最後の夜を過ごせば、翌朝にはいよいよこの街に別れを告げる。
目的地は帝都フレイミア。そこから赤の神殿に向かう予定だ。
しかし、一口にそう言っても、やはり帝都は遠い。飛行機も電車も自動車もないこの世界ではなおさらだ。
ここサンドロから帝都までは馬車の移動でおおよそ八か月ほどかかるらしい。
大きな街と街の間には街道が整備されているとは言え、険しい道のりには変わりないし、魔物だって出る。旅における最優先事項は安全の確保だ。
そのため、商人なんかはキャラバンを組んで移動することも多いらしく、冒険者組合にも護衛依頼がちょくちょく出ていたりもする。
俺も見知らぬ世界での一人旅は不安だったので、最初はキャラバンの護衛として旅をすることも考えていたのだが、結局は断念することにした。
依頼を受けるためには組合の審査が必要だったこともあるが、どうしても行動方針が依頼主である商人の意向に縛られてしまうため、安全と自由を天秤にかけた結果、自由をとった形となったのだ。
そういうわけで自由気ままな一人旅となったわけだが、単独での旅となると、当然だが、何から何まで自分一人で解決する必要が出てくる。飲み水の確保、食事、夜営などなど、俺は魔法が使えないので、こちらの世界の住人よりも旅の難易度がかなり高いだろうことは容易に想像がつく。
唯一の救いは、俺に魔物と戦うだけの力があったこと。正直、これがなかったら一人で旅に出るなどとても考えられなかった。
そういうわけで、ここ二週間ほどは『魔法が使えない男の一人旅』を前提として、必要な物質の準備をこつこつと進めてきた。足りない物があればちょっとそこのコンビニで、というわけにはいかないので、準備は慎重に、念入りに。準備の成否が旅の成否を決めるのだから当然だ。
「ふう。必要な物はこれで全部かな」
まだ日が昇りきっていない早朝、馬車の積み荷とバックパックの中身の確認を終えて一息ついた俺は、ふらりと散歩に出かけることにした。
お世話になったこの街を最後に目に焼き付けておこうと思ったのだ。
まず向かったのは初めてこの街に入ったときにくぐった西門。
そこの門番であるズンのおっさんはいつも俺のことを気にかけてくれていた。討伐依頼なんかで街を出入りする俺の姿を何度も見かけていたらしく、俺がきちんと働いていることは知っていたようだったが、それでも出発の報告を兼ねて挨拶に行ったときには自分のことのように喜んでくれた。
仕事に就いて一杯奢る——あの日の強がりを実現できたことは自分でも誇らしく思っている。
次に訪れたのは、西門近くの広場。ムントに剣の稽古を付けてもらった場所だ。
この街での滞在期間中、最もお世話になったのがムント一家だと言ってもいい。戦う術だけではなく、この世界で生き抜く術も教えてもらったと思っている。
先輩冒険者であるムントとコルテから学ぶことは多かったし、時に父や母のように接してくれる彼らに、家族の温かさを思い出したりもした。
特に、一緒に討伐依頼を受けて以降、ガイルは俺によく懐いてくれていて、出発の挨拶に訪れたときには、ガイルは悪態をつきながらも涙目になっていた。その姿には今でも込み上げてくるものがある。
そして、ヒヨコ屋。
高品質で低価格、そのおかげで必要以上に買い物をしてしまった感もあるが、旅に出るにあたって、信頼できる武器以上に心強いものはない。これからの旅でヒヨコ屋で手に入れた武器はきっと俺のことを支えてくれると思う。
そして何より、リーサは俺の心の癒しだった。
他にも毎日のように通ったサンドロ冒険者組合第三支部や、貧乏冒険者の懐に優しい価格で美味い飯を大量に出してくれた行きつけな食堂など、この街のいろんな人に支えられて俺は今日まで生きてくることができた。
「ありがとうございました」
まだ起き出す前の街に向かって、俺は深々と頭を下げた。
さあ、出発だ。
三番街に別れを告げた俺がこれから向かうのは六番街。そしてそこで最も大切な人に会うつもりだ。
この世界に来て最初に出会った人。そして俺の命の恩人——ナルだ。
この世界に関する知識と生きていくために必要な金、そして何より不安に満ちていた俺に安心を与えてくれた人だ。
「私がいます。私が守ってあげますから」
そう言って抱きしめてくれたことを今でも覚えている。なんなら毎日思い出すまである。
別にやましい気持ちがあるわけではない。俺がナルをそういう対象として見ることはあり得ない。そもそもナルは未成年だ。俺は大人で相手は子ども。俺の高い倫理観ゆえというのもあるが、結局は俺にとってナルは特別な存在なのだ。
男だとか女だとか、大人だとか子どもだとか、黒髪の異世界人だとか赤髪の現地人だとか、そんなことは関係なく、あのときナルが抱きしめてくれたから俺は今も生きている。
ただそれだけで、それが全てだ。
だからナルには感謝しかない。
本来であればもっと早くに会いに行くべきだった。彼女もそれを待ってくれているんだとも思う。
しかし、日々を生きるのが精一杯だった俺にそうするだけの余裕がなかった。それに加えて、ナルの下宿先だという店の名前しかわからず、その上、唯一の手掛かりであるその店の名前すらも間違えて覚えてしまっていたらしく、彼女の所在を見つけ出すのに時間がかかってしまった。
でも、そんなことはどれもただの言い訳だ。
蠍の大群の討伐報酬でまとまった金が手に入ってからは食うに困るという状況ではなくなっていたはずだ。ナルの下宿先の店だって、冒険者組合に依頼を出せば、あっという間に見つかっていたはずだ。
それでも俺はいよいよ出発が差し迫った今日この日まで、会いに行こうとはしなかった。
それはなぜか。
本当は、一人でも立派に生きている姿を見てほしかったのだ。あの日、膝を抱えて泣いた夜から成長した姿を、ナルに見せたかったのだ。
くだらないことかもしれないが、要は男の見栄だ。
今ならきっと胸を張って会いに行ける。ようやくそう思えるようになった。
堂々とナルの前に立って、もう一度「ありがとう」を伝えたい。
そして、「さよなら」を伝えよう。
ナルに別れの挨拶をしたら、すぐにこの街を離れよう——そう心に決めていた。
そうしないと、いつまでもこの街にいたいと思ってしまうから。元の世界に帰りたいという思いが薄れていってしまうから。
それでもやっはり寂しい。別れを告げるのはつらい。
ナルに会うのをずっと先送りにしてきた本当の理由はこれだったのかもしれない。
クライ編との進度調整のため、明日の更新はお休みします。
(お休みが多くてすみません……)
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