017.お茶をあなたへ
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
デモンファットテールの殲滅戦を経験して、はっきりと分かったことがある。これまでもうすうすというかこゆこゆ感じていたことではあるが、今回の件で再認識した。
俺の力は異常だ。これは、もともとの俺本来が持っていた力と比べて異常だというだけではなく、魔法や魔物が存在するファンタジーなこの世界においても異常だということだ。
異世界テンプレ物の主人公はたいてい何らかのチート能力を与えられているにもかかわらず、俺に魔法が使えないとわかったときには、軽くどころかガッツリ絶望したものだが、たぶん、この『異常な力』こそが神が与え賜うたギフトだったのかもしれない。
もともと、キリストの誕生日をお祝いした一週間後には寺で鐘を突き、その翌日には神社でお参りする程度には曖昧な宗教観の持ち主で、そもそもそういった行為自体が快楽と消費のための言い訳だと考えていた無神論者であったが、事ここに至っては、この世界に超自然的な力が存在し、その力に意思がある——つまり神が存在することを否定する気には全くなれなくなってしまった。
俺がこの世界に連れてこられて、チート能力を与えられているということは、神が紡ぐ物語の主人公に抜擢されたということだ。
では、神が思い描くストーリーはどんなものなのか? 俺に何をさせようとしているのか? 物語が無事完結した暁には俺は元の世界に帰れるのか?
もともと神頼みをするつもりで四大神殿巡礼の旅を始めようと思ったのだったが、神の意思を確認するために四大神殿を巡礼することこそがこの旅の明確な目的となったってわけだ。
やることは一緒だとしても、目的がはっきりするだけでやっぱりモチベーションはずいぶん違うもんだな。
さて、分かったことと言えばもう一つある。
武器が一つだけでは危険だ、ということだ。本来当たり前のことなのだろうが、実際に討伐依頼に出てみて身をもって実感した。
うろ覚えの記憶の中でも、グレートソードを弾き飛ばされたときの焦りは鮮明に覚えている。
考えてもみれば、あんなに硬いデモンファットテールの外皮を何度も何度も斬りつけていたわけだし、途中で剣がダメになってもおかしくはなかった。
もし剣一本で討伐依頼に意気揚々と向かう冒険者がいたとしたら、殴ってでも止めてやらなければならい。まあ、そんな愚か者なんていないだろうけど。
そんなわけで、俺は品質と信頼のヒヨコ屋に出向いていた。
せっかく金も入ったことだし、できればメインウェポンとサブウェポン一つずつは購入しておきたい。ついでに俺のグレートソードの手入れもお願いしないとな。
「こんちはー」
いつものように気楽な感じで開け放たれたドアから店へと入る。
もちろん客は一人もおらず相変わらず閑古鳥が鳴いている。
めっちゃいい店なのになんでだろうな?
「アキラさん! いらっしゃいませ」
店の奥で皮刺繍をしていたリーサが駆け寄ってくる。
ふむ、相変わらず今日も可愛いな。
「今日も剣のお手入れですか?」
「それもお願いしたいんだけど、今日は剣を少し見せてもらいたいなと思ってさ」
「わあ、嬉しいです! たくさん買っていってくださいね」
そう言ってリーサが俺の手をとってキラキラした瞳を向けてくる。
俺も嬉しいです。たくさん買っていっちゃうからね。
「ではでは、どんな武器をお求めですか?」
「今持ってるのと同じグレートソードが欲しいんだけど」
今の俺のメインウェポンはグレートソードってかそれしかないわけなんだが、追加で購入するとしたらやっぱり同じグレートソードがいい。
使いやすいし、耐久もいいから気に入っているのだ。
それに、武器が大きく変わってしまうと戦い方も変える必要が出てくるし、半分以上素人の俺にはまたまだそんな器用な真似はできない。
「ごめんなさい。まったく同じ物はないんです。うちのはすべて一点物なので。でもグレートソードなら色々取り揃えてるのでいくつか在庫を出してみましょうか?」
「頼むよ」
とは言っても、実際に在庫を取りに行くのは俺だ。
つくづくリーサの華奢な体は武器屋に向いてないんだよなあ。
そうして並べられたグレートソードは五本。
金貨五枚の物から二十五枚の物までおおよそ金貨五枚刻みで価格が異なる。
「やっぱり高い物の方がいい剣なのか?」
「剣としての質はそうですね。例えば金貨五枚の物と二十五枚の物で比べれば、はっきり品質は違ってきます」
「やっぱりそういうもんなんだな」
さて、どうしたものか。命を守るための武器だ。思わぬ額の報酬を得た今となっては金を惜しむ気はない。
とは言っても剣だけに全部をつぎ込むわけにはいかないから、予算は金貨二十枚まで。金額と品質が比例するのであれば買える物のうち最も高い物を買っておけば問題はないのだろう。
ただ、今使っている金貨五枚のグレートソードも何の不満もないほどのクオリティなんだよな。これ以上の物だと宝の持ち腐れのような気もするし……
「やっぱり迷っちゃいますよね。でしたら、私のお勧めの選び方を試してみませんか? さっきは値段が高いほど品質がいいのは間違いないってお話しましたけど、実は一番大切なのは相性なんです。武器選びは『出会い』ですから」
そう言ってリーサはグレートソードから値札を外して並び替える。
「ここに金貨五枚から二十五枚までの剣が五本あります。これを一つずつ持ってみてください。試しに振ってみたりしてもいいですよ。それで一番気に入った物にするっていうのはどうですか? ご予算が金貨二十枚って仰ってましたから、もし選んだ物が金貨二十五枚の物だったら、二十枚までお値引きします」
なるほど。それはいい考えだ。名付けて『第一印象で決めてました作戦』だな。
「でも、いいのか? もし俺が金貨二十五枚の剣を選んじまったら大損するんじゃないか?」
「心配ご無用ですよ。利益がすごーく小さくなるだけで、損はしませんから。こう見えても私だって商人なんですよ。自分が損をする取引はしません」
「なるほど。ただ可愛いだけじゃないってわけか」
「か、可愛いだなんて、そんな風におだててもこれ以上サービスできませんよ」
紅潮させた頬を両手で押さえながら身をよじらせるリーサ。
自分が可愛いことなんてわかってるだろうに、何やってんだか。
「じゃあ、早速——」
右側から順に一本ずつ手に取って、肩の高さまで掲げてみる。作戦名どおり第一印象が大事なので、一つひとつにあまり時間をかけることはしない。
「これとこれ、ちょっとだけ振ってみてもいいかい?」
その中から気になった二本を振ってみることにした。手に馴染む感じや重さなんかはどちらも同じぐらいしっくりくる。
何なら両方とも買ってもいいかもしれないが、今日はサブウェポンも購入予定なので、この二つのどちらかにしよう。
「もちろんです!」
リーサは胸の前で拳を握って、ワクワク顔をこちらに向けている。
こういうところがまた可愛いんだよな。
そんな感想を抱きつつ俺はリーサの服装をチェックする。今日のリーサは、ショートパンツに白いTシャツ、その上に黒っぽいジレという装いだ。すらりと伸びた美脚が眩しいがスカートではない。
べ、別に、残念だなんて思っていない。初めてこの店を訪れたときのようなハプニングを期待してなどいないのだ。
剣を握った俺は邪念を払うように精神を統一する——フリをする。そして上段に構えたそれを一気に振り下ろす。
ビュンッという鋭い音ともに空気を切り裂く手応えがあった。
続いてもう一本。
こちらは初めてのときと同じく、空気を押しつぶすような感覚で、振り切った後にはガタガタと建屋を揺らしながら空気が暴れまわっていた。
「白!」とならないのが残念なところ——とかはまったく思っていない。
「よし! これにするよ」
俺が選んだのは後者。
どちらも甲乙つけ難いが、今の俺の技術だとスパッと鋭く斬るというよりも叩き斬るというやり方の方があっているはずだ。
「じゃあ、結果発表をお願いできるかな?」
「はい。それじゃあ発表しますね」
脳内にドラムロールが鳴り響く。そして——
「じゃーん! 金貨二十枚です」
「よっしゃやあ……?」
あれ? これって喜ぶべきところなんだろうか。
別に高い物を当てるゲームでもないし、何なら一番気に入った物が高いよりも安い方がいいような?
よくわからん。
ただ一つ分かるのはこのゲームの勝者はリーサだ。結果として一番高い物を売りつけるのに成功したわけだからな。
「ちなみにもう一本の方も教えてもらっていいかい?」
「もちろんです。こちらは金貨十枚ですね」
二十五枚のやつじゃなかったか。やはりリーサの言うとおり値段というよりも相性の方が重要なのかもしれないな。
「それにしても、アキラさんに選ばれるとは大した子ですね。仕入れ値や品質から見て金貨十枚と値を付けていたんですけど、秘めたポテンシャルを見抜けていなかったなんて、私の目利きもまだまだですね」
リーサは俺が選んだ二本のうち、最終選考漏れとなった一本をまじまじと見ながら、そんなことを言った。
「いやいや、武器は相性だって言ってたのはリーサだろ。それに俺なんかが選んだからって、武器の価値が上がるもんじゃないだろ」
「そんなことありませんよ?」
リーサが悪戯っぽく笑う。
ちょっとだけ嫌な予感がした。
「鮮烈なデビュー戦を飾った『黒髪のアキラ』はもうこの辺りでは有名人ですよ。おかげさまで、アキラさん御用達のお店ってことで、昨日から急にお客さんが増えたんですから」
まじか……
ただでさえ黒髪で目立ってるのに、これ以上悪目立ちしたくないんだけどなあ。
「それにしても、客が増えたって……」
「ああ! また失礼なことを! 武器屋が忙しくなるのは冒険者の皆さんが帰ってくる夕方以降なんです。武器の修理なんかの需要もあるんですから。まあ、うちは修理はやってませんけど」
「その台詞、前にも聞いたな。でも、修理はやってないのに、手入れはやってくれてるよな?」
「うちには鍛冶職人がいませんからね。簡単なお手入れしかできないんですよ」
リーサは簡単だと言うがその仕事は実に丁寧だ。それを無料でサービスしてくれるんだからついつい足繁く通っちゃうんだよな。
本当にいい店だからもっと繁盛してほしい。
悪目立ちは確かに嫌だが、俺なんかの名前がこの店の売り上げに少しでも役に立つのなら、甘んじてそれを受け入れるのも悪くはないかもしれないな。
「他にも何か見ていきます? それとも奥でお茶にしますか?」
「もう一つ何かサブウェポンになるような物を探したいんだけど、せっかくだから先にお茶をいただこうかな」
店から続く縁側のようなところに腰を掛けて、リーサが淹れてくれた紅茶をいただく。
「ふう、美味い」
「ふふ、ありがとうございます」
剣の手入れを頼みに来たときには、たいていこうしてお茶を御馳走してもらっている。
俺はこの時間が大好きだった。静かで、長閑で、色々なことを忘れてのんびりできる。
他に客がいないからこそというのもあるが、リーサの持っている雰囲気によるところが大きいのだろう。
「アキラさん、この街を出て行っちゃうんですね」
紅茶の波紋を眺めていたリーサが突然そう言った。
「どうして知ってるんだ? まだ言ってなかったと思うけど」
「ムントさんに聞きました。世界を回って自分探しをするんですよね」
お別れを言うと急に寂しくなっちゃうから、別れの挨拶はできるだけ先延ばしにしていた。
でも、こうして誰かの口から伝わるなら、自分自身で伝えておけばよかったなとちょっとだけ後悔した。
「そうなんだ。俺が記憶の一部をなくしてるって話は前にもしたよな。故郷に帰りたいけど、それがどこにあるかも、帰り方もわからない。だからそれを探しに行きたいんだ」
「もうこの街には戻って来ないんですか?」
「もし故郷に帰れたら、そうなるかな……」
俺の故郷はこことは違う世界だから……
「だったら、アキラさんのこと、応援したらいいのか、しない方がいいのか、迷っちゃいますね」
リーサは少し困ったような笑顔をこちらに向けた。
「リーサ……」
「アキラさん、一緒に連れて行ってください」
リーサの突然の申し出に俺の思考は完全に固まってしまった。
「い、いや、ちょっと待て。突然そんなこと言われても、心の準備ができてないっていうか、まだリーサのお父さんにも挨拶したことないのに——って、いやいや、そんなことじゃなくて、そう言ってくれるのはすごく嬉しいけど、どう答えたらいいか困っちゃうっていうか——」
しどろもどろになる俺の手をとって、リーサが潤んだ瞳をこちらに向ける。
「リ、リーサ……」
「一緒に連れて行ってください、うちの子たちも。きっとアキラさんの冒険の役に立つと思いますから、たくさん連れて行ってください」
「は、はい……」
あ、そっちね。
こうして俺はリーサに勧められるままに、たくさんの旅の道連れを購入し、数少ない客の一人としてヒヨコ屋の売り上げに貢献したのだった。
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