016.任務達成をあなたへ②
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
「す、すみません。つい夢中になってしまいました」
「いえいえ、お楽しみいただけたのであれば、ネイブル男爵も喜ばれるでしょう。ああ、申し遅れましたね。私はフレイミア冒険者組合サンドロ支部で支部長代理をしておりますオーニオと申します」
あれ、支部長代理? 確か支部長から話があるって聞いてたんだけど。
「連絡に齟齬があったようで申し訳ありません。支部長は先週からしばらく不在にしておりますので、当面の間、私が代理を務めているのですよ」
まあ、支部長だろうが支部長代理だろうが、どちらもお偉いさんには変わりないし、どちらが相手でも早く話を終わらせて帰りたいってことにも変わりはないんだけどな。
「それで、御用件というのは何でしょう?」
俺とガイルの二人が呼ばれている時点で先日の討伐依頼の件だろうことは十中八九間違いないのだが、一応様式美としてそう尋ねてみる。
「お察しのとおり、先日のデモンファットテール討伐依頼の件ですよ。できるだけ早く終わらせますから申し訳ありませんが少しだけお付き合いください」
さっきからこの人、俺の心の中でも読めてるのかね?
「いえいえ、心が読めるわけではないのですよ。よく言われるんですがね」
いやいや読めてるじゃん、絶対!
かくなる上は心を無にして臨むしかない。
「アキラさん、心を無にしても無駄ですよ。私に心は読めませんから」
やだ。なに、この人。怖いんだけど。
「おっと、早速話が脱線してしまいましたね」
そう言って紅茶を啜ったオーニオ支部長代理は柔和な笑顔で話しを切り出した。
「アキラさん、ガイルさん、まずは依頼の達成、おめでとうございます。当初の想定を超える危険な任務となってしまいましたが、最小限の被害、最短の期間、最大の成果でもって達成されたことについては、組合としても誇らしく思いますし、依頼主であられるサンドロ伯爵閣下も大変お喜びとのことでしたよ」
「ありがとうございます」
この依頼って伯爵からだったんだな。
自領にとっての脅威の種は冒険者に排除させて、実際の脅威となった場合には衛兵隊や軍で対応させる、みたいな役割分担なんだろうか。
「さて、アキラさんとガイルさんは冒険者ですし、ここは冒険者組合です。長話も何ですから早速報酬の話に移りましょうか」
オーニオ支部長代理の合図で、美人秘書さんがテーブルの上に麻袋を置いた。ゴトリと音を立てるその重量感、これはなかなか期待できそうだ。
「ガイルさん、依頼を受託された際の条件と報酬を覚えていらっしゃいますか?」
「ああ——いや、はい。デモンファットテール討伐一匹につき金貨三枚。素材を権利ごと組合に引き渡せば追加で金貨二枚の完全成功報酬制だ……でした」
「結構です。よく覚えていらっしゃいましたね。では、報酬算定の基礎となる討伐個体数は把握していらっしゃいますでしょうか?」
「い、いえ……」
いちいち数を数えてられるよう状況じゃなかったしな。そんな暢気なことをやってたらバラバラにされていたのはこっちの方だ。
「そうですね。仰るとおり、数など数える余裕もないほど奮闘されたからこそ、相手をバラバラにすることができたのでです」
いや、仰ってませんけど!? いい加減心を読むのはやめてください。
「そう、デモンファットテールはバラバラだったのですよ。素材としての利用価値を見出すのが難しいほどに。さて、困りましたね。これでは報酬額を積算するのはなかなか難しいですね」
「え! それって……」
数もわからないし、素材もないんだから報酬は出せねえって、そんな汚い話じゃないだろうな。
「いやいや、申し訳ありません。お伝えの仕方が良くなかったですね。よく言われるんですよ、意地が悪いと。私がお伝えしたかったのは、お二人が数を把握されておらず、持ち帰った素材もないのであれば、報酬額の積算については組合のやり方でご納得いただくしかないということだけなのです。もちろん組合は冒険者による冒険者のための組織ですので、お二人の不利益になるようなことは致しません。よろしいですか?」
俺は隣に座るガイルに顔を向けた。依頼を最初に受けたのはガイルなので、彼の意思が尊重されるべきだ。
「俺は――いや、私はそれでいいです」
「彼が了承するのであれば、私も従います」
「ご信頼に感謝いたします。では早速説明させていただきます。まず、組合の調査によりますと、今回討伐されたデモンファットテールの数は五十八でした。実際に戦ったアキラさんの感覚と照らしてこの数はいかがでしょうか?」
「妥当なところだと思います」
最初に相対したときに五十は下らないと感じたから、だいたいそれぐらいだろう。
「報酬は一体につき金貨三枚でしたから合計で金貨百七十四枚となります。通常、ここから税金を差し引くことになるのですが、今回は素晴らしい成果を出されたお二人への感謝の印としてサンドロ伯爵から税額分と同額の追加報酬を賜っていますので、額面どおりお受け取りいただけます」
「ひゃ、ひゃくななじゅう……」
隣ではガイルが口をあんぐりと開けて驚いている。まあ、中学生ぐらいの子どもがポンと手にできるような額じゃないから当然と言えば当然か。
「素材に関しては、残念ながら組合での買い取りは不可能かと考えていたところでしたが、幸い買い手を見つけることができましたので、お約束どおり一体につき金貨二枚で組合が買い取らせていただきます。ですので、素材分として金貨百十六枚。こちらについても税を差し引かせていただくところですが、伯爵閣下に倣って税額分は組合にて負担いたします。通常このような取り扱いをすることはないのですが、これは組合としての誠意だとお考えいただけると幸いです」
「ありがとうございます。それで、あのバラバラの素材の買い手っていうのもやはり伯爵様なのでしょうか?」
「いえ、素材の買い取りについては、ネイブル男爵からお申し出いただきました」
まじか! 俺、あんたのこと誤解してたみたいだよ。ありがとう、男爵!
「なんでも、デモンファットテールの外皮を材料に、アキラさんを模したオブジェを作られるのだとか」
チクショウ! 前言撤回だ! 完成する前に早くこの街を出なければ!
「以上、報酬は締めて金貨二百九十枚となります。ご了承いただけますでしょうか?」
「もちろんです」
あまりの大金にガイルは隣でアウアウ言うばかりだったので、代わりに俺が答えておいた。これだけもらえるんならガイルも納得するだろう。
「では、こちらの完了報告書と報酬受領書にサインをお願いします」
引き続きアウアウしているガイルに代わって書類に羽根ペンを走らせながら、俺は気になっていたことを尋ねてみることにした。
「あの、一つお聞きしたいのですが――」
「アキラさんの仰りたいことはわかります。報酬の話だけならわざわざ支部長代理が出てくる必要などなく、窓口で手続きを済ませば良い話です。アキラさんは私が今ここにいる理由をお知りになりたいのでしょう?」
いや、そうなんだけど、なんかこの人、とうとう俺が心に思う前に先読みまで始めちゃったよ……
「実は、伯爵閣下は今回の件を重要危機管理案件に指定されました」
「重要危機管理案件?」
「ええ、そうです。お二人もご存じのとおり、デモンファットテールは通常群れを作る魔物ではありません。それが今回は五十を超える巨大な群れを形成していました。本来であれば、今回の件は軍による討伐隊を編成して事にあたるべきほどのものだったのです。それに加え、最近では巨大種の出現も頻発しています。伯爵閣下は、南方の魔物の活性化が原因だとお考えのようで、百五十年前のスタンピードが再び起こるのではないかと懸念されております」
南方? スタンピード?
「南方には人が立ち入ることができない領域があるのですよ。かつて、そこから大量の魔物がなだれ込んでくるスタンピードが起こったことがあるのです。ここサンドロは、スタンピードに対する最初の砦なのですよ」
なんか、だんだんこの人の心を読む能力が便利に感じてきたな。
まあ、それはさておき、あまり穏やかな話ではなさそうだな。
「さて、アキラさん。ここまで話せば私がここにいる理由はお分かりですね?」
今度は俺がそっちの考えを読めってか。まあ、考えるまでもなく簡単な話ではあるが。
「私に、協力をしろということですか?」
オーニオ支部長は相変わらずの笑顔で頷いた。
「先ほども申し上げたとおり、今回の件は結果として軍において処理すべき案件でした。それをアキラさんはほぼ独力で解決してしまったのです。そのような一騎当千の冒険者を南方からの守りに加えたい、というのが伯爵閣下のお考えです。そして、それはここサンドロにある冒険者組合としての考えでもありました」
「し、しかし……」
「ええ、わかっております」
あ、やっぱり分かってるんだね。やっぱり便利。
「アキラさんは旅に出られるのでしょう? 冒険者は自らの自由意志にのみ束縛される——これが冒険者組合の基本にして最も重要な理念です。ですから、この話はお伝えこそしましたが、アキラさんの行動を縛るものではありません」
「そうですか。ありがとうございます」
オーニオ支部長代理が話のわかる人でよかった。
この街には世話になった人がたくさんいるし、まだここに来て一か月足らずだとはいえ、異世界生活最初の街としてそれなりに愛着も覚えている。
俺なんかにでもできることがあるのなら役に立ちたい気持ちはあるのだが、それでも俺は旅に出たい。元の世界に戻りたいのだ。
「私からお伝えすべきことは以上ですが、アキラさんとガイルさんから何かありますでしょうか?」
「いえ、特には——あ、もしよろしければ、報酬を半分ずつ二つの袋に分けていただけませんでしょうか? 後ほど自分たちで分けてもいいのですが、なにぶんこれだけの額ですし、外で広げるには物騒かと思いまして」
「もちろん結構ですよ。最初からこちらで分けておくべきだったのでしょうが、お二人それぞれの取り分がわからなかったものでして」
「いや、そのことなんだけどよ、アキラ」
俺とオーニオ支部長代理のやり取りに、ガイルが躊躇いがちに割り込んできた。
「確かに最初は半々とは言ったけどよ、さすがにそれは悪いと言うか、気が引けると言うか……俺、何もやってねえからさ……」
「直接戦闘は俺で、ガイルがサポート、そういう話だったろ? ガイルの魔法がなけりゃ、オレン男爵のとこの二人だって助けられなかったし、サソリどもと戦うスタートラインにも立てなかった。何もやってないどころか、しっかり役割は果たしてるさ」
「で、でもよ……」
「それに貢献度による利益配分の取り決めなんかしてなかっただろ? だったら最初の約束どおり半分ずつだ。ですよね、オーニオ支部長代理?」
オーニオ支部長が笑顔で同意を示す。
それを見たガイルは観念したかのように、秘書さんが分けてくれた麻袋の一つへと手を伸ばした。
自分の活躍に対してこれだけの報酬は見合わないと彼が言ったのはもちろん本音だっただろうが、それでもやはりその顔には喜色が浮かんでいた。
そりゃあ、嬉しいよな。俺だって嬉しいもん。
「ただな、ガイル。一つだけ条件があるんだ」
「条件?」
金貨に伸ばした手を止めて、ガイルがこちらに顔を向ける。
俺はガイルの代わりに麻袋を取り、それをガイルの手の上に乗せてやった。
「その金は一旦全部母ちゃんに預けて、使い道は父ちゃんと母ちゃんと相談して決めること。いいな?」
ガイルには悪い気もするが、これは彼がこの金を手にする上での絶対条件だ。
身に余る金は身を滅ぼす。そして、これは俺自身への戒めでもある。俺だってこんな額の手にするのは初めてなんだ。
ま、俺なんかが心配しなくてもムント一家のことだ、特にコルテさんがしっかりやってくれるだろう。
こうして俺たちは、めでたく初討伐依頼を完遂し、これまで目にしたことのないような報酬を手に、組合を後にしたのだった。
クライ編との進度調整のため明日の更新はお休みします。
次回は日曜日午後に更新予定です。
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同タイトル【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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