015.任務達成をあなたへ①
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
https://ncode.syosetu.com/n2899ja/
※こちらは【アキラ編】です。
「ああ、よかった! 二人とも無事だったんだな。俺、意識を失っちまってたみたいだから、正直今どういう状況なのかまったくわからねえんだよ」
「よかった、はこっちの台詞だよ。全然目を覚まさねえから心配したんだぜ。いろいろ話をしてやりてえとこなんだけど、おっさんが話があるらしいからまずはそっちを聞いてやってくれよ」
ガイルに水を向けられたオレンが一歩前に出る。その姿は昨日の甲冑姿とは打って変わって、黒のスーツと赤白ストライプのネクタイ、胸元には勲章らしきバッジが光っていて、まさに正装といった装いだ。
そんな彼が姿勢を正し、きれいに腰を折って頭を下げた。現代日本でも稀に見るほどの見事なお辞儀だ。
「アキラ殿。此度の貴殿の助力、このオレン、心より感謝申し上げる。貴殿の獅子奮迅たる活躍は我がネイブル家で末代まで語り継ぐ所存だ。そしてアキラ殿の雄姿を称えるため、我が庭園の噴水の中心に銅像を建立し、穴という穴から水を——」
「ちょっと待って! 趣味悪い! ってか、オレンさんって金持ちだったの?」
「何言ってやがるんだ。こちらの方はオレン=ネイブル男爵、サンドロ衛兵隊南正門部隊長様だぞ。お前も『おっさん』なんて呼んでんじゃねえ!」
ゴツンという鈍い音とともにガイルの頭にムントの拳骨が落ちる。
「いってぇ!」
涙目で頭を押さえるガイル。見ているこっちまで痛くなる。
ムントの拳骨は痛いんだよなあ……ってか、この人、貴族だったのか……
「あの、オレンさん? オレン様? これ以上の礼は結構です。成り行きで手を出しただけですし、全員が助かったのもたまたまですから。もちろん、銅像については断固としてお断りします。ただ、呼び捨てで呼んだり、無礼な物言いをしたことを大目にみてくれれば、なんて……」
「同じ部隊の者ならまだしも、戦場での呼称や物言いにとやかく言うつもりなぞない。ましてや貴殿は恩人なのだからな。それにしても、銅像が駄目となるとどうしたものか……絵画、いや壁画だ! 道行く者の目に留まるよう我が庭園の外壁に全身を真っ青に染めたアキラ殿の雄姿を描かせよう。アキラ殿の真っ青なドヤ顔は人々のハートを射貫くこと請け合いだ!」
あんた……本当は呼び捨てで呼んだこととか根に持ってるよね?
「とにかくこれ以上何も要りませんって! そんなことよりお仲間の様子を見てきてあげてください」
これ以上話していると終いには記念館が建ちかねん。せっかく礼を言ってくれているところ悪いが、厄介払いをさせてもらおう。
「そんじゃ、ガイル。昨日のこと、教えてくれよ」
「別にいいけどよお、大した話じゃねえんだぜ。サソリどもは全滅して、アキラが気を失って、あのおっさん——」
ゴツン! ここでもう一度ムントの拳骨が落ちる。
「——オレン男爵の部下の人たちが助けに来てくれたんだよ。衛兵隊として現地調査をやってたときにたまたま襲われたんだとよ。そんだけ」
「ふーん、そっか。衛兵隊が助けに来てくれたんだ——って、もしかして、あのサソリたちって俺が全部やったのか?」
「なんだ? そっから覚えてねえのか」
「その話なんだけどよ」
ここでムントが会話に割って入ってきた。
「昨日のうちに俺も現場を見てきたんだけどよ、ありゃひでえもんだった」
「ほんとそれ。父ちゃん以上にメチャクチャなのは初めて見たぜ。途中からはサソリの方が気の毒だったもんよ」
そ、そんなにメチャクチャだった? 途中までは覚えてるんだけどな。
「魔法も使わず剣だけであの数のデモンファットテールを、それも一人で殲滅するなんて尋常じゃねえ。アキラ、お前いったい何者なんだ?」
「いやあ、それが俺にもよくわからないんですよね……」
むしろ俺が知りたい。誰か俺に教えてくれ。
ムントとしばらくの間視線を合わす。観察するようなムントの目が真っ直ぐと俺のことを見ていた。
しかし、俺の言葉を信じてくれたのか、ムントが先に視線を外すとため息を一つ入れた。
「まあ、いい。それよりも、俺からも詫びを一つ入れさせてくれ。今回の件の責任の半分は俺にある」
「どういうことですか?」
「ガイルに討伐依頼を受ける許可を出したのは俺だし、お前を巻き込んじまった。お前ら二人ならデモンファットテール十匹程度の群なら何とかなるだろうと思ってたんだ。実際、それは間違いないだろう。だが、五十匹以上となると話は別だ。ただでさえ群れないデモンファットテールがそんだけの群れを作ってるなんて正直思わなかったよ。そこのところは俺の見通しの甘さだった。すまなかった」
そう言って頭を下げるムント。しかし、すぐに頭を上げるとそこからはお説教だった。
「だがな、そこから先はガイルとアキラ、お前ら二人の責任だ。いいか、冒険者ってのはな、己の力量と相手の力量をしっかり見極めてから仕事をするもんだ。ネイブル男爵には悪いが、俺はあそこの二人を見捨ててでも逃げるってのが最善だったと思っているし、実際に俺ならそうしただろう。さっきアキラ自身で言ってたがな、今回は『たまたま』上手くいっただけだ」
ムントはそこで一旦言葉を区切ると、俺とガイルの顔を交互にに見た。
「いいか、今回のことを成功体験だなんて思うんじゃねえぞ。大事な家族や仲間を失いたくなかったらな。いいな?」
「はい」
「はい」
俺とガイルは互いに顔を見合わせてから、それぞれにムントの言葉を心に刻んだ。
とてもいい説教だった。簡潔で、筋が通っていた。なおかつ、気持ちがこもっていた。説教をされてこんなに清々しい気持ちになったのは初めてかもしれない。
「よし! じゃあ、小言はこれで終わりだ。アキラ、退院したら明日にでもうちに顔を出せ。トルテもずいぶん心配してたんだ。安心させてやってくれ」
「はい。あ、でも、いいんですか? せっかくガイルがお兄ちゃんになるチャンスだったのに」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえ!」
火魔法火爆で加速した鉄拳が俺の脳天に叩きつけられた。
俺が覚えているのはここまで。再び意識を失った俺が退院できたのは、翌日の夜になってのことだった。
⚫︎
退院の翌日、俺とガイルは冒険者組合サンドロ支部に呼ばれていた。
最初は入院費の支払いかなと思っていたが、そうではなく、どうやら支部長が話があるとのことらしかった。
「はあー、お偉いさんに会うのはめんどくせえなあ」
ガイルが深い溜め息とともにぼやく。
「貴族相手におっさん呼ばわりできるんだから、ガイルなら大丈夫なんじゃないか?」
「何言ってんだよ。俺、あの後もこっ酷く父ちゃんに叱られたんだぜ。今日もお偉いさんに変なこと言っちまったらまた拳骨だよ。だから気が重てえんだよ」
「お前の父ちゃんの拳骨、痛えもんな」
雑談を交わしながら応接室で待っていると、小柄で眼鏡のいかにも人の良さそうなおじさんが秘書らしき女性とともに部屋に入ってきた。
この人が支部長か。
「いやいや、お待たせしてしまってすみませんね」
「アキラと申します」
「ガイルです」
支部長と思しきおじさんの入室とともに俺たちは起立して名乗った後に頭を下げる。リハーサルどおりバッチリだ。
「いやいや、そう畏まらず。どうぞおかけください」
支部長に促されるまま、ソファに腰をかけると、俺たちの前に紅茶と茶菓子が置かれた。茶菓子にはクッキー。
この世界ではクッキーは高級品なのだ。まさか茶菓子を、それもクッキーを出してもらえるとはなかなかの好待遇だ。
「ネイブル男爵からの頂き物です。どうぞお召し上がりください」
俺もガイルも食い入るようにクッキーを見ていたせいか支部長がニコニコ笑いながらクッキーを勧めてくれた。
それを聞いたガイルがぱあっと顔を明るくして早速クッキーを齧り出してしまった。この辺りはまだまだ子どもだなと思ってしまう。
一方の俺はクッキーに手を伸ばしたい気持ちをぐっと堪えて「ありがとうございます」と礼だけ言う。まだ本題に入らないうちから茶菓子に手を伸ばすなど、子どもだからこそ許されても、大の大人はそういうわけにはいかない。
しかし、それにしても羨ましい。俺も食いたい。この国にも甘味は色々とあるがどれもお高めなので、贅沢は敵だとずっと我慢してきたのだ。
「どうぞどうぞ、アキラさんも遠慮なさらず」
「で、では、失礼して……」
必死で体裁を取り繕おうとする努力も空しく、支部長の勧めであっさりと欲望に負けた俺は「一つだけ」と自分に言い訳をしながらクッキーに手を伸ばした。
「う、うまい……」
蜂蜜がたっぷりと使われている本物の高級品じゃないか。さすがは貴族といったところか。
オレンのおっさんが冒険者組合に礼として贈った物なんだろうが、こういうまともな礼ができるんだったら邪険にしたりしないんだけどな。
蜂蜜クッキーと香りのよい紅茶のマリアージュを楽しんで一息つく。そんな穏やかな昼下がり——っていかん、いかん。喫茶店に来てるわけじゃないんだった。
しばらくは毎日投稿予定です。
是非ともブックマークをお願いします。
ベージ下部から評価もしていただけると作者が喜びます。
同タイトル【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
https://ncode.syosetu.com/n2899ja/
よろしければそちらもお楽しみください。




