014.討伐依頼をあなたへ②
手のひらの上で踊ろう!【クライ編】と合わせて二軸同時進行中です。
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※こちらは【アキラ編】です。
「先客がいるみたいだな。どうする、アキラ?」
「横取りするわけにはいかねえけど、とりあえず近くまでいって様子を見てみよう。もし苦戦したら助太刀が必要かもしれねえし」
苦戦していないならそれはそれでよし。ムント一家以外の冒険者の実際の戦闘を見たことがないので、ちょっと見学して勉強させてもらうのもいいだろう。
しかし、荷車を置いて駆けつけた先で広がる光景に、俺の安易な考えは真っ黒に塗り潰された。
怖い。
それが真っ先に浮かんだ感情だ。もしかしたら、ナルを襲っていたあの巨大なサソリを目にしたときよりも強くそう思ったかもしれない。
目の前には無数のサソリ。軽く五十は超えている。その無数の複眼が獲物を見定めるようにギラギラと輝いている。何か一つ切っ掛けがあれば、一気になだれ込んでくる、まさに一触即発の様相だ。
「あちゃあ、これは結構まずそうだな」
そう言ってガイルが向けた視線の先には、倒れ伏して動かない冒険者らしき人物が二人。
「し、死んでないよな……?」
「死んではおらんはずだ」
うわっ! と大声を出して驚きたいところをなんとか飲み込んで、背後からの声に視線を向けると、赤髪口髭の立派な甲冑に身を包んだおっさんが倒れ込んでいた。
「君たちも依頼を受けた冒険者だろう? もし叶うのであれば、なんとかあの二人を助けてもらえないだろうか?」
「助けるって言っても……なあ、アキラ?」
甲冑のおっさんの懇願に、ガイルが戸惑いを見せている。それもそうだろう。あの二人を助けられるかどうかというよりも、俺たちが助かるかどうか、そんな状況なのだ。
しかし、それでもなんとか助けてやることはできないか、そう思っているからこそのガイルの戸惑いだ。
「頼む……仲間なんだ……」
甲冑のおっさんは倒れ伏したまま頭を砂に擦りつける。
チクショウ、こっちだって死にたくないんだよ……
「あなた、名前は?」
「……オレンだ」
「オレンさん、立てますか? 立って走れますか?」
今すぐにでも逃げ出したい。だから今すぐ逃げる。
そのついでにあそこの二人は拾っていく。
だが、おっさん、あんたはダメだ。
俺の腕は二本しかないからな。仲間を想うのなら、自分の足で走ってもらわなければ困る。
「走る。走るとも。足がちぎれようともな……」
俺の意図を感じ取ったオレンがそう決意を口にすると同時に俺は二人に指示を出す。
「ガイル。砂に足をとられて全力で走れない。水魔法で足場を固めてくれ。俺が走り出したら、オレンの甲冑を外して荷車まで全力でダッシュだ。二人を回収したら俺が荷車を曳いて逃げ切る。ガイルの水魔法が行動開始の合図だ」
俺の捲し立てるような指示にガイルが頷いたのを確認して、俺は指でカウントをとる。
三、二、一——
「水魔法雨!」
ガイルが叫ぶと同時に辺り一帯を豪雨が襲った。
突然の激しい雨に打たれたサソリの集団が一瞬の戸惑いを見せる。
足場の改善だけでなく、隙まで作ってくれるとは、グッジョブだぜ、ガイル!
このチャンスを逃せばあの二人の命はない。そしてあそこに飛び込んで行く俺の命も。
俺は雨で程よく固められた砂を思いっ切り蹴ると、一人目に向けて一直線に走る。
サソリのうち数体がこちらの動きに気付いたようだが、もう遅い。一人目を左腕で抱え上げ、次は二人目だ。
サソリの隊列の目と鼻の先を真っ直ぐに横切って、二人目の元にあと少しでたどり着く——その直前、黒光りする鋏が横たわる冒険者を掴み上げた。
「まずい!」
慌ててグレートソードを引き抜き、そのまま一閃。
サソリの鋏が大きく跳ね飛び、ピクリとも動かない冒険者が宙を舞う。このまま地面に叩きつけられればもちろんアウトだ。
俺はその場で思いっ切りジャンプをして、彼か彼女かだかを空中でキャッチ。
彼女だった。
いや、今はそんなことよりも––––着地の反動を利用してすぐさまトップギアで駆け出す。降り頻る雨の中を荷車に向けてひたすらに走る、走る、走る。
前方には、ハルバードを杖代わりによろよろと、だが、必死で走るオレンと、そんな彼を気遣いながら並走するガイル。
しかし、このペースだと追いつかれそうだ。まずは救出した二人を荷車へ、それから戻って二人を回収するしかねえ。
「ダメだ、アキラ! おっさんがもう動けねえ!」
「わかった! とりあえずガイルは先に乗ってろ! 俺がそっちに行く!」
救出した二人を荷車に放り込む。申し訳ないが、今は丁寧に扱ってやる余裕がない。
それから急いでオレンを回収すべく踵を返そうとしたところで––––
「来んでよい! ここは儂が食い止める!」
ハルバードを手に立ち上がったオレンから怒号が飛んだ。
そして彼はこちらを振り返ると、心底満足したような顔をして笑った。
「恩に着る、黒髪」
追走してくるサソリの足音が轟々とすぐそこまで迫っていた。
馬鹿野郎が!
俺は漫画もたくさん読んできたし、映画だってたくさん観てきたから知ってるんだ。
それは完全に死亡フラグだろうが!
俺は平和な日本でぬくぬくと育ってきたんだ。目の前で人が殺されるのなんて見たくねえんだよ!
そこからはもう無我夢中だった。
まずは手始めに、オレンの眼前に迫る尾針を斬り飛ばす。その後はただがむしゃらに剣を振り回す。せっかくムントに剣を教えてもらったのにまるでそれを活かせていない。
ただひたすらに斬る。斬って、斬って、斬りまくる。
サソリたちの頭が砕け、胴が裂ける。尾針が飛び、鋏が宙を舞う。
剣を弾き飛ばされれば、ジャイアントスイングの要領でサソリの尻尾を掴んで振り回し、辺りのサソリたちを薙ぎ払う。
そして剣を拾えば、また斬る、斬る、斬る。
「あれ?」
振り回していた剣が空振りに終わり、気付けば目の前が真っ青に染まっていた。
「…………お、恩に着る、黒髪……」
完全にフリーズしていたオレンが絞り出したその言葉に、ようやく終わりを悟った俺は、緊張の糸が切れてしまい、文字通り糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちたのだった。
⚫︎
目を覚ました俺が最初に目にしたのは、薄暗い部屋の板張りの天井だった。
「ここは……?」
俺は軋む体を起こしながら辺りを見回す。
どうやらベッドの上に寝かされていたようで、隣では俺たちが救出した冒険者であろう二人が静かに寝息を立てていた。
「生きてたんだな。良かった……」
冒険者の二人、そして俺自身に対する率直な感想を漏らしたところで、部屋の扉が開かれた。
「目を覚ましたんですね。良かった」
白衣を着た若い男が安堵して笑う。
「あ、あの、ここは?」
「組合の医務室ですよ。目立った外傷もないのに丸一日も目を覚まさなかったので心配していたところだったんです」
組合の医務室か。誰かが助けに来てくれたってことなんだろうな。後でお礼を言わなきゃ。
「そこの二人は大丈夫なんでしょうか?」
「ええ。かなりの重傷でしたが、一命を取り留めて容態も安定しています。今は眠っていますが、意識も戻っていますし、問題はないでしょう」
「そうですか、それは良かった」
最後はかなり乱暴に扱っちゃったからな。あれがとどめになっていたら目も当てられん。
「どこか痛むところはありませんか?」
「うーん、痛むと言えば全身ですかね。激しい筋肉痛みたいな感じです」
「そうですか。では、それを含めてアキラさんにはいくつか検査を受けていただきましょう。異常がなければ今日の夜には退院していただいて結構ですよ」
丸一日意識を失っていた患者を目覚めた当日に退院させるなんてのはやや不用心な気もするが、ここは組合の医務室らしいし、怪我人なんかもひっきりなしに運ばれてくるだろうから、この対応がここの常識なのだろう。
むしろ手厚すぎる医療の提供を普通だと考える俺の感覚の方がおかしいのかもしれないな。
そんなことを考えているところに、病室のドアが再び開かれ、むさ苦しい男たちがぞろぞろと入って来た。
わざわざ見舞いに来てくれたのはガイルにムント、それからオレンだった。
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