第2話 官位が上がりました
「私、必ず正しい判決を下します!」
公子は決意を新たにした。
初めての出廷、知らないことばかりが脳を駆け巡る一日だった。
「今日は、お疲れでしょう。明日は法廷は行われません。今はお休みください」
フェグが公子に優しく語り掛ける。
「ありがとう、今日はもう部屋に戻るね。」
公子は2人に見送られ、自室へと戻った。
部屋を見渡す。ちょうどいい落ち着く広さだ。
「私の部屋の広さで把握してるのかな……」
部屋に置かれている調度品はとても立派なものばかりだが、地球にいたころの部屋とほとんど同じ配置で部屋が作られていた。
公子は、机の椅子に腰をかけ一冊の本を手に取る。
「これ……私の日記……こんなものまで再現されてるなんて信じられない……」
恥ずかしいような可笑しいような、なぜかはわからないが心の中がスッとした気がした。
小さいころから続けていた日記帳。最近は、傍聴の記録帳のようになっていた。
「……今日の気持ち、わすれたくないな」
公子は初めての裁判での出来事を日記に記す。
ウサギが朝起こしに来たこと、幻想的な法廷に感動したこと、きれいな女性の変な敬語にミスマッチさが可笑しかったこと、そして、憧れの人がこれから転生するということ。
「何があったのかな……私がカメヤマダさんに返せることは……」
公子は、く゚っと姿勢を正す。そして伝記と惑星図鑑を手に取る。
図鑑には知らない星々がたくさん載っていた。
緑が豊かな星から疑わしいほど科学の進歩している星。
「地球での常識は通用しないよね……」
公子は、意識が遠のくまで転生裁判についての勉強を続けた。
「キミコ様」
フェグが部屋を訪ねてきた。
しかし名前を呼ぶ声も扉を叩く音も、公子にはもう聞こえていなかった。
「……入りますよ」
フェグは部屋に入ると、机に突っ伏して寝る公子の姿を見て深いため息をついた。
「まったく」
そしてまた、朝が来た。
「キミコ様!朝でございましてよ!」
リンの声が部屋中に響き渡る。
その声に思わず、公子はベットから勢いよく身を起こした。
「お、おはようリンさん」
「おはようございまし、キミコ様!」
リンは満面の笑顔を公子に向けて挨拶を返した。
「あれ?もしかしてリンさんが私をベットに運んでくれたんですか?」
公子には、机の上で寝てしまっていたはずでちゃんとベットに入った記憶はなかった。
「いいえ?それよりも朝飯はできていましてよ」
リンは不思議そうな顔をして部屋を出ていった。
「うーん、まあいっか!」
公子は、昨日は疲れていて気付かないうちにベットに入っていたということにし支度を進めた。
支度を終えリビングに向かうといい匂いが漂ってきた。
「おはよう!フェグ!」
「おはようございます、キミコ様。今日は外を案内いたしますので早めに食事を済ませてください」
テーブルにはパンとスープがキレイに並べられていた。
「おいしそう!いただきます!」
3人での朝のひと時が穏やかに過ぎていく。
外から差し込む光は、地球のモノよりも暖かく感じられた。
「そういえばさっき外を案内するっていってくれたけど……」
「えぇ、その予定ですがなにかありましたか?」
「ううん!ここがどんなところか知りたいしよろしくね!」
フェグは少し微笑み、急ぎ足で片付け朝食の後片付けを始める。
「ねぇ、リンさん外ってどんなところ?」
「この星すごいです!なんでもありまします!」
「そっかー楽しみだなー!」
「さあ、行きますよ」
フェグは法廷へと繋がっているはずの扉に手をかける。
「え、そこって……」
「どうぞ」
公子は足早に扉の向こうへと駆け出す。
そこには目を背けられなくなるほど美しい街並みが広がっていた。
緑は青々とたくましく、白いレンガで作られた建物は歴史の深さを感じさせる。
「素敵な街……」
「気に入っていただけましたか?」
「うん!とっても綺麗!」
テレビで見た海外の綺麗な街並みのような雰囲気ではあったが、決定的に違うことが一つだけあった。
「いろんな種族の方が住んでいるんだね」
兎人族や竜人族だけではない。
鳥がいたり、石で体ができていたり、妖精がいたり、様々な種族がそこで生活していた。
「この星は特別ですので、すべての惑星の出身の者たちが暮らしていますよ」
「あちこち回ってきていい?!」
公子は、フェグの説明を食い気味に断ち切る。
フェグはため息交じりに続けた。
「かまいませんよ、ただしメインストリートだけですよ」
公子は、駆け出した。足取りが軽い。昨日は気付かなかったけれど生きていたころよりも身体能力が高いことに気が付いた。
「こんにちは!」
「どうも!」
「通ります!」
公子は、気持ちの高揚が抑えきれずにメインストリートを駆け抜ける。
転生のこと、裁判のこと、すべてを忘れてしまいそうなほど気持ちがよかった。
「キミコ様-!お待ちくださいまし!」
リンが走って追いかけてきた。
美しい容姿のリンはこの街にとてもよく似合っていた。
「ごめんね、テンション上がっちゃって……」
「いえ!いい街でございますからに!」
「ここからは僕についてきてもらいますからね」
リンの背中から声がした。どうやらフェグはリンにしがみついていたようだ。
「明日の法廷のために、会っていただきたい方がいるんです。今回の裁判が終われば数日の休みがありますので観光はその時にお願いします」
「わかったよ、ごめんね」
そういうとフェグを先頭に街を進む。
花屋、パン屋、雑貨屋……なんでも揃っている。
気になるところはあるがそれらをすべて通り抜け、あるお店の前で立ち止まった。
「つきました。入りましょう」
「ここは……カフェ?」
蔦の這うレンガの外壁、花咲くオープンテラスはティータイムに持ってこいといったところだ。
コーヒーのいい香りが漂ってくる。
公子はフェグの後に続き店内へ入っていった。
「いらっしゃ……なんだフェグじゃない」
「こんにちは」
落ち着いた雰囲気の店内には、花とコーヒー豆、それから甘いお菓子の匂いが立ち込めている。
「以前お話した、新しい裁判官のキミコ様です。キミコ様、こちらは"元"裁判官の……」
「フミノよ、よろしくね」
フミノはそういって微笑みかける。栗色のウェーブヘアーに真っ白い肌がよく映える女性だ。
「公子といいます!公園の公に子どもの子で公子です!」
「ふふっ、丁寧にどうも、文章の文にこういう形の乃で文乃よ」
文乃は空に文字を書き、公子に教えてくれた。
「あの……元裁判官っていうのは……」
「そのままの意味よ、私は裁判官をクビになってしまったのよ」
文乃は愁いを帯びた表情で続けた。
「裁判に大切なのは公平性。私情を持ち込むことはご法度ってわかってはいたのだけれどね」
「それって、もしかして……」
「キミコ様の考えている通りだと思いますよ」
フェグは2人の会話に割って入る。
「フミノは、知り合いの裁判でふさわしくない判決をした。だから免職となったんです」
店内の甘い空気とは裏腹に少しだけ重く苦い空気が流れ始めた。
公子も聞きたいことは、山ほどあったがこの空気では踏み込めずにいた。
「昔のことはもういいじゃない!おいしいケーキのお味が台無しですわ!」
カウンターの端から、小鳥の様なきれいな声が響いた。
「ユンヌちゃん、ごめんね、そうよ!昔のことはもう水に流したの!ケーキでも食べていってよ!」
文乃はカウンターの奥へ入っていった。
その間に公子は、ユンヌと呼ばれた女の子の方に目を向ける。
黄色と白の花の咲いた髪に緑がかった肌の少女と目が合う。
「私は植物族のユンヌと申しますわ、新米裁判官のキミコさん」
ユンヌはいたずらな表情でこう続けた。
「あなたとはまた会えそうね、今日は失礼するわ、ごきげんよう」
そういうとユンヌは文乃に声をかけたあと店を後にした。
「さ!ケーキでも食べてまた明日からがんばりな!」
おいしいケーキとコーヒーに舌鼓を打ち、幸せなひと時を過ごした。
「店が混み始めましたね。お暇しましょうか」
フェグはそういうと席を立った。キミコとリンも続き席を立つ。
「会いに来てくれてありがとね、またいつでもいらっしゃいよ!」
そういったあと文乃は公子にだけ耳打ちをした。
「……ありがとうございます!」
3人は店を後にし、帰路についた。
「キミコ様?フミノ様は最後何をおっしゃられていたですますか?」
「ん?あぁ、いやただわからないこととか知りたいことがあったら何でも聞いてって言ってくれて」
公子は文乃が言ってくれた言葉のおかげで少しだけ心が軽くなっていた。
『裁判のこととか、わからないこといつでも教えてあげるから。私のこともきっと話すから、今は自分の心を信じてね!』
文乃の過去になにがあったかは今はわからないが、短い時間だったが裁判官の先輩としても一人の人間としても頼りにしたいと思える人だった。
「明日の法廷までに転生のこととかできる限り勉強したい!フェグの知っていることでいいの!教えて!」
公子はさらに決意を固めた。そんな公子を光が包む。
[官位が上がりました]