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スクエア  作者: 日浦海里
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四の辺 独奏/Alone 前編

一の辺 目標に出てきた先輩視点の話です

 僕にはあまり父親の記憶がない。


 父親と離れたのは六歳の頃らしいが、元々家に帰る時間は深夜に近いことが多くまともに顔を見たことがなかった。

 数少ない週末の休みは遊んでもらったらしいが、僕の記憶に残っているのは、2つだけだ。

 父の親戚の家に行った記憶と父の会社の旅行に連れていってもらった時に、僕がバスに酔ってしまい、結局旅行にいけなくしてしまったという記憶。


 それでも父と別れる事を母から聞かされた時にはずいぶん悲しんだ記憶があるから、愛され、懐いていたのだろう。


 とにかく、そうして片親となった事で僕の子供時代の大半は親のいない時間がほとんどだった。


 生活上での唯一の救いは、父親が母と僕、そして二つ違いの幼い妹のために家を残してくれたことだった。

 ローンは幾許か残っていたがそれも父がかなりの間は肩代わりをしていたらしい。

 僕が大学に入学し、生活費を少し稼げるようになるまでは。


 小学校では家に帰ると、まずは洗濯を取り込むことが日課だった。

 朝、母が洗濯を干し、昼過ぎに学校から帰ってきた僕が洗濯物を取り込む。

 洗濯物の畳み方は園児の頃には覚えていたが、大人の服の畳み方はこの頃母から教わった。


 手伝うことが助けになって母が喜ぶ姿を見ると、また頑張ろう、と、そう思えた。


 母親と過ごす時間は食事をしてから寝るまでの間。

 それでも一緒の時間があることが僕には嬉しく幸せだった。


 母親は母親なりに生きることに必死だったことは分かる。

 自分が生きるために、僕が生きていくために、昼間は働き夜も僕のために色々な調べ物をしていた。


 その分、僕と触れ合う時間は少なかったが、僕は僕でそういうものだと分かっていたため、特に文句を言うこともなかったらしい。

 もし僕がそのことでヒステリーを起こしていたら、母の未来も、僕の未来も違ったものになっただろうか。


 小学校三年になった頃、担任の先生の方針で毎日日記をつけることになった。

 クラス全員が毎日提出をすること。連続提出日数が一定を超えたらお楽しみ会をしよう。そういう提案だった。

 集団で一つの大きな事に取り組み、達成感を知る。

 当時そこまで理解できていなかったが、幼いなりに責任感を感じていたのは確かだった。


 せっかく日記を書くのだからと母にも必ず見せることにした。

 普段話せる時間が短いことから、日々起こった出来事を出来るだけたくさん「報告」して、と母は常から言っていた。

 だからその日に起こったことを日記に「報告」しておけば、母親もきっと分かりやすいし、母は他に使える時間も増えるだろう、とおよそ子供らしくなく可愛らしくない理由だった。



 日記は意外な効果をもたらした。

 日記を読んだ感想を、母は紙に書いてくれた。

 僕がその日の出来事だけでなく、自分の気持ちを書き記す内に母親の方も自分の気持ちを積極的に書くようになった。


 今まで話をするときは僕が一方的に話すばかりで、母は聞き手に回ることが多くなっていた。

 けれど日記を使って話すことで、お互い自分の時間を使って気持ちを言葉にすることが出来た。


 そうして僕はようやく母の後悔を知ることになった。


 母はよく僕に謝った。


「お母さんのわがままで、寂しい思いをさせてごめんね」


 それに対する僕の回答はいつも変わらなかった。


「お母さんが一緒だから寂しくないよ」


 母が父親と別れた理由は明確にはわからないままだ。


 ただ、僕が知らない場所で喧嘩をしていたりしたんだよ、とだけ言っていた。


 僕にはそれを信じることはできなかったが、母に詰め寄っても仕方がない。


 だから、僕はそれを信じることにした。


 母とは日記を通して、日々の生活の話も色々した。


 母子家庭では子供が義務教育の間は医療費がかからない、とか。電気料金は深夜が安いから電気を使う作業は深夜が良いとか。

 おかげで四年に上がる頃には大人並みの生活の知恵がついていた。


 母親には養育される身だったが、自分がもっとしっかりしなければ、とそれは日々思うことだった。

 妹の世話を含め家の事は自分がやるそういう思いが強かったからかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言]  唯一の男手、だからなのでしょうか。  子どもの身には重い負担も、その心を満たすには足りぬ感情も、おそらくあったのでしょうけど。  それでも母子ともに立ち姿は凛として。  支え合ってももた…
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