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スクエア  作者: 日浦海里
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三の辺 転変/Transform 後編

 その後、バックは無事に見つかりスマートフォンも無事に戻った。


 せめてお礼は言っておきたい。


 それは彼に連絡するための理由探しだったのだろうか。


 電話を受けた彼は、最初ずいぶん困惑してた様子で以前の頼もしい様子との落差が激しく、なんだかおかしくなって笑ってしまった。

 お礼を言うはずだったのに、いきなり笑ってしまうなんて、今思えばなんて失礼なのか。


 彼が言ってくれた言葉は、私がずっと抱えた不安を消し去ってくれるきっかけになって、それも合わせてお礼を言うと


「思い込んでしまったらきっかけがないと変われないよ。

 それは俺も経験がある。だからなんか分かったのかも」


 と、少し照れた様子で答えた。


 あんなに明るそうに見えた彼にも抱えた不安があるのを知ってもっと彼のことが知りたいと、そう思ってしまってた。


「また電話をしてもいいか」


 そう勇気を出して聞いてみると


「電話はお金がかかるから」


 と現実的な回答が。

 代わりにメッセージアプリのアカウントを電話越しに教えてくれた。


 それから週に一度くらいの頻度で彼とは話をするようになった。

 週に一度にしておいたのは「いい子」でいた頃の私の感覚。

 近すぎもせず、遠すぎもせず。

 彼の負担にならない程度で、彼に気にかけてもらえる程度。


 彼とは色んな話が出来た。

 学校のこと。

 家族とのこと。

 自分のことや。

 ……好きな人のこと。


 学校の話が一番多くて、勉強や進路の話だったり、部活についての話だったり。

 そこでよく話題に出るのはある先輩と女の子の話。

 その人たちの話を聞くたび、彼はその女の子が好きなのだと言葉の端々から伝わってくる。

 一度勇気を出して彼に聞いてみると、彼は特に否定もせずに


「好きなことは好きなんだけどね」


 と曖昧な答えが返ってきた。


 どうして彼がそう答えたかは高校に進んだ後、実際彼女に会ってみてなんとなく分かった気がした。


 その子はとても真っ直ぐだった。

 どんなことにも一所懸命。

 素直だけれど素直すぎて、追いかけることに一途過ぎて、周りを見ている余裕がない。

 そんな風に私は感じた。


 そんな彼女だったから、曖昧なことは曖昧なままの周りの雰囲気に馴染みきれずに少し浮いた感じがあった。

 そんな彼女の事を放っておけず、気付けば私は彼女と周りの隙間を埋めるようになっていた。


 私が「いい子」でいた癖なのか。

 彼が好きな人だったからか。

 誰かにそれを問われたとしても私自身が分からなかった。


 彼女に対する印象は彼も同じだったようで、一度彼女のことについて彼と話をしたときに、私の見解を聞いた彼は素直に感動をしていた。


 彼はきっと一途な彼女に好意を持っていたのだろう。

 そして私と同じように自分を変えてくれた人に尊敬と羨望を感じたのだろう。

 好意と尊敬、羨望と嫉妬。

 いくつもの感情で惹かれていたから「好き」の言葉で表現すると何か違和感があったのだ。


 彼に対する彼女の気持ちは、ある種私の彼への気持ちと同じなのだと気づいてしまい、それが少し悲しくて、だけどどこか嬉しかった。


 きっとそれは暗い感情。

 私だけがわかるのだというそんな少し汚れた感情。


 彼が感じる彼女の魅力は私にとっても魅力に映った。


 一途に誰かを思える気持ち。

 一途に何かに打ち込む気持ち。

 目的のためにただ真っ直ぐにやるべきことを淡々とこなす。


 周りの目ばかり気にした私には真似の出来ない彼女の在り方は、私にとっても羨望だった。

 だから彼女の危うさを守ってあげたいという気持ちは自然と湧いたものだった。


 彼女を見守るその過程で彼と密かな同盟が出来て。

 それが仮初だとしても彼が私を「彼女」のように扱ってくれていたことは、不謹慎ではあったけれどもただ純粋に嬉しかった。



 高校に入ってしばらく経った頃、彼は「自分らしさ」を語ってくれたことがあった。


「自分らしさ」の話の中で、彼は私を変えるようなそんな一言を軽く告げた。


「人の顔色伺ってばかり。そんな風に言うけれど、それはお前が人の心をちゃんと感じてあげられる。

 そういう事になるんだろ?」


 どうして彼はいつもいつも私の不安を変えてくんだろう。

「いい子」の自分が苦痛に思えて時々自分が嫌だったけど、誰かの気持ちが感じられて、形に出来ない思いを言葉に変える。

 それが誰かの力になるなら、私は私のままでいいと思えてくるから不思議だった。


 そんな私の胸の内に不意に彼の未来像がふわりと浮かび消えていった。

 それは彼が教壇に立ち人を導く姿だった。


 彼にそれを話したときは「似合わねぇ」と笑っていたけど、それでもしばらく真面目に考え「考えてみる」と呟いた。


 そうして彼は彼の道を私は私自身の道を、それぞれ進むことに決めた。


 それは彼女と、そして彼と別れることを示していた。

 自分で決めたことだけど、この生活が終わることがなんだかとても悲しく思えて、時に家で一人になるといつの間にか涙を流していることもあった。


 高校生活最後の冬。

 その日彼の言った言葉は、いつものように私の不安をたった一言で消し去った。


「今のままのお前でいたら追いついたときに呆れられるぞ」


 これからはいつも見てられないんだからちゃんと考えて頑張れよ。


 それはそういう言葉だった。

 そしてそれはこの先もずっと彼女の事を守っていたい、そういう思いの裏返しだった。


 私はこのまま卒業したらそれで終わってしまうのだと一人で勝手に思い込んでた。

 けれど学校が違ったからって私達は繋がっている。


 私は気づけば彼を見つめぎゅっと抱きしめたくなっていた。

 もちろんそんな大胆なこと私に出来るわけもなく、私が二人に出来たことは今の私の、そして彼の心に秘めたその思いを言葉に変えて形にすること。

「私らしさ」で応えることだった。


「並ぶことは始まりだからね」


 私は一緒にいられるだろうか。

 この先もずっといられるだろうか。

 それは今は分からないけど、一緒にいられるその時に二人に恥ずかしくないようになりたい自分になっていよう。

「私らしく」生きていよう。


 それが今の私に出来る彼への想いの形だから。

 それが私を変えてくれた彼に返せる想いの形かもしれないから、

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― 新着の感想 ―
[一言] 『異性として好き』とだけ言えるのは、一目惚れした初期だけなのかな、と思ったりもします。  相手を知れば知るほど好きになるけど、その分理由も増えていって。  そうなるともう異性への恋情だけで…
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