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スクエア  作者: 日浦海里
2/7

二の辺 変化/Change

「一の辺 目標」の最後に出てきた、

中学時代の同級生、その男の子からの視点のお話です。

 最初にあいつを意識したのは早めに朝練に来た時だった。


 黙々と一人練習する様にいつの間にか見入っていて、後から来た奴に声掛けられるまで、ただ呆然と突っ立っていた。


 好きかと言えば好きなんだろう。

 けれど、それは正しくない。

 ただ真っ直ぐなあいつの姿を羨ましいと思ったんだ。


 あいつはいつもストイックだから、一人でいることも度々あったけど、そんなあいつがいつも誰かを目で追ってるのは知っていた。


 それは部活の先輩で、あいつと同じくただひたすらに上を目指して頑張っていて、あいつに惹かれた時のように魅入ってしまう人だった。


 小学校にいた頃は何をやっても上手くいかず、中学校に上がる前には毎日がどうでもいいと思うほど、色んなものを諦めていた。


 それでも部活に入ったのは、どこかの部活に入ることを強要されたからってだけだ。


 面倒だとは思ったが、それでも最初は物珍しくて、適当に力を抜きながら真面目な振りで参加した。


 朝練に早めに参加したのもたまたま早く目が覚めたからで、熱心だったわけじゃない。


 なにもかもがどうでもいい。

 ただ生きていて、それだけで、何のために自分がいるのか分からなくなり始めていた。


 あいつが一人練習するのを偶然見たのはその頃だった。


 何かに夢中になったとしても空回りしてきていた俺は、何かに夢中になれる奴を馬鹿にするようになっていた。

 けれどそれは憧れる気持ちをごまかしていただけなんだと、その時思い知らされた。


 ただ黙々と繰り返すあいつに胸を押さえ付けられたように圧倒されて、気持ちが全部持って行かれて、立ち尽くすしか出来なかったから。


 その日と次の日に自分が何をしていたか、正直何も覚えてない。

 飲み過ぎた大人は「記憶が飛んだ」とよく言うけれど、それはもしかしたらこんな感じかなのかもしれないと、詮無いことを思いもした。


 そうして我に返った日から、あいつのようになりたい、そう思うようになった。


 気付けばあいつを目で追うようになりすぐに気付いたことがあった。


 あいつはいつも一歩引いて俺達の事を見ていたことと、先輩だけは違った気持ちで見ていることが多いこと、


 あいつは先輩が好きなのか、言葉としてそう認識した時、胸が焼けるように感じたけれど、しばらく見ているその内にもしかしたら俺と同じか、そう思うようになった。


 好意よりも目指すべきもの。

 いつか自分を見て欲しい人。

 それが分かったその時はなんだか思わず笑ってしまった。


 部活中の事だったから周りに変な目で見られて、そのあと少し困ったけど。


 思えばあいつが俺を「見た」のはその頃からだったかもしれない。


 高校は迷うことなくあいつと同じ高校を選んだ。

 中学の始めを適当に過ごした俺だから簡単なことではなかったけれど、それでもなんとかなったのだから、やる気は意外と馬鹿には出来ない、と初めて思った。


 あいつと同じ高校に受かったことを知った後、並んだ後はどうしたいのか、と疑問に思うことがあった。


 今は目指すものがある。

 何をすべきか分かってる。

 けれど、たどり着いたその後に俺は何がしたいのか。


 不意にそれに思い当たり、何にもないと知った時、自分は何も変わってないと視界が暗くなった気がした。


 小学校の頃の俺がどうして上手くいかなかったか、夢中になってるように見えて、ただその場その場の雰囲気に流されていたのだと、今はわかるようになった。


 並んだ後はどうするか。

 この道の先を突き進み、あいつの手を取り、歩きたいのか。

 それとも違う自分になるか。


 そうして不意に思い当たった。

 あいつも俺と「同じ」なのか、と。


 高校に入りしばらくすると、あいつは少し浮いていた。

 ずっと一人を追いかけてたから、周りと付き合う方法が分からなくなっていたのかもしれない。

 そんなあいつを気にかけてたのが、俺の「変わった」友人だった。


 中学時代に出掛けた先で困って慌てた女の子がいたので、ただ何となく声をかけ、ただ成り行きで手伝う羽目になり、その流れの中で連絡先を知った。それだけの関係。

 けれど何を思ったのか、その時だけの関係だったはずが、彼女から連絡をくれて、以来時々話をするようになった。

 知り合い以上友達未満、最初はそんな繋がりだった。


 高校に入って見かけた時は、まさかいるとは思わないからつい大声で叫んだために、以前部活で突然笑ってしまった時と同じように、その後周りにからかわれ困ることになった。


 彼女はあいつと同じクラスで、あいつが俺がいつも話す女の子だとすぐに分かった、そう言った。

 そんなに彼女に話しただろうか、とその場では思ったが、女の子と話すのに、話題に困ったときにはあいつの話をしていたかもしれない、と後で気付いた。


 純粋だけど真っ直ぐ過ぎて周りを思う余裕もない。

 けれど自分勝手じゃなくて素直で優しい不器用な人。


 彼女があいつをそう語り俺は思わず拍手をしていた。


 あいつはいつも真っ直ぐだ。

 それは多分先輩を追い掛ける内にそうなったのだと、今はなんとなく分かる。


 先輩はいつも真っ直ぐだ。

 けれどあいつと違うのは、多分先を見据えていること。

 なりたい自分が既にあって、あるべき姿を描いているから、いつも自分に自信を持って、真っ直ぐのままでいられるのだろう。


 昔は周りがついて行けずに少し孤立もしてたけど、俺達が先に思いを馳せるような年頃になると、あれは確かに理想の姿と気づく連中はちゃんといて、今の先輩の周りにはちゃんと並んで歩く奴がいる。


 先輩の隣を並んで歩きたいのなら、自分らしさをちゃんとわかり、自分らしくあることなんじゃないだろうか、とぼんやりイメージすることが出来ら。


 以来俺は彼女と一緒に、愛すべき友人「あいつ」が前を向いていられるように、いつも笑っていられるように見ていてやろうと心に誓った。


 そんな妙な連帯感が、俺と彼女は付き合ってるんじゃ、と噂になることも多々あったが、「そんなもんだ」と笑って返し

 適当に流したものだから、いつもそこは曖昧なままのらりくらりとかわしてた。


 あいつが一緒にいることは冷やかしになる恰好のネタで、それがあいつとみんなを繋ぐ。

 だから、俺と彼女は曖昧に見える彼氏と彼女を演じ続けた。


 高校生活最後の冬。

 授業の終わった教室でたまたま俺達三人だけがその場に残る機会があった。


 あいつがこの先目指すのは先輩がいる大学で、俺と彼女が目指すのはなりたい自分を目指す場所。

 本当はまだ傍にいたい。

 危なげなあいつを見守っていたい。


 けれどそれじゃいつまでもあいつと並んで歩けないから、あいつのその手を掴めないから、俺は俺の道を行く。

 先輩のような奴になる。


 だから多分これが最後。

 三人一緒に絡むのは、多分きっとこれが最後。

 そう思ったら無邪気なあいつがなんだかとても心配になり


「今のままのお前でいたら追いついた時に呆れられるぞ」


 そんな事を口走ってた。


 そこは単なるスタートだから、その先も並んで歩くなら、自分らしくいられるようになりたい自分を見つけておけよ。


 言ってしまったその後に、そんな事を思ったけどそっちは言葉に出来ないままで。

 改めて伝えようかと逡巡していると、不意に彼女と目が合った。彼女はまるで俺の心を見透かしたように、俺の言葉を繋ぎ続けた。


「並ぶことは始まりだからね」


 あいつは「一体何の事だ」と、しばらく喚き散らしたが、そこは当然聞かない振りして彼女とただただ笑ってた。


 前は夢中で追うだけだった。

 今は後ろで見守るだけで次は必ず並んでみせる。

 あいつと共に歩いてみせる。


 そしてもしも叶うなら、ずっと傍で守ってやりたい

 ずっとあいつと繋がってたい。


 あいつに変えられた俺だから。

 今度は俺があいつを変えられる自分になりたい。

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― 新着の感想 ―
[一言]  大人びた、というか。  そういう意味では上手くやっているようでも浮いてしまう子だったのかな、と思えます。  心のままに動かなかったから今と、繋がり得るこの先があるのかもしれないけれど。 …
[一言]  ん、恋愛でなくとも、だいじな人はいます。  並びたいけど、そのひとは、その先に行くべきだから、追いつかせてほしくもなかったり。  背中から声をかけることが、自分の役割だって思ってしまう…
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