一の辺 目標/Goal
ずっと先輩ばかり追い掛けていた。
先輩なんて形式張ったそんな呼び方する前から、ずっとずっと先輩だけを。
幼い頃から私の事を見守ってくれていた先輩。
先輩はいつも大人びていて、周りの男の子達の意地悪も、一緒になって囃し立てずにちゃんと注意してくれた。
間違ったことが嫌いな先輩。
だけど正しいことだけが受け入れられるわけじゃない。
だから時に先輩は、たった一人だったことを私はちゃんと知っている。
中学校では同じ部活で帰りはよく一緒に帰っていた。
家が近いってこともあったし、先輩が夜道を気にかけて声かけてくれてたことも知っている。
だから、二人きりなんて甘いシチュエーションも全然なくて、みんなでその日の話なんかを仲良く喋りながら帰るような、そんな賑やかな下校だった。
好きって気持ちを自覚したのは小学校の四年の頃。
いつもちゃんと守ってくれる先輩を見て、ずっと一緒だったらいいのに、そう思ったのが始めだった。
だけど、中学までの先輩は勉強と部活に夢中に見えて、浮いた話もない代わりに、そういう話をしづらい雰囲気でもあった。
先輩が先に卒業した時、私は迷わず先輩と同じ進路を希望した。
県下でも上の学校だから親が口を出すはずもなく、それでも理由は聞かれたから、
「あそこは部活強いから」
と、予め考えた答えを返した。
高校に入った時、まずは先輩に伝えたくって挨拶しに行くとごくごく自然に頭を撫でて、
「また一緒だな」
と、笑って言った。
思い返せば、中学の時も学区が一緒なんだから学校が同じなのは当たり前だけど、同じ部活に入った時は、
「一緒だな」
って同じように頭を撫でられた覚えがあって、なぜかとても嬉しかった。
そうして入学してからしばらく後に先輩に彼女がいることを知った。
中学校ではそんな話がなかったから気にしてなかったけど、考えてみれば当たり前のことで。それに勝手に追い掛けただけだし。
告白したわけでもない。
文句を言える訳もない。
知ったその日は泣いたけど、次の日からはいつも通りで先輩に話し掛けることが出来た。
平気な振りをしてたけど、胸のもやもやを晴らすことが出来ないまま毎日を過ごした。
高校でも同じ部活で、時々一緒に帰らせてもらった。
ある日、彼女が気になって、調子はどうかと聞いてみたら、先輩はなんでもないように笑って、
「別れたよ」
とそう言った。
付き合ってたのは告白されたからだけど、ちゃんと気持ちに応えられず申し訳なくて別れた、と。
先輩はやっぱりあの頃のままに見えて、これこそ自分の知る先輩だ、となんだかとても嬉しかった。
高校にいる間、何度か誘いを受けることがあった。
けれど先輩ばかり見ていたせいか周りの子達の浮ついた様に私はどうも馴染めずにいて、いつしか私も先輩のように一人でいることが増えていた。
それでも同じ目標目指して頑張る部活の子達とは一緒にいても苦ではなかった。
人付き合いの少ない私も、たった二人の友達だけはずっと一緒にいられるような、そんな気持ちになることが出来た。
一人は中学時代から同じ部活の男の子。
一人は高校になってから同じクラスの女の子。
二人は周りに溶け込みながら私をちゃんと分かってくれて、とかく一人になりがちな私を世界につなぎ止めてくれた。
彼と彼女がいなければ、私はもっと違った道を歩んでいたかもしれないと思う。
高校最後の冬を迎え変わらず先輩を想う私に、彼が少し呆れたように、こんな風に言った事がある。
「今のままのお前でいたら追いついた時に呆れられるぞ」
それを聞いてた彼女も言った。
「並ぶことは始まりだからね」
どういうことか、と聞いてみても二人は笑いあうだけで、答えは教えてくれなかった。
もう何度目の春だろう。
先輩の事を追いつづける内、恥ずかしい自分でないようにと、ただひたすらに走ってきたけど。
多分これが最後になるから。
ただ追うだけで追いつけるのは、これがきっと最後になるから。
今度は必ず並んでみせる。
先輩の横を歩いてみせる。
それが今の私の目標。
そしてそこから始めの一歩。