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最終話 冒険者だったアレックス 後編

 隣町でカリーナがミッシェルを見たと言っていたが、まさかアレクサンドラで会うとは思わなかった。

 ミッシェルの隣におじさんとおばさんまで居る。

 頭が追い付かない、どうすればいいんだ?


「お久し振りです」


「そうだな...」


「すっかり立派になって...」


「アレックス...あのね...」


 涙を流すミッシェル達に道行く人が驚いている。

 知り合いに見られたら説明が面倒だ。


「...では失礼します」


「ま、待ってくれ!」


「お願い話だけでも!」


「...アレックス?え?

 アレックス...ハハハ!」


 突然ミッシェルが笑い出す。

 口から涎を流し、表情は正気を失なっているように見える。


「ミッシェルは余り長い時間、正気を保てなくてな」


「そうですか」


 ミッシェルがマンフからの受けた暴力で身体だけじゃなく、精神も壊れてしまったとカリーナから聞いていた。

 こうして目の当たりにすると複雑な気持ちになる。


「...少しでいい、話だけでも頼む」


「私は聞きたくありません」


 今更何の話があるというのだ?

 俺には今の生活が一番だ、ミッシェルの話なんか聞きたくない。


「分かってる、だが頼む」


「ミッシェルを見て何も思わないの?」


「...アレックス...へへップ!」


 ミッシェルの口から何か飛び出しそうに見えたが、あれは一体なんだ?


「吐き出したら駄目よミッシェル」


 ミッシェルの口をおばさんが押さえる。

 口をモゴモゴさせるミッシェル、手が離されるとと口元は戻っていた。


「...ここでは何ですので、場所を変えませんか?」


 無視して立ち去る事も考えたが、付いて来られる可能性もある。

 巻いたところで、聞き込みをされたら居場所なんか直ぐに分かってしまうだろう。


「私の勤めている商会が近いので、そちらに」


「分かった」


「ほら行くわよミッシェル」


「...うん...アレックス」


 正気を取り戻したミッシェル達を連れて商会へ戻る。

 カリーナは娘とお義母(おかあ)さんの三人で、隣町へ健康診断に行ってるので、明日まで留守だ。

 お義父(おとう)さんに知られてしまうが仕方ない。


「ここです」


「ここにアレックスが...」


「ええ...?」


「...凄いわ...アレックス」


 三人は巨大な商会の建物に、言葉を失っている。

 俺みたいな学も無い元冒険者が、どうやって入る事が出来たのかと思っているのだろう。


「ただいま戻りました」


「アレックス様、お帰りなさい」


「お疲れ様です」


 商会に入ると仲間達から声が掛かる。

 お義父(とう)さんの姿が見えない、外回りだろうか?

 それなら早く終わらせてしまおう。


「客人です、応接室は?」


「はい、二部屋空いております」


「ありがとう、お茶を頼みます」


「畏まりました」


 仲間にお茶を頼み、店奥へと進む。

 無言でミッシェル達は建物内をキョロキョロ見回しながらついて来る。

 これだけ大きな商会はそうそう無いからだろう。


「お座り下さい」


「あ、ありがとう」


「さあミッシェル、座って」


「...アレックス...」


 応接室に三人を座らせ、俺は反対側に座る。

 近くで見るミッシェルの顔は少し歪み、痣の跡が残って左目の目蓋は開いたままだ、あれは義眼だろう。


「随分と立派になったな」


「本当に、見違えたわ」


「お陰様...なんでしょうかね」


 少し老けたおじさん達。

 この人達に会うのはいつ以来だろうか、サイラムに出てから何回か田舎へ帰った筈だが、思い出せなかった。


「...そうだったな」


「そうね...ごめんなさい」


 何やら勘違いしているようだ。

 別に嫌味で言ったのでは無い、ミッシェルのお陰なんて思いたくもない。


「どうしてこの街に?」


「ああ...隣町にミッシェルの事でな」


「でも...まだまだなの」


「おとうさん...」


「そうではなくて...」


 三人は話をはぐらかす。

 俺が知りたいのは隣町に居た理由と、なぜこの街に来たのかだ。


「アレックスは...あれからどうしていたんだい?」


「私ですか?」


 よく聞ける物だな、ミッシェルはマンフと一緒になって俺を裏切った上、金を奪ったんだぞ?


「...お願い...話して」


「お前は...」


『バカにしてるのか?』

 そう言いたいが、またミッシェルが正気を失なって騒がれては堪らない。

 運ばれて来たお茶で一息入れ、三年の間にあった事を話した。


 失意でサイラムの街を去った事。

 ここの商会に鑑定士として雇われた事。

 ようやく責任を任され、やりがいのある日々を送っている事を。


「...そうだったのか」


「頑張ったのね」


「アレッ...ヒュフ!!」


 ミッシェルの口から何かが飛び出す。

 押さえる手が間に合わず、テーブルの上に何かが転がった。


「入れ歯?」


 二つの金属に白い粒々が並び、上下を金具で繋げた入れ歯だった。


「...フュ...ん、大丈夫です」


 入れ歯を口に入れ、カチカチと噛み合わせるミッシェル。

 ずっと口が半開きだった理由が分かった。


「...この辺りは名医が揃っていると聞いてな」


「ミッシェルを診て貰う為にここへ来たの。

 もう船で帰る予定だった」


「...うん」


「そうでしたか」


 確かにこの近隣には名医達が沢山住んでいる。

 ミッシェルを診て貰う為、故郷を出て来たと言うことか。


「その...アレックス、ミッシェルが奪った金なんだが」


「あれは差し上げます、手切れ金とお思い下さい」


「そうか...」


 入れ歯や義眼はとても高価で、一般の人間が簡単に買える物では無い。

 店を畳んでまでミッシェルの治療費に当てたなら、手元に金なんか殆ど残って無いだろう。


「アレックス、家族は出来たか?」


「家族?」


 俺の両親はミッシェルの家族と絶縁したと聞いている。

 知りたいのはそっちではないだろう。


「三年前に結婚して、先月子供が生まれましたよ」


「...そうか」


「そうよね...当たり前ね」


「....アレックスに子供が?アハハハハ...ハュ!」


 どうしてミッシェルはショックを受けているのだろう?

 裏切りから立ち直ったのが悔しいのか?

 ミッシェルは髪を振り乱し、入れ歯がまた飛び出した。


「もし良かったら...」


「その...私達もこの街で」


「は?」


 おじさん達は何を言うつもりだ?


「良いかな?」


 ノックの音と共に、扉が開く。

 一人の威厳に溢れた男性が中に居る俺達を静かな瞳で見つめていた。


お義父(おとう)さん...」


 カリーナの父で、この商会を仕切るハワードさんだ。

 いつから聞いていたんだろうか、とても怖くて聞けない。


「商会の代表を務めますハワードと申します。

 聞くところによれば、貴方達はアレックスの古いお知り合いとか」


 ハワードさんはゆっくりと俺の隣に腰を下ろす。

 商会の人にはミッシェル達を客としか言ってないが、やはり聞いていたのか。


「...私達はアレックスと同郷でして...その、偶然会って...」


「...そうですの娘の治療に」


「そうでしたか」


 ハワードさんの鋭い眼光におじさん達はしどろもどろで説明をする。

 あの目で睨まれたら堪らないだろう、俺も初対面の時は縮み上がったからな。


「随分と大変な怪我をされたようですな」


 ハワードさんがミッシェルを見る。

 ミッシェルの額に汗が滲む、また発狂しないか心配だ。


「その...娘は元冒険者でして」


「ほう偶然ですな、私の婿も元冒険者でしてな」


「え?」


「まさかアレックスの奥さんと言うのは?」


「私の娘です」


「それは素晴らしい!

 アレックスの人柄は私が保証しますよ」


「ええ、本当に」


 おじさん達の言葉に心が冷めて行く。

 一体何が言いたいんだ?


「そんな事は貴方達に言われなくても知っている。

 戯れ言はそろそろ止めなさい」


「戯れ言ですって?」


「一体なんの事?」


 「貴方達はアレックスにそこの娘の事を全部任せっきりだったそうですな」


「....な」


「それは...」


 ハワードさんの雰囲気が一層の凄みを増す。

 これは不味い、かなり怒っている。


「アレックスから手紙が来なくなった時点でなぜ娘の動向を自分達で調べようとしなかったのですか?

 サイラムに居たのは知っていたのに」


「...落ち着いて下さい」


 余り興奮させては身体に毒だ。


「それは...アレックスを信用していたので」


「アレックスがミッシェルを守ると約束を...」


 俺のせいなのか?

 ミッシェルが裏切ったのは俺の責任だと?


「その娘が裏切ったのはアレックスに責任があると?」


「その...手紙に一言も」


「書ける訳無いでしょうが!」


 我慢出来なくなったハワードさんが大声で怒鳴りつけた。

 俺が言わなくては駄目なのに...


「恋人が他所の男に靡いてます、惨めです、そんな事を書けと?」


「ウグ...」


 ハワードさんの言葉が俺の古傷も抉る。


「私の娘は一人だった。

 しかし、そうしなければ悲惨な運命を辿っていただろう。

 心配で私も、妻も死にそうだった...

 だから娘には手紙を何度も書いたのだ、ギルドにもな」


 カリーナを守る為、サイラムへ逃がしたハワードさん。

 そして男を徹底的に調べ上げ、破滅へと追い込んだ。

 全てはカリーナを守る為だったと聞いた。


「それは貴方に金があったから...」


「ふざけた事を、貴方達は(てい)よくアレックスに責任を押し付けただけだ。

 娘がバカをすると全く予想しなかったのか?」


「それは...あの」


「私は...つまり」


「...止めて」


 言葉に窮する二人に、ミッシェルが小さく呟いた。


「...私が悪いの...愚かだった...生きる価値の程の...無い過ちを...」


「...ごめんなさいミッシェル、私達が悪いのよ...」


 必死でおじさん達をかばうミッシェル、右の目から涙が流れていた。


お義父(おとう)さん、もう止めましょう」


 いたたまれない。


「...だからアレック...アハハ...」


 再び正気を失ったミッシェルの笑い声が虚しく響いた。


「もう良いでしょう。

 私は追放されて冒険者を辞めました。

 その事で今更ミッシェルをどうとは思いません。

 妻と出会い、素晴らしい家族に恵まれて幸せな今があるのですから」


「アレックス」


 ハワードさんが俺の肩に手を置き、頷いた。


「...そうよね」


「もう私達は...絶対にアレックスと会いません」


 おじさん達は静かに立ち上がる。

 もう会う事も無いだろう。


「フフ...ヒュフ!!」


 杖を手にしたミッシェルの口から再び入れ歯が飛び出し床に転がった。


「アレックス、この入れ歯をどう思う?」


 ハワードさんがポケットからハンカチを取り出し、ミッシェルの入れ歯を拾い上げて聞いた。


「どうとは?」


「この入れ歯だ、どれくらいの物か鑑定出来るか?」


 ハワードさんは何をしようとするのか?

 質問は後にして、俺はミッシェルの入れ歯を受け取り、細部を調べた。

 入れ歯の性能までは分からないが、大体の価値は分かる、


「よくある一般的な物です。

 歯の部分は動物の骨を削って作られてますね、ただバネが強すぎますから、直ぐに口から飛び出してしまう」


 高価な物と違い、安い入れ歯は重いから口が簡単に開かない。

 だからバネを強くするのだが、直ぐに外れて口から飛び出してしまうのだ。


「そうか、あと義眼は?」


 ミッシェルの義眼か、これは外さなくても直ぐに分かる。


「おそらく材質はガラスでしょうね。

 しかし大きさや瞳の色も合ってません」


 左右のバランスがバラバラだ。

 あれでは義眼だと直ぐに分かってしまう。


「...そうだな、これでは普通の生活は無理だろう」


「...ええ」


 俺の鑑定におじさん達が項垂れる。

 有り金をはたいて治療したが、結果がこれではやるせない。

 決して粗悪品では無いが...


「貴方達は今後どうするつもりか?」


「どうとは?」


「これからの生活だ、娘のこれからを考えてここまで来たのだろ?」


 おじさん達にハワードさんは何をまた?


「いや...それは」


「せめて娘を人並みの姿に戻して暮らしたい。

 だから入れ歯と義眼を買い求めた、違うかな?」


「...はい、その通りです」


 念を押すハワードさんも同じ娘を持つ人の親と言う事か。


「アキシアに行きなさい」


「アキシア?」


 アキシアは隣国の首都だ、なるほど。

 どうやらハワードさんの意図が見えて来たぞ。


「あそこは医療が進んでいる

 もっと娘には良いものを買い求めなさい」


「いやしかし私達にはもうお金が...」


「仕事はこちらで用意しよう。

 向こうの商会ギルドに紹介状を書いておく。

 後は家族で頑張りなさい」


「そんな...そこまでして頂くのは」


「アレックスに親切にしてくれたお礼です」


 ハワードさんが微笑む。

 この落差で人は落ちる、ハワードさんの魅力に。


 その日の内にハワードさんはアキシアまでの馬車と紹介状を用意した。

 本来ならば数日は掛かる所を、僅か半日で終わらしてしまった。


「それじゃ」


「アレックス...元気で」


 杖を着きながら馬車に乗り込むミッシェル。

 その笑顔に、少しだけ昔の面影が見えた。


「行ったか」


「はい」


 消え行く馬車。

 これで本当にさよならだ。


「アレックスは甘い」


「甘いですか?」


 何が甘かったのだろう?


「あの連中はたかりに来たんだ」


「まさか?」


 おじさん達が俺にたかる?


「情報が大事だといつも言ってるだろうが、アイツ等を見かけたなら、直ぐに調べなさい」


 ひょっとしてカリーナがミッシェルを見たと聞いた時点でハワードさんは予想していたのか?


「もう二度とあの家族が私達の前に姿を現す事は無い」


「それって...」


 ...まさかハワードさんはミッシェル達を...


「安心しなさい、紹介状は本物だ。

 ただ、アキシアからは出られない様に書いておいただけだ」


 一体何を書いたのだろうか?

 俺はまだまだこの人に追い付けそうもない。


「アレックス、お前なら出来る。

 私が見込んだ男だ」


「...ありがとうございます」


 頑張らなくてはいけない。

 この幸せを、家族を守る為に。


「商会に戻るぞ、明日にはみんな帰って来るしな、何か作ってくれよ」


 いつの間にかハワードさんの手には酒の瓶が握られていた。

 今日は男二人で飲み明かすつもりなのだ。

つまみは何にしようかな?


「分かりましたお義父(おとう)さん!」


 肩を並べて家路を急いだ。

最後はエピローグ!

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― 新着の感想 ―
[一言] ミッシェルのご両親が重ね重ね可哀想。ミッシェルの顛末を知るあたりまでは、見た感じ平凡で善性な人たちだったんだと思います。個人的には一部の読者さんと違い、あの時点ではバカ娘が主人公から奪った剣…
[気になる点] 貧すれば鈍する、とは言いますがタカリに堕ちるレベルですか。 実際介護というのは行う方からすればすさまじい負担で、それが原因で介護していた相手を殺して自分も自殺しようとした、という話もあ…
[良い点] ざまぁをするのがカリーナじゃなくてカリーナパパってのが意外で面白い! [一言] 更新ありがとうございます。 たかりに限りませんが、娘をダシにしてなにかを成そうなんて、親としての責任とか…
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