閑話 ミッシェルの両親
閑話です
「何があったというのだ...」
突然私達の元に届いた二通の手紙。
一つは娘のミッシェルからの物で、アレックスに迎えを頼むと書かれていた。
歪んだ文字で、内容は支離滅裂だった。
ミッシェルはサイラムの街でアレックスと冒険者をしているのではないか?
アレックスは私達の住む町に戻ってはいないのだ。
もう一通はサイラムにある冒険者ギルドからで、ミッシェルが酷い怪我をして、街の病院に収容されている、引き取りに来て欲しいとの内容だった。
ミッシェルがどんな状態なのか知りたいが、手紙では分からない。
私達夫婦は急いでサイラムの街に向かった。
私達が住む町からサイラムまで、馬車で五日。
言葉にならない不安を胸に、旅を続けた。
「あなた、ミッシェルはどうして怪我を?
アレックスは何をしてたの?」
妻は何度も同じ言葉を口にするが、答えようが無い。
本当ならアレックスの両親も一緒に連れて行きたいが、彼等は数年前に町を出て、現在は違う街で暮らしている。
遠くの街にある学校を卒業したアレックスの弟達がそのまま商売を始め、両親を呼び寄せたのだ。
交流は続けていたので、手紙を書いたが返事を待っている暇は無かった。
アレックスから定期的に手紙は届いていたが、ここ三年くらい前から数が減り、一年前からは全く来なくなり、嫌な予感はしていた。
アレックスの人柄は昔から知っている。
彼が子供の頃は私の店を手伝って貰っていたのだ。
彼は実直で信頼出来る人間。
ミッシェルも彼を慕い、私も娘を任せても大丈夫と安心していたのに。
最初からミッシェルからの手紙は殆ど来なかった。
娘は田舎を嫌っていたのは分かっていた。
それは構わなかった、ミッシェルがアレックスと幸せになればそれで良かった。
アレックスは私の店を継ぐつもりで勉強をしていると書いていたが、店なんか気にしないでくれと、いつも妻と言っていたのに...
サイラムの街に着いた私達はギルドへ急いだ。
初めて訪れたサイラムの街。
活気に溢れ、私達の住む町とは比べ物にならなかった。
ようやく辿り着いたサイラムのギルド。
受付でミッシェルの両親だと告げると私達は別室に通された。
待つことしばし、やがて現れたのは大柄な1人の男性だった。
「ギルドマスターのユートと申します」
「あのミッシェルは?」
我慢出来ない妻が身体を乗り出してユートと名乗った男性に迫った。
「ミッシェルは仲間の男から酷い暴行を受けまして、現在も治療中です」
「あぁ...」
「アレックスが?まさか...」
信じられない、まさかアレックスがミッシェルに暴力を振るうなんて。
「アレックスではありません」
「え?」
アレックスでは無いのか、それなら誰がミッシェルを?
しかし仲間の男と言ったでは無いか。
「アレックスは絶対に暴力を振るう男ではありませんでした。
ミッシェルを殴ったのはマンフです」
「マンフ?」
マンフとは誰だ?
そんな名前は聞いた事が無かった。
「ミッシェルが引き入れた男ですよ。
アレックスは奴等に全てを奪われたのです」
「「なんですって?」」
ユートの表情が歪む、奴等とはまさか...
「ミッシェルはマンフと謀り、アレックスの金を奪い、彼を追放したのです」
「そんな!」
「嘘よ!!」
妻が叫ぶ、私も妻と同じ気持ちだ。
ミッシェルがアレックスを裏切るなんて、あり得ない!!
「事実です、マンフとミッシェルの事はサイラムに居る冒険者達の間では有名でした。
もちろん悪い意味でね」
「信じられない...」
そんな事アレックスの手紙には一言も書かれて無かった。
「...アレックスは?」
「一年前に街を出ました、追放された日の夜に」
「どこに行ったのですか?」
とにかくアレックスからも事情を聞かなくては。
「分かりません、冒険者も辞めてしまいましたから」
「どうしてですか!!」
再び妻が叫んだ。
「貴女の娘さんがアレックスを捨てたからです」
「そんな事するもんですか!!」
「落ち着きなさい...」
ユートに掴み掛かりそうな妻を押さえる。
対するユートは全く焦りを見せる様子は無い。
つまり、そういう事なのか...
「そのマンフとか言う男は捕まったのですか?」
せめて捕まっていて欲しい。
男から話を聞いておかなければ...
「殺されました」
「殺された?」
「マンフは随分と悪事を積み重ねていたようです。
おそらく殺したのは被害者に雇われたプロの暗殺者でしょう」
「そんな奴をどうして野放しにしてたの!」
「そうだ!犯罪者だぞ!」
冒険者の事は詳しく知らないが、そんな人間とミッシェルがなぜだ?
アレックスはどうして止めなかった!!
「冒険者とはそんな物です。
アレックスを責めるのはお門違い...いやアイツはマンフをミッシェルから離そうと必死でした。
私達もミッシェルを止めましたよ、それでも一緒だったのは、貴女の娘の責任です」
「...もういいです」
ユートは嘘を言ってない。
呆れながらも真実を話しているのが痛い程分かった。
「...ミッシェルに会わせて下さい」
「どうぞ、こちらに」
早くミッシェルを連れて帰ろう。
もう沢山だ...
「この部屋です」
ギルドの隣に併設されている建物。
ある一室の前でユートが立ち止まった。
「ミッシェルは激しく混乱しております。
正気を失っている事をご理解下さい」
「それは一体?」
混乱?正気じゃないとは?
「終わりましたら、またギルドに来て下さい。
ミッシェルの私物をお渡しします」
「私物?」
質問に答える事なく、ユートは私達を置いて立ち去った。
「アレッフヒュ!」
「なんだ?」
「まさか?」
扉の向こうから聞こえる奇声。
まるで老婆が発したような声、しかし聞き覚えがある、
私は慌てて扉を開けた。
「...まさか」
そこに居たのはベッドに拘束されていた1人の老婆。
痩せ細った右足は歪み、だらしなく開いた口には歯が無い。
痣だらけの顔は左目が潰れていた。
だが分かった。
当たり前だ、私達は親なのだから。
「ミッシェル!!」
「イヤアアア!ミッシェル!!」
変わり果てたミッシェルにしがみつく。
なんという事だ!
こんな事があっていいのか?
「ハヒェ?アレッフヒュは?」
虚ろな目をしたミッシェルは私達を見て呟く。
何を言ってるかは、もちろん判った。
「...アレックスは故郷で待ってるよ」
「...あなた」
妻に目配せを送る。
嘘でも良い、せめて今だけは。
「ヒョッハヒャ...」
「ああ、良かったな。
アレックスが待ってるよ、帰ろう」
「ン...」
安心したのかミッシェルは眠ってしまった。
私達はミッシェルを引き取る手続きを済ませ、再びギルドに戻った。
「ミッシェルの私物です」
「これは...」
ユートがテーブルにミッシェルの荷物を並べる。
派手な服、アクセサリーと化粧品。
つまりミッシェルはそういう生活を送っていたのか。
「あと鑑定士三級の証明書です」
「鑑定士?」
鑑定士は知っている。
いつミッシェルは資格をとったのだろう?
それも初めて聞いた。
「アレックスがミッシェルにも取るように薦めたのです。
『冒険者を辞めたら、一緒に頑張ろう。
おじさん達びっくりするぞ』
ギルドでそう言ってました」
アレックスはミッシェルと人生を歩む為、将来を考えていたのだ。
それなのに...
「最後に」
「この剣はまさかアレックスの?」
ユートが置いた一振の剣。
忘れもしない、私がミッシェルに持たせた、あの剣だった。
「どうしてこれが?」
「金と一緒に奪ったそうです。
アレックスもこれだけはと最後まで抵抗していたそうですが」
「...アレックス、すまない」
「ごめんなさい、アレックス」
娘を守る為、最後まで頑張ったアレックス。
追放を受け入れた時はどんな気持ちだったのか?
申し訳なさに、涙が止まらない。
「もしアレックスと連絡が取れましたら、一つ良いですか?」
「何をです?」
「ミッシェルには必ず謝罪させます。
正気になりましたら連絡しますので...」
「アレックスが望むとは思いませんが」
「それでも...せめて奪った金だけでも」
「それも受けとるとは...」
「お願いします...娘の不始末を...愚かな親の願いなのです」
私達は頭を下げ続けた...
次、最終話です。