第3話 女冒険者ミッシェル
テンプレ、残酷描写アリ
アレックスが姿を消して一年近くが過ぎた。
まさか追放した日に街を出ていくとは思わなかったが、情けないアレックスの後ろ姿を思いだし、マンフと大笑いした。
『邪魔者が消えて清々した』
あの時はそう思った。
私にはアレックスは全てだった。
小さな町に生まれ、ずっとアレックスの隣にいたのだ。
アレックスが冒険者になり、離れ離れになった時は悲しかった、彼を追い町を出たのは当然だ。
アレックス以外の人なんて眼中に無かった。
三年振りに再会したアレックスは町に居た頃よりも、すっかり逞しくなり、ますます好きになった。
私は彼と同じ冒険者になった。
少しでも彼の役に立ちたかったのだ。
そしてもう1人、街で素敵な出会いがあった。
ギルドの受付、カリーナさん。
正に洗練された大人の女性だった。
美しい容姿と教養に、田舎娘の私は圧倒されたが、カリーナさんは私を妹の様に可愛がってくれた。
『ミッシェル、しっかり勉強しなさい。
冒険者は長く出来る仕事じゃないからね』
カリーナさんの口癖。
でも私はアレックスみたいに勉強が得意では無かった。
お金の計算は出来たが、他の事はサッパリ。
だから冒険者として名を上げたかった。
『アレックス、もっと難しい依頼を増やしましょうよ』
何度もアレックスに言った。
『ミッシェル、焦っては駄目だ。
俺達の実力を考えて仕事を受けないと怪我をするぞ』
いつもアレックスの言葉は同じだった。
街は刺激が溢れ、田舎育ちの私は心を奪われた。
おしゃれな服、見たこともない化粧品、豪華な宝石。
どれも高価な品ばかりで、アレックスが受ける依頼なんかではとても買えそうに無かった。
そんな時だ、マンフと会ったのは。
他の冒険者達と合同で受けた依頼に参加していたマンフ。
彼は未熟な私達のパーティーに、沢山の助言をくれた。
彼の言葉は的確で、凄く勉強になり、収入は飛躍的に増えた。
アレックスはマンフを快く思ってない様だったが、
『冒険者の実力に劣る奴の嫉妬だ』
マンフは教えてくれた。
アレックスより優れている男、マンフ。
それは衝撃だった。
その時、初めて知ったのだ、私がアレックス以外の男を見て来なかった事に。
マンフの容姿はアレックスに敵わなかったが、彼にはギラギラした野性味があった。
鋭い眼光、男らしい言葉、誰もがマンフの言葉に逆らえなかった。
私はアレックスの反対を押しきり、マンフを仲間に加えさせた。
マンフは新たな扉を開いてくれた。
旅の楽しさ、酒場で過ごす時間、賭場の空気。
真面目一方なアレックスがつまらない人間にしか見えなくなっていた。
『アレックスと別れたい』
マンフとの関係が一年を過ぎた頃、ベッドの中で言った。
マンフとの関係を確信してる癖に、奪い返そうともしないで、小言ばかりのアレックスの態度に我慢出来なくなった。
『そろそろ全部頂くとしようか』
マンフはニヤリと笑った。
それからの行動は早かった。
パーティーの規約を書き換え、アレックスからマンフにリーダーを変えた。
そしてマンフはアレックスの追放を宣告した。
意外だったのはアレックスが拒んだ事だ。
『金はやる、だが剣だけは頼む』
どうしてアレックスは剣に拘ったのだろう?
あの剣は私が冒険者を決意した時に、両親からアレックスに渡すように託された物だった。
剣をアレックスに渡した時、涙を浮かべて、
『必ずミッシェルを守るからな』
何度もそう言っていた。
アレックスが出て行ってから、古道具屋へ売りに行ったが、やはり無銘の剣には高い値段がつかなかった。
結局売るのを止めて、ずっと部屋に放置してある。
そういえば、カリーナもアレックスと同時に姿を消した。
マンフはカリーナの行方を聞いて周っていたが、全く掴めないままだ。
マンフは荒れた。
『邪魔者が消えたのに畜生!』
その鬱憤を私にぶつける様になった。
私は冒険者としてマンフと生きて行くと決めた。
勉強も完全に止めた、鑑定士の資格は三級までしか取れなかったが、マンフを支えるには十分だと思った。
『ミッシェルは金だけ出せばいい、邪魔なんだよお前の実力じゃ』
マンフの言葉が突き刺さった。
確かに私の実力では、マンフの依頼に同行出来ない。
しかし、準備の金だけ私に出させ、成功報酬を一切渡さないマンフに不信感が募る。
この半年は喧嘩が絶えなくなってきた。
最初の頃は口喧嘩だったが、今では暴力が当たり前になって来て...
そうだ、今朝も私はマンフに殴られ気を失ったんだ...
『...うぅ』
床から身体を起こす、意識が朦朧とする。
口の中が鉄臭い、また切れたみたい。
こんなのはもう慣れっこ、前回は酒瓶で殴られて頭を切ったし...
『...夕方か』
窓を開けると夕焼けの日差しが部屋を照らす。
朝帰りしたマンフと喧嘩したから、半日意識を失っていた様だ。
部屋は荷物が散乱し、酷い有り様。
殆ど掃除をして無いから当然なんだけど。
『ふう...』
不自由な身体を引きずり、空の酒瓶を集めて汚れた服を籠に詰める。
私は家事が得意じゃない。
実家に居た頃は親がしてくれていたし、冒険者になってからはアレックスがしてくれていた。
『もう殆ど無い...』
手持ちの金をテーブルに並べる。
アレックスから奪った金はとっくに使い果たした。
私が貯めて来た金も結構な金額だったが、マンフに奪われて今はもう...
「アヒェッフヒュ...」
ふと口から出た言葉に唖然とする。
なんで急に名前が出たの?
『バカ!あんな奴の事なんか!!
あんな...』
アレックスの優しい笑顔が脳裏に浮かぶ。
分かってるんだ、マンフに愛想が尽きてる事は。
『でも今更どんな顔をしてアレックスに...』
アレックスは田舎に帰っているだろう。
だが手紙は書けない、別れた事を両親になんと書いたら良いのか分からない。
両親を始め、町の人達は皆アレックスが好きだった。
そんなアレックスを裏切り、金を奪い追放までしたんだ。
あれほど嫌いだった田舎だったのに、今は失うのが怖かった。
「ギャアアア!!」
突然扉が蹴破られ、部屋に三人の男が入って来た。
顔を殴られたのか、ボコボコに腫らした男が1人床に放り出されて転がる。
後ろ手に縛られた状態、口から夥しい血を流していた。
「あんたもマンフの被害者か...」
「ひやぃひゃ?」
男を投げとばした男性は何て言ったの?
マンフって、まさか?
「俺達はマンフに騙され、命を絶った女達の家族に頼まれてコイツの行方を追っていたんだ。
この街にマンフが居ると聞いてな、網を張っていた」
「知らねえ...俺はマンフじゃねえ」
床に這いつくばる男が呻く。
その声は紛れもなくマンフだった。
「なら女に聞こう、その男はマンフだな?」
「ファ...ヒョレハ...」
息が漏れ、上手く言葉にならない。
「歯が無いのか?」
「...マンフの手口だ、他の被害者も皆激しく殴られていた」
「背中や顔も変形しちまってる、
元はどんな顔だったんだ、想像も着かねえ...」
男達の言葉に、変わり果ててしまった私の現実を突き付けられる。
私の身体は歪んでしまった、片目は潰され、右足は変な方を向き、まともに歩けないのだ。
マンフは暴行を隠す為に宿を買い上げ、私は部屋に閉じ込められていたのだ。
「ヒョイフハマンフれふ」
「そうか...」
私の言葉に絶望したマンフ。
激しい憎悪に満ちた目を向けるが、もう何も感じなかった。
「被害者は?」
「この女を含めて5人だ」
「よし」
男達はマンフを無理矢理立たせた。
一体何をするんだろ?
「女、見たくなければ目を瞑れ。
運び出してる時間が無いんでな」
男はそう言うと持参していた鞄から取り出した酒瓶の栓を抜き、マンフの口に押し込み鼻をつまんだ。
「さあ飲みな、何人の女を酔い潰して襲って来たんだ?」
「...グボボ」
激しく身体を捩るマンフだが、屈強な男達は顔色一つ変えず、瓶を揺する。
やがて1本丸々、マンフの胃袋に収まった。
「死...死んじまう...吐かせてくれ」
必死で訴えるマンフ。
自分で吐こうにも両手は後ろ手に縛られているから何も出来ない。
空になった酒はアルコールが70%以上の蒸留酒、放っておいたら間違いなく死ぬね。
「なら吐かせてやろう」
「女、それを借りるぞ」
「ハヒ?」
マンフは羽交い締めにされたまま。
もう1人の男は壁に立て掛けていたアレックスの剣を鞘ごと握り、マンフの鳩尾を突いた。
「グゲェェ...」
マンフの口から吐き出される酒。
吐瀉物もあるが、殆どアルコールの臭いしかしない。
「さて、もう1本」
「ヒャメテ...くれ」
「それ、後4本だ」
「グボボ...」
再びマンフの口に酒瓶が。
次は全て酒しか吐き出され無かったが、所々血が混じり始めていた。
「終わりだ」
「よく頑張ったなマンフ、自由だぞ」
男はポンとマンフの肩を叩き、微笑む。
手を離すとマンフはグリャリと床に崩れ落ちた。
最後の5本目は吐き出されず、マンフの胃袋に残されている。
マンフの意識は既に無い。
三本目を過ぎた辺りからそうだった。
マンフは白目で鼾をかいている。
後はどうなるか...知らない。
「あばよ女、死ぬな」
「生きてりゃ良いことあるさ」
そう言って男達は去っていく。
『生きていれば良いこと...』
それならアレックスに会える筈よ。
だってアレックスはこの剣で私を守るって約束したんだもん!
そうと決まれば田舎に手紙を書こう、
アレックスはきっと迎えに来てくれるよね!
「ハハハハハ....」
酒臭い部屋で、私はアレックスの剣を握り締め、笑い続ける。
いつの間にか、マンフの呼吸は止まっていた....