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第2話 ギルドの女カリーナ

 ギルドを辞めた私は、アレックスさんとその日のうちにサイラムの街を出た。

 そのまま馬車に揺られる事3日。

 ようやく馬車は最終の港町クラムに到着した。

 しかしここが目的地では無い、更に2日間の船に乗らなくてはいけない。


「...海か」


 遠い目で水平線を見るアレックスさん。

 寂しそうな瞳は置いてきたミッシェルを思い出しているのだろうか?


「アレックスさん海は?」


 そっとアレックスさんの隣に立つ。

 もう悲しい思いはさせない、心の傷は私が癒してみせる。


「初めて見たよ」


「そういえばアレックスさんの故郷は山あいの町でしたね」


「よく知ってるな」


「そりゃギルドに居ましたから」


「そうだな、登録書を見たなら知ってて当たり前か」


 フッと見せる笑顔が眩しい。

 引き締まった身体、私より頭一つ大きな背丈。

 無造作に切り揃えられた筈なのに、凛々しい風貌にはピッタリの髪型、私の正に理想とする男性。

 本当はアレックスさん以外の冒険者が何処出身かなんて覚えていない。

 彼だけが特別なのだ。


「ここから船旅になるんだな」


「そうよ2日したら私の故郷、アレクサンドラに着くの」


 港町アレクサンドラ、そこに私の実家がある。

 帰るのは6年振りになる。


「アレクサンドラか」


「アレックスさんと名前が似てるでしょ」


「全くだ」


 初めて言った時、アレックスさんはビックリしていたが、本当なのだ。

 でも私の実家に着いたらもっとビックリするだろう。


「そろそろ宿に行きましょう、船は明日の昼に出港しますから」


「ああ」


 港近くの宿に向かう。

 この3日間ずっと馬車の中だった。

 今夜初めて私はアレックスさんと同じ宿に泊まるのだ...


「すまないが部屋を二つ頼む」


「どうして?」


 アレックスさんは着くなり、宿屋の主人にそう言った。


「あの...同じ部屋にしませんか?」


「いやカリーナは嫁入り前の女性だ、変な噂が立ったらまずい」


「まずくありません」


 なんで勇気を振り絞っているのが、分からないの?

 だいいち、変な噂ってアレックスさんと街を出た時点で私の気持ちを知ってるんじゃ?


「旦那、ご婦人1人を泊まらせるのは危ねえよ」


「そうなのか?」


「知らない土地じゃ何があるか分からねえ。

 クラムの町は危険だ、アンタが守ってやんな」


 クラムの町が危ないなんて聞いた事ない。

 以前ここに来た時はそんな事無かったが、6年の間に治安が悪くなったのかもしれない。


「そうか、なら大きい部屋を一室頼む」


「そうしな」


「カリーナ、良いかな?」


「もちろんです!」


 よし、これでアレックスさんと相部屋だ。

 でも怖いから部屋から出ないでおこう。


「部屋は二階の一番奥だ」


「ありがとよ」


 鍵を受け取り、アレックスさんに続いて階段を登る。

 今日は素敵な夜を期待していたが、仕方ないわ。


「良かったな」


 階段の下で宿屋の主人が呟いた。


「頑張んな、あの部屋は多少騒いでも何にも聞こえねえからよ」


「は?え?」


 宿屋の主人がウィンクする。

 まさか、つまりさっきの話は嘘って事なの?


「どうしたカリーナ?」


「な...なんでもありません」


 顔が熱い、まるで十代の乙女みたいだ。


『しっかりしろカリーナ、あなたは24歳のいい大人ではないか!』

 自分を励ましながらアレックスさんと部屋に入った。


「良い部屋だな」


「ええ」


 ベッドが二つとテーブルに椅子か、確かに大きな部屋ね。

 ベッドの間が離れてる、動かせないかな?


「飯を頼んで来る、ここで食べるよな?」


「はい!」


 なんて気遣いの出来る人、さすがはアレックスさん。

 冒険者の間で評判が良かったのも頷ける。


 荷物を下ろしベッドに腰掛けた。

 なんだか夢の様、アレックスさんと一緒に旅をしてるなんて。


 商会の娘だった私が家を出たのは6年前。

 私に来た結婚話が原因だった。


 相手は隣町に住む、同じく商会を営む家の1人息子。

 しかし男の評判は最悪だった。

 女癖の悪さと浪費癖、悪い人間との付き合いも噂されていた。


 父親は何度も断ったが、男はあらゆる伝を使い諦めなかった。

 男の実家が営む商会は悪どい商売もしており、このままでは私の身が危ないと、父親が私を逃がしてくれたのだ。


 出来るだけ遠くに。

 父親が見つけてくれたのが、サイラムの街にあるギルド、そこで働き始めた。


 幸いにも男は追って来なかった。

 いや来られなかったが正しいだろう。

 二年が経った頃、男は訳あり女に手を出し、女の情夫に殺され、奴の実家も潰されたと聞いた。


[もう安心だから帰っておいで]

 父親からの手紙に私は従わなかった。


 どうしてかって?

 なぜなら私には好きな人が居たからだ。

 その人には恋人が居て、叶わぬ恋だと分かっていたが、諦めきれない私は...


「...カリーナ」


「...ん?」


「起きたか」


「あ?いつの間に?」


 寝てしまっていたの?

 寝顔をアレックスさんに見られてしまった!

 慌てて立ち上がろうとするが、疲れから足元がおぼつかない。


「そのまま」


「え?」


 アレックスさんがベッド脇にテーブルを移動させる。

 その上に料理を並べ始めた。


「さあ食べるか」


「...はい」


 恥ずかしい。

 すっかりアレックスさんに甘えてばかりだ。


「ごめんなさい」


「気にするな、一応は冒険者だったからな」


「そうでしたね」


 そうだ、アレックスさんは10年のベテラン冒険者だった。

 旅なれていて当然だ。


「ごちそうさま」


 食事が終わり、アレックスさんがテーブルを片付け始めた。


「どうした、まだ足りなかったか?」


「違います。手慣れてるなって」


「...あいつらの片付けをいつもやってたからな」


「あいつら?」


「マンフ達だよ...」


「...あ」


 何て事を聞いてしまったんだ!


「いいさ、冒険者として俺がマンフに劣っていたのは間違いない」


「そんな事...」


 マンフは評判の悪い男、ギルド内でも悪評は響いていた。

 実力はあるが、仕事は粗く無学で粗野。

 女癖も悪く、何度も口説かれた。

 そんな時、いつもアレックスさんが助けてくれたんだ。


「どうしてカリーナは俺を誘ってくれたんだ?」


 アレックスさんは鞄から酒瓶を取り出し、グラスを二つ並べた。

 私がお酒好きなのを知っているのね。


「アレックスさんの実力を発揮して欲しいからです」


 アレックスさんが冒険者を辞めるつもりだと聞いた私は、実家に誘ったのだ。

『是非来て欲しい』と。


「どうしてだ、俺は冒険者として二流だったぞ?

 他に優れた所も無いし」


「違います」


「違う?」


「確かにアレックスさんは冒険者として活躍は出来ませんでした。

 それは本気では無かったからでしょ?」


「そんな事は無い、俺は本気だったさ」


 アレックスさんは気づいてないのだ。

 私とて、伊達にギルドで沢山の冒険者を見てきたんじゃないぞ。


「それならどうして特級鑑定士の資格が取れたんです?

 その資格は冒険者が片手間の勉強で受かる簡単な物じゃありません」


「...それは」


 アレックスさんが取った鑑定士の資格は金や宝石、名剣など世界の品物の真贋を調べ、判定する物。

 ギルドの職員には必要な資格。

 特級はその中で最高位、これがあると世界のどこでも商売が出来ると言われていた。


 教えたのは私。

 4年前、ギルドで鑑定する私が、


『良かったら勉強しますか?』

 そう誘ったのだ、アレックスさんとミッシェルに。


「俺は元々冒険者になりたかった訳じゃない...」


 アレックスさんが静かに語りだした。


「俺の実家は貧乏な小作人だった。

 5兄弟の長男、学校なんか行ける訳も無い。

 でも、ずっと勉強がしたかった」


「それで冒険者に?」


「最初はミッシェルの家が営む店の手伝いに行っていた。

 そこで読み書きを覚えた」


「そうだったの」


 そういえばミッシェルは金の計算は早かった。

 冒険者の実力は全くだったが。


「冒険者になれる15歳になって、故郷を出てきたんだ。

 金を稼ぐには一番手っ取り早いからな。

 街で夜には勉強も出来たし」


「そっか...」


 アレックスさんにとって冒険者は天職では無かった。

 それは珍しい事では無い。

 生活する為、取り敢えず冒険者となる人は沢山居る。


 しかし殆どの人間は向学心を失い、堕落してしまう。

 そして一文無しになって死んで行く。

 目標を失わなかったアレックスさんが稀有なだけだ。


「ミッシェルには物足りなかったみたいだがな」


「アレックスさん...」


 ミッシェルがアレックスさんを裏切り、マンフに抱かれたと聞いた時は驚いた。

 妹の様に可愛がっていたミッシェルがまさかと思った、でも本当だった。


 マンフと二人宿屋から出て来た時は言葉を失った。

 アレックスさんに教えたが、もう彼は知っていて手遅れだったけど。


「一緒に故郷へ帰って、ミッシェルの実家を大きくするのが夢だった」


「.......」


 何と声を掛けて良いか分からない。

 胸が苦しい、どうすれば?


「あいつは変わった、だから俺も変わる事が出来た」


「変わった?」


 アレックスさんのどこが変わったの?

 全く分からない。


「もうミッシェルを愛して無い。

 俺の人生にアイツは必要無いんだ。

 だから勉強に打ち込めた、カリーナと人生を生きたくなったのさ」


「...そ、それって」


「ありがとうカリーナ、俺にチャンスをくれて。

 一生懸命頑張るよ」


「...うん」


 差し出されたアレックスさんの手を握り締める。

 もう言葉は要らない。


 私達は一つとなり、初めて結ばれるのだった。




 ...マンフは近い内に殺されるよ。

 ギルドって本当に色々な情報が入って来るの。

 でも教えて上げない、貴女は裏切り者だからね。

 アレックスはもう居ない、その時貴女はどうするのかしら?


 ミッシェルの破滅を確信しつつ、夜は更けた...

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだアレックス、ちゃんと分かってるじゃないか でも踏み切れたのは宿屋の親爺(女将?)のおかげかもw
[良い点] マンフ、死亡まで秒読み段階 そしてミッシェル、冒険者としてはクソ雑魚だった [気になる点] マンフ君は亮二に並ぶいつものクズ枠になりつつあるのか まあ後者の方はTSしたり憑依したりと変化球…
[良い点] 宿屋の主人がいい! 今までの作者様の物語に居なかったタイプじゃないですかね。親友とかじゃなくて関係ない人なのに察しがいいってカッコいいですな。 [一言] 新作ありがとうございます。 いか…
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