第1話 冒険者アレックス
テンプレ発動!
ギルドに依頼完了の報告をし、受け取った報酬を手に宿へ戻る。
体力の限界まで動きまわった身体が目眩を引き起こす。
三日間に渡ったゴブリン退治。
夜営から斥候まで俺は休み無しだった。
仲間の二人は高鼾で寝ていたからな...畜生。
「帰ったぞ」
定宿にしている宿に入り、部屋の扉を開ける。
空いた酒瓶がテーブルに散乱し、部屋は酷い有り様、これは片付けが大変だ。
「ん?」
隣の部屋から女の喘ぎ声がする。
時折聞こえる男の名前が...
「アァ...マンフ...いいわもっと...」
聞き覚えのある声。
幼馴染みで恋人のミッシェル、いや元恋人と言った方がいい。
俺の名前はアレックスだ、マンフではない。
「...とうとう隠す気も無くなったか」
酒瓶を片付け、椅子に腰掛ける。
ミッシェルとマンフの関係は知っていた。
7年前、俺を追い掛け冒険者になった15歳のミッシェル。
俺はそんなミッシェルと5年前に二人で冒険者パーティーを立ち上げた。
マンフは三年前に加入してきた男。
流れの冒険者で二枚目、その実力は本物だったマンフ。
奴のお陰で俺達のパーティーはその名を知られる様になった。
当初、マンフはその本性を隠していた。
善人を装い、俺やミッシェルに数々のアトバイスをくれた。
『アレックス、お前がパーティーを引っ張るには、もっと経験が必要だ』
そんなマンフの言葉に乗ってしまったのは失敗だった。
俺が度々パーティーを抜けている間に、マンフはミッシェルと二人だけで依頼をこなすようになり、気づけばパーティーは乗っ取られ、ミッシェルまで寝取られてしまった。
「潮時か...」
マンフとミッシェルの関係に気づいて二年。
その間何度も二人の関係を問い質したが、誤解だの、そんな訳無いだの言い訳をしていたが、最近では全くの無視になっていた。
それでも我慢していた。
いつかはミッシェルの目が覚めるのではないか、そんな淡い期待と来るべき日の為に準備をする為だった。
「おっ、帰ってたのか」
「ああ」
マンフは汗にまみれ、寝室から出てきた。
腰に一枚だけ布を巻き付けた姿。
「なによ早いじゃない」
続いてミッシェルが姿を現す。
さすがに布一枚では無い、薄い下着の上にガウンを羽織り、同じく汗まみれ。
上気した顔に昔のミッシェルは見いだせなくなっていた。
「報酬だ」
テーブルに受け取って来た報酬の入った袋を置く。
今更コイツ等が何をしていたか問う必要も無い。
「えーと...」
ミッシェルが袋を開け、中の金をテーブルに並べる。
紙を取り出し報酬が合っているか確かめているのだ。
こういう所だけは昔と変わってない。
「合ってるわね」
「当たり前だ」
ごまかしたりするもんか、そんな事一度もした事無い。
「アレックス、お前にはパーティーを抜けて貰う」
「そうか...」
マンフが俺のパーティー離脱を宣言する書類をテーブルに置いた。
今日はその言葉を待っていたよ。
「なによ、随分物分かりが良いわね」
少しミッシェルは驚いた顔で俺を見た。
マンフが俺の追放を口にするのは三回目だからだろう。
「それじゃあ装備と金を置いていってくれ」
「ああ」
黙って装備していた剣と肩当て等、装備品を外しテーブルに並べ、最後に金の入っていた革袋を置いた。
[パーティーを離脱する際は全てを置いていく事]
ふざけたルールを勝手に決めやがって。
無視しても良かったが、後腐れ無くしたかったからな。
どうせ碌な事にはなるまい。
「なんだよ拍子抜けだな」
「そうか?」
「前は抵抗したからな、『剣だけは頼む』って」
「諦めたんだよ」
そう、諦めたんだ。
お前とミッシェルに。
「ミッシェル、本物か?」
「ええ間違いないわ」
ミッシェルが剣と金の鑑定を行う。
コイツの鑑定する目は確かだ、最初の頃はよく先輩冒険者に騙されてお互い必死で鍛えたからな、役に立って良かった。
「何か言いたい事は?」
「別に」
言いたい事は全部言って来た、今更言うことなんか無い。
僅かな荷物を鞄に詰め、最後に離脱の書類も入れた。
「情けないわね、それでも男なの?」
「言ってやるなミッシェル、恋人だったんだろ?」
「人生の汚点よ、何も知らない小娘だったからね」
「...良い女だ」
「あぁマンフ...」
ミッシェルはマンフの口づけをうっとりとした顔で受け止める。
俺からすれば昔のミッシェルの方が良い女だったのだが。
「話が終わったなら俺は行くよ」
バカらしい、このまま二回戦が始まるのだろう。
もうこの二人に用は無い。
「どこに行く気だ?」
「故郷に帰る」
「何にも無いクソ田舎、あんたにお似合いよ」
「そうだな、そう思うよ」
部屋を後にする俺の背中に二人の笑い声が響く。
虚しさは無い、そんな物はとっくの前に捨ててしまった。
「居るか?」
「アレックスさん何かお忘れ物ですか?」
再びギルドに戻ると中には誰も居らず、先程まで応対してくれていた受付のカリーナ1人、俺を見た。
「...パーティーを追放されたんだ。
冒険者も辞めるから金を下ろしてくれ」
「そうですか、分かりました」
「早急に頼む、今日中に街を出たい」
小さな声でそう呟き、カリーナに頭を下げる。
さっき奴等に渡したのは俺がパーティーで稼いで来た全財産。
奴等と組んだ以外の報酬は全てギルドで預かって貰っていた、もちろん内緒で。
「こちらに」
「すまん」
カリーナの案内で奥の別室に入る。
彼女はギルドで古株の人間、年も俺と近く、何かと話が合っていた。
「これで全部です」
「ありがとう」
テーブルに積み上げられた金を持参していた鞄に詰める。
随分とカリーナには無理を言ってしまった。
「いいえ、事前に聞いていましたから」
「それでもだ」
奴等はきっと俺を追放するだろうと、
今回の依頼を受ける前に予めカリーナには言っていた。
予想通りだったな。
「それじゃ私も準備しますね」
「良いのか?」
「ええ」
カリーナが席を立つ。
彼女は俺が冒険者を辞めるつもりだと話すと、俺に付いて来ると言った。
「辞表はもう書いてます。
ギルドマスターには了承して貰ってますから」
「そうか」
もう手回し済みと言う事か。
止められただろうな、美しいカリーナはこのギルドで評判の受付だからな。
「カリーナ、荷物は?」
「先週全部処分しました。
今は私の部屋空っぽですよ」
「どうやって今まで生活してたんだ?」
「ギルドの宿泊所に泊まってました」
「なるほど」
そこまで考えていたのか。
本当に彼女は優秀な人だ。
どうしてこれ程の人間がギルドの受付なんかしていたのだろう?
そういえば聞いた事が無かった。
「行きましょう」
「ああ」
ギルドの扉を開け外に出る。
不快な昼の暑さが嘘の様に涼しい。
「新たな人生の始まりですね」
「そうだな」
ゆっくりと俺達は乗り合い馬車の停車場へと歩きだす。
行き先はカリーナの故郷。
俺も知らない彼女の生まれた町へ...