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第105話 鵺


 やつか町の小学校から、怪異退治組合に動物の入ったケージが届けられた。


 ウサギ用のケージの真ん中には灰色の()()()()が鎮座している。

 太った小型犬くらいの大きさで、色はおおむね灰色で、シッポだけが茶色である。耳は丸くて短くシッポが細長い形だ。顔立ちはウサギに近いが、なんとなく「ウサギである」とは言い切れない見た目をしていた。

 このケージを事務所に持ち帰ったのは七尾支部長である。

 かわいいもの好きの相模さがみくんはウサギ用のケージを見て喜んだが、中をのぞいて首をひねった。


「支部長、この……動物? はいったいどうしたんですか?」


 相模くんに問われた支部長も首を傾げている。


「それがな、わからないんだよ」

「わからない?」

「もともと小学校の生徒たちがコイツを見つけて、捕まえてこっそり飼ってたらしいんだ。しかも小学校の敷地内でな」

「えーっ」

「使ってない倉庫に隠してたらしい」


 小学生といえば生き物に多大な興味関心をもつお年頃である。

 彼らは友達どうしのグループで捕まえた灰色の動物を世話していた。

 しかしながら、動物の飼育はうまくいかなかった。

 ペットを飼っている家からフードを持ってきたり、給食の残りを集めて与えてみたりしたが、いっこうに食べようとしないのだ。

 とはいえ、食べないのに弱っている様子もない。

 そうこうしているうちに担任が、生徒たちの様子がおかしいのに気がついてしまった。あえなく発見された内緒のペットは、普通なら保健所に連絡して引き取ってもらうとか、新しい飼い主を探すということになるだろう。

 だが担任はそのどちらもせずに、兼業狩人の久美浜くみはま先生を介して怪異退治組合の事務所に通報するという行動を取った。

 そして七尾支部長がケージに入ったこの生き物を抱えて事務所に帰ってきたのである。


「子供たちはこれを“犬”だと思っていたらしい」

「うーん。犬……とは違いますよね、後ろ脚の感じといい、丸っこい体つきといい。どちらかといえばウサギっぽいですけど……でもなんか微妙に違いますよね。耳も短いし」

「それがわからんから、通報ということになったんだ。ひとまず怪異動物保護センターに連絡入れて、志津川しづがわ君に来てもらってくれ」

「ハイ!」


 相模くんは言われた通り、怪異動物保護センターにに連絡を取った。

 すぐに来てくれるという話であったが「じゃあ仕事に戻ろうか」という気持ちにはなかなかなれない。

 小動物がそばにいると思うとソワソワしてしまい、七尾支部長と相模くんはどちらからともなく待合室に置いたケージの前に集合していた。

 灰色の毛玉は水を飲むでもなくえさを食べるでもないのだが、大きな黒々としたお目々でこちらを見あげたり、鼻先をフンフンさせている。

 いかにも心がなごむ。

 子供たちに飼われていただけあって、人馴れしていて怖がる素振りもないので、マメタ用のチュールを小皿に空けてあげてみた。少し匂いをかいだだけで食べようとはしないが、反応してくれるのがかわいらしい。

 本当はいけないのだが、相模くんと七尾支部長は灰色の生き物をケージから出し、交代でだっこした。

 毛に覆われた小さな生きものは腕の中にすっぽりとおさまり、暖かく、柔らかい。

 相模くんが背中をなでていると、不思議なことに気がついた。

 この生物は、頭と体、シッポと手足で、なんとなくなで心地が違うのである。

 まるで種類の違う生物の毛皮をなでているような感じだ。


「ほんとうに何の生き物なのかな、君は?」

「ぬえ~~っ」

「あっ、鳴いた!」

「ぬえ~~~~~~」


 不思議な、これまで聞いたことのないような鳴き声である。

 というか、はっきりと「ぬえ~」と言っている。


ぬえかもしれないな」


 七尾支部長がまじめくさって言う。

 鵺というのは、有名な古典妖怪のひとつである。頭は猿、体はタヌキ、尾は蛇、手足は虎という、複数の生物の寄せ集めのような姿をしている怪物だ。

 妖怪辞典をたぐり、その似ても似つかない姿を見つけた相模くんは思わず吹き出してしまった。


「あはは、まさか! 支部長、鵺がぬえ~って鳴くわけないじゃないですか!」


 ——鵺であった。


 その後、保護センターの志津川夢乃しづがわゆめのがやって来て語ったところによると、鵺もタヌキたちと同じく小型化の傾向が進んでおり、それに加えて体を構成する動物の種類も多様化の一途をたどっているらしい。

 やつか町の小学生たちが発見した個体は、頭はウサギ、耳はハムスター、体はチンチラでシッポはフェレットという、最近人気のペットでよくある動物の寄せ集めみたいになっていたようだ。


 そう教えられたとき、相模くんはどことなく憮然ぶぜんとした表情であった。

 支部長も得意げというわけでもなく、お互いに居心地の悪い空気をかもしだしていた。


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