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第100話 ボス登場! ダークヨーカイ団のなぞ


 ラスカル水野はななほし町のコールセンターで働いていた。

 怪異動物保護センターから脱走を試みたあげく、ダーク・ヨーカイ団の女幹部という仕事をしくじった彼女はとうとう行き場をなくし、古巣《ふるす》に逃げ戻ることにしたのだ。


 コールセンターでの仕事の内容は健康サプリメントのクレーム対応と、対応した客にまた別の健康食品を売りつけることである。

 仕事はつらいものであった。

 効果もハッキリとわからないような栄養食品を売りつけるのはともかく、顔も見たことのない怒り狂った顧客《こきゃく》に頭を下げ続けるのはアライグマの気性にあわず、苦痛で仕方がない。


 だが、いまのラスカル水野は追手から逃げる身であり、身分証もない。


 生活のためには働かなければならないが、化《ば》け妖怪が働ける場所は限られていた。

 仕事を探すだけなら『明るい家』に戻り小松島施設長に泣きつくという手もなくもないが、公的な矯正機関《きょうせいきかん》が紹介してくれる妖怪の働き先というのは「畳職人」とか「新聞配達」みたいなあきらかな斜陽産業ばかりであり、野心に満ちたアライグマの気質にはあわない。

 いま働いているコールセンターはウォッシャブル金蔵《かねぞう》という暴力アライグマ団のボスが仕切っており、身分証がなかろうが追われていようが働けるし、その日払いで給料をくれる。


 ただし、お給料の半分は金蔵のポケットに入ってしまうわけだが……。


 しかし汗水たらして誰も読まないような新聞を配るよりよほどましだ、と彼女は思っていた。


 水野の場合、そういう性根《しょうね》こそが自分自身を追い詰めていくのであるが、そんなことは気がつかないで、狭苦《せまくる》しいマンションの一室で今日も狂ったように鳴り続ける電話を取るのであった。


「クソっ! 一時は三十人の部下を率《ひき》いていたこの私が――!」

「お姉ちゃん、パンツ何色?」

「サンバみてえな金色だよっ!!」


 思い返してみると、ダークヨーカイ団の団員をやっていた頃が一番、水野は輝《かがや》いていたのかもしれない。

 子どもたちは日に日に強くなり、青龍《せいりゅう》や朱雀《すざく》を召喚して拠点を破壊し、水野たちを追い回してくるが、少なくとも毎日毎日パンツの色を飽《あ》きもせず聞いてくるオッサンを相手にしなくてもよかった。


「どうしてこんなことに~~~~…………!!」


 怒りのあまり受話器を握《にぎ》りつぶしてしまう直前、ハアハアという荒《あら》い息の向こうから声が聞こえてきた。

 またパンツか、と思ったとき。


《助けて!! 誰か!! この声が聞こえてる誰か――!!》


「えっ、何この声……? 誰なの!?」


 水野が返事をすると、彼女の視界は一瞬のうちに真っ黒に塗《ぬ》りつぶされる。

 再び視界が開けると、彼女はだだっ広い空き地に放り出されていた。


「何が起きた!? どこだここ!?」


 コードごと引きちぎられた受話器を手に、ラスカル水野は辺りを見回した。

 正面には黒ずくめの男たちが複数人おり、その手には黒い銃——型のオモチャが握られている。金色のコバンが四枚、プロペラのようにセットされたそれは、水野にはある意味、見慣れた代物《しろもの》であった。


「あれはっ……ダーク・ヨーカイザー……!?」


 後ろを向くと、小学生二人が驚いたように水野を見つめていた。

 ひとりはトレードマークの赤いTシャツを着た小学生男子。もうひとりはハーフパンツにピンク色のパーカーを着た小学生女子である。


「あんたたちっ……ケンタとユイナ!? なんでこんなところに!」


 どちらも水野の知った顔であった。

 ラスカル水野がダーク・ヨーカイ団にいた頃、この二人はヨーカイザーの使い手である地元小学生の中でも最強の二人として知られていた。

 西古見賢太《にしこみけんた》は、あの忌《い》まわしいヨーカイザーの生みの親、西古見博士《にしこみひろし》の孫。ユイナは賢太の幼馴染の女の子である。

 この二人とラスカル水野は毎週のように妖怪バトルを繰り広げていた。

 最終的には何かしらの原因で大爆発してラスカル水野が空に飛ばされるという展開が定番だった。


「お姉さん……誰……?」


 ラスカル水野にとっては親の顔より見た二人であるが、どちらも水野に気がついておらず不思議そうな顔である。


「あたしだよ! あたし! ……あ、いや、この格好《かっこう》じゃわからないか……」


 水野はいま、似合わないビジネススーツを着て、中途半端な長さの髪の毛をダサいひとつ結びにして、メガネをかけていた。

 メガネは少しでも頭が見えるといいなと思って買ったものである。


「ラスカル水野だよ! ホラ! 社員証にも書いてあるだろ!」


 胸から下げた社員証を突きつけると、賢太たちはビックリした顔だ。


「いったいこれはどういう騒《さわ》ぎ? アンタたちに絆《キズナ》の妖怪メダルを渡したつもりはないよっ!!」


 水野が言うと、「ふぉっふぉっふぉっ」とどこからか老人の声がした。

 声は賢太君が持っている四角い装置から聞こえて来る。

 装置には小さなモニターも搭載《とうさい》されており、そこには西古見博士の顔が見える。


「説明はワシがしよう」

「その声は……西古見博士《にしこみはかせ》だな!?」

「その通りじゃ。ケンタが持っとるのは、ワシが発明した新しいヨーカイ・ギア! その名もポケデルじゃ!! 離れたところにいる妖怪たちやワシの研究室と通信できちゃうすご~いメカなのだ! まあ登録した相手としか話せんがの!」

「なるほど、子ども用スマホみたいなやつだな!?」

「ポケデルには秘《ひ》められた機能がある。その名も《ヨーカイ救助隊》おたすけボタンじゃ。ピンチになったときにこの赤いボタンを押すと、ヒマをしとって助けてくれそ~な妖怪がランダムに駆け付けてくれるという便利《べんり》な機能じゃぞい!」

「アタシは勤務中でヒマじゃねーっつうの!」

「できたての機能じゃからな、苦情《クレーム》を元に順次、改善していくぞい!」

「クソッタレ! なんでアタシなんか呼び出したのよ! これはどういう状況なの……?」


 見ると、賢太とユイナは少しケガをしているようだった。

 ヨーカイザーは持っているが、妖怪フレンズはそばにいない。


「フフフ……ラスカル水野、久し振りだな」


 邪悪な声に振り返ると、黒い服を着こんだダーク・ヨーカイ団戦闘員の奥に老人が立っていた。

 漆黒《しっこく》の鬼のお面に、マントをつけ、トゲの生えた杖を手にした姿である。声は老人のものだが、体格は若者に負けないそれで、やけに堂々としてみえた。


「お前は……ダーク・ヨーカイ団のボス、黒岩亮次《くろいわりょうじ》!」


 黒岩はダーク・ヨーカイ団の首魁《しゅかい》とみられている人物である。

 その正体は名前以外まったくの不明であるが、黒岩は大勢の大人バトラーを率い、違法なヨーカイザーを密売している。ラスカル水野が実際に女幹部をしていたときも、黒岩からの命令で様々な悪事を働いていた。


「ラスカル水野よ。ダーク・ヨーカイ団を離れ、何をしているかと思えば、オマエも堕《お》ちたものだな……」

「何を言う!? 確かに……あたしは任務をしくじり、団から逃げ出した。だけど……!」

「フン。聞くところによると、オマエはいまウォッシャブル金蔵の使い走りをやっているそうじゃないか。どうせ貴様《きさま》も、暴力アライグマ団の力が怖くて言いなりになっておるのではないか?」

「なぜ、それを知っている!?」

「フフフ。ダーク・ヨーカイ団の情報網《ネットワーク》を甘くみてもらっては困る。アライグマ水野よ。一度のあやまちは許《ゆる》そう。私の元に戻ってこい、そして共にクソ生意気なガキどもを倒すのだ!!」


 アライグマ水野は迷った。

 正直言って、今の職場はブラックすぎる。

 バックにいるのは黒岩の言う通り暴力アライグマ団だし、働いても働いても給料は上がらない。

 それにくらべて、ダーク・ヨーカイ団はオモチャの密売でけっこう稼《かせ》いでいるし、やりがいもある。

 なにより保障《ほしょう》のない妖怪たちにも、人間の手下と同じ給料をくれるのだ。


「さあ水野よ、戻ってこい!! ともに妖怪と人間が平等に暮らす新天地《しんてんち》を作るのだ!!」


 水野の心は揺《ゆ》れていた。

 そのときだった。


「水野さん! ダマされちゃ駄目《ダメ》よ! あれを見て!」


 ユイナが声を上げる。そしてダーク・ヨーカイ団の団員のひとりを指《ゆび》さした。

 その人物は、手の中にちいさなちゃいろい毛玉を握りしめていた。

 妖怪マメダヌキである。


「たすけて~~~~! ぼくなんにも悪いことしてないのに~~~~!!」


 マメダヌキは悲愴《ひそう》な顔つきでケンタたちに助けを求めていた。


「ダーク・ヨーカイ団が妖怪と人間の共存を目指してるなんてウソ! あいつら、アライグマの子どもを人質に取って、わたしたちが妖怪フレンズを召喚できないようにしてるのよ!!」

「なんですって、アライグマの子どもを!? なんて卑怯《ひきょう》なの!?」


 人質であるマメダヌキは叫《さけ》んだ。

 

「アライグマの子どもではないんですけどお~~~~~~!」


 四つ足で茶色い毛玉の種類を見分けるのはけっこう難関である。

 もちろん、気合を入れて観察すると違いがいろいろある。

 たとえば目のまわりの黒い模様が繋《つな》がってるのがアライグマ、繋がってないのがタヌキ。そしてしっぽがシマシマなのがアライグマで、シマシマじゃないのがタヌキである。

 ただ人間たちはこれらの特徴《とくちょう》をなかなか見分けることができず、どっちも似たようなもんではないかと思っているフシがある。


「何故だ! 黒岩、きさま……見損なったぞ! 人間と対等の雇用形態《こようけいたい》とかなんとか言いながら、なぜ妖怪にそのような仕打ちができるのだ!?」

「うるさい! 人間のガキどもは四神召喚《ししんしょうかん》とかしてくるのだぞ!? 人質くらいなんだ、手段を選んでおれんのだ!」


 そう言ってダーク・ヨーカイザーを構える。


「水野さん! これを使って!」


 賢太君がアライグマ水野に何かを投げた。

 受け取ると、それは、賢太のヨーカイザーであった。


「ケンタ……! こんな大事なもの!」

「僕達は人質を取られていて戦えない。でも同じ妖怪である水野さんなら、このピンチを切りぬけられるはず!」

「だけど……あたしはとっくの昔にダーク・ヨーカイ団を抜けていて、こんなあたしに応《こた》えてくれるフレンズなんて……!」


 そのとき、ポケデルから再び西古見博士の声が聞こえた。


「ヨーカイザーを、そして絆の力の信じるのじゃアライグマ水野よ! ヨーカイザーが結ぶ絆は、人と妖怪を繋ぐ特別なもの! 妖怪であるおまえがヨーカイザーを手に取るとき、ヨーカイザーは奇跡を起こすはずじゃ!!」


 水野はヨーカイザーを構える。

 コバンの発射口を向けたのは黒岩に向けてだが、その視線はつかまっているマメダヌキ――水野はアライグマの子どもだと思っている――を見ていた。


 ラスカル水野にも、あれくらい小さな子ども時代があった。


 ラスカル水野は幼い頃、大好きなおかあさんや兄弟たちと野山で暮らしていた。

 だが、ある日、おかあさんは人間に捕まって戻ってこなかった。

 そのうち兄弟たちとも離れ離れになり、ラスカル水野はひとりぼっちで人間の社会をさまようことになった。

 化《ば》け力《ぢから》を得て、人の姿を取れるようになっても、アライグマ水野はひとりぼっちだった。

 人間は、人間の文字も書けないし読めない水野のことを役立たずだと罵《ののし》った。

 おなかが減《へ》って食べ物を盗んだら、怖い人間たちに囲まれた。

 ルールを守れと責められたが、人間たちのルールなんて、アライグマにわかるはずがない。


 自分以外はだれのことも信じられなかった。


 幼い頃、訳もわからずにかんしゃくを起こし、泣いてばかりいた自分が、小さなマメダヌキの姿に重なってみえた。


「泣くんじゃないよ! あたしが今助けてあげるからね!」


 アライグマ水野の手の中で、ヨーカイザーが金色に輝きを放つ。

 空《から》のスロットに、虹色《にじいろ》に輝く不思議なコバンが現れた。


「ヨーカイザーに……コバンはもうセットされてるか。よし! レッツゴー、妖怪バトル! 3(スリー)、2(ツー)、1(ワン)、よーーーーかいっ」


 引き金を引いてコバンを発射する。

 周囲が虹色の輝きに包まれ、そしてその中から姿をあらわしたのは……。



「ンっ……? えっ、な、なにこれ……?」



 間抜けな声を上げて周囲をキョロキョロ見回しているのは、頭を赤とオレンジのツートンカラーに染め上げた、メガネのオタク青年であった。

 やつか町の迷惑《めいわく》ユーチューバー、ホリシンである。

 ホリシンはイスに座り、パソコンのモニターでアニメを見る体勢で、今まさにカップラーメンを啜《すす》ろうとしている姿であった。

 かなりくつろいでいる最中で、着ている服も半袖《はんそで》のTシャツに男性用トランクスだけというみっともない姿である。


「エッ!? なにこれ!! ちょっと、なんなんですかアンタたち!!!!」


 どうやら、ラスカル水野はヨーカイザーを使い、絆を結んだフレンズとして人間であるホリシンを召喚してしまったようである。

 ヨーカイザーは人間と妖怪の縁《えん》を結ぶものなので、誘拐事件という強力な縁で結ばれたホリシンが出てきても不思議ではないのだが……。


 ホリシンは周囲をぐるりと見回した。

 黒ずくめの男たち、コスプレした老人、ラスカル水野とケガをした小学生たち……。


 ホリシンはテーブルの上のスマートフォンを手に取って、掲《かか》げてみせた。


「とりあえず、警察呼びますからねーッ! 警察ーっ!」


 常識的な対応に、主にダーク・ヨーカイ団は悲鳴を上げて散り散りになった。


 その後、到着した警察官たちによって、人質に取られたマメダヌキや賢太君たちは保護された。

 もちろん賢太君やユイナは警察のおじさんたちとも仲良しで、すぐに解放されて家まで送り届けてもらうことができた。賢太くんたちはヨーカイザーがらみの事件で何度も警察とも協力してヨーカイ団をこらしめたことがあるからだ。


 いっぽう、ホリシンはもともと保護観察処分を受けていたのと、パンツ姿だったため、けっこう取り調べは長くかかった。しかし事情がわかるとけっこう同情され、ラスカル水野とともにやつか町に戻ることができたようだ。


 たすけられたマメダヌキは、その後、西古見さんちの飼いマメダヌキとして幸せに暮らしている。


 そして、警察に追われたダーク・ヨーカイ団のボス、黒岩亮次であるが……。



*



 黒岩亮次は本当の名前ではない。

 彼の名前は琵琶瀬春明《びわせはるあき》という。


 黒岩というのは、ダーク・ヨーカイ団のボスという立場を引き受けた際、偽名としてつけたものだ。

 彼は警察の追手をまくと、仮面やマントなどの変装道具を鞄《かばん》にしまい、尾行がついていないか気をつけながら自宅に戻った。

 築三十年の自宅はしんと静まり返り、あかりひとつついていない。


「ただいま……」


 そう声をかけたのは、まだこの家に家族がいた頃の習慣からである。


 彼は台所に行くと、床下収納に隠した四角い装置を取り出した。

 スマートフォンくらいの大きさで、モニターとボタンがついている。

 賢太が持っていたポケデルと似た装置だった。

 彼はボタンを押し、機械に電源が入ったのを見ると、誰もいないリビングで装置に向かって話しかけた。


「俺だ……聞こえているんだろ?」


 機械のむこうから「ふぉっふぉっふぉ」とのんきな笑い声がする。

 琵琶瀬はイライラした口調で怒鳴《どな》った。


「おい貴様、説明しろ。いったいどうなってるんだ? 今回のシナリオで俺はダーク・ヨーカイ団のボスを降板《こうばん》、ダーク・ヨーカイ団を解散させ、その後は元敵役という立場でケンタたちの活動のサポートに回《まわ》るハズじゃなかったのか? あれだとケンタたちの仲間になるのはまるでアライグマ水野のようじゃないか!」

「ようだ、ではない。その通りなのじゃよ、琵琶瀬君」

 

 モニターが明るくなる。そこに映し出されていたのは、西古見賢太の祖父であり、ヨーカイザーの生みの親、西古見博士であった。


「そのことなんじゃがな、琵琶瀬君。少々事情が変わったのじゃ。ダーク・ヨーカイ団解散は先延ばしにすることにした。琵琶瀬君には引き続きボス役を頼む」

「約束とちがう! 西古見、俺はもう、お前の狂《くる》ったオモチャ遊びには付き合えない。生活もあるし……この年齢になって警察の厄介《やっかい》になるなんてごめんだ!」

「ほっほっほ。しかしな、琵琶瀬君。警察の厄介とかいうなら、昔、きみが金に困って会社の資金を横領したとき、刑務所に行かずに済《す》むよう話をつけてやったのは誰じゃろうなあ」

「そ、それは……」


 琵琶瀬は顔を真っ青にして黙り込んだ。

 当時、確かに琵琶瀬は資金繰りに困り果てていた。

 彼の生家はもともと小さなオモチャ工場を営《いとな》んでいた。

 食玩《しょくがん》のような小振りなプラスチックの玩具《がんぐ》を製造する会社だったが、いまの時代に地方の小さな工場が生き残れるはずがなく、父親の代で商売を畳《たた》むことになった。

 そこまではまだよかったのだが、折悪《おりあ》しく母親が若年性《じゃくねんせい》の認知症《にんちしょう》になり、介護が必要な体になってしまったのだった。

 借金もまだ残っている状態での介護生活である。

 生活を苦《く》にした父親は失踪《しっそう》し、頼りになるのは自分ひとりであった。


「なあ琵琶瀬、おまえのお母さんが最後、専門の施設で安らかに息を引き取れたのは、だれのおかげじゃったのか、それを忘れたわけではあるまい。ダーク・ヨーカイ団のボスの立場も、悪いことだけではなかろう? ヨーカイザーの密売やその他もろもろで儲《もう》けた金を何に使うかは、すべてお前に任せてやってるではないか。だからこそ、おまえの孫が東京で私立の小学校に通《かよ》えとるんじゃろうと、わしはそう思っておったのだがな……」

「それはそうだ。だ、だが、西古見……」

「そうじゃ!」


 琵琶瀬の言葉をさえぎり、西古見博士は楽しげな声を上げる。


「名案を思いついたぞい、琵琶瀬君。出ていったおまえの娘さんと孫をこっちに呼び寄せて、賢太と同じ学校に通わせるというのはどうじゃろう。ダーク・ヨーカイ団のボスの孫が転入してくるなんて、波乱《はらん》の新学期の幕開けじゃ。ワクワクするのう!」

「なにを言ってるんだ……?」

「まあ、箸《はし》の上げ下げひとつで叩かれて表に放り出されるような育て方をされたお前さんの娘は、こっちに戻ってくるのを嫌《いや》がるじゃろうが……。それもシナリオ次第《しだい》というものじゃろう。絆の力で最後は丸くおさまるというものじゃ。さて、そうと決まれば、特別な専用ヨーカイザーの設計図を書かねばならんな!」

「やめろ、西古見! 俺だけならともかく孫まで巻き込まないでくれ!」


 琵琶瀬は力いっぱいに叫《さけ》んだ。

 ヨーカイザーに血縁の者までもが巻き込まれると聞いて、頭の中が真っ白になる。

 思い返してみると窮地《きゅうち》に立たされたとき、西古見博士を頼ったのがすべての運のつきであった。

 西古見博士は琵琶瀬の弱みを握り、ヨーカイザーいう物語の駒《こま》として扱いはじめた。

 琵琶瀬はダーク・ヨーカイザー団のボスであるが、その設定を作ったのも、ダーク・ヨーカイザーの設計図を書いたのも、悪事を働くよう命じているのも、《《すべては西古見博士なのである》》。

 もちろんはじめはごっこ遊びの域《いき》を出ないものだった。

 しかしヨーカイザーはいつの間にか子どもたちを通して町全体に広がりはじめ、いまや、警察や怪異退治組合は本気でダーク・ヨーカイ団などというふざけた悪の組織が暗躍《あんやく》していると思い込んでいる。


「どうしてなんだ、西古見。これは復讐《ふくしゅう》なのか……? おれが、子どもの頃、お前をいじめていたからか……?」


 西古見博士とは同級生という関係だった。

 西古見家はこのあたりでは名の知れた地主《じぬし》の家柄《いえがら》であったが、博士《ひろし》は勉強好きで内向的な性格だった。

 反対に腕っぷしが強く、ガキ大将として鳴らしていた琵琶瀬は、よくそんな博士にちょっかいをかけていたのだった。

 親からは口うるさくやめろと言われていたが、それがよけいに子どもの勘《カン》に障《さわ》り、体の小さな博士を抱《かか》えてこえだめに落としたこともあった。

 琵琶瀬の問いかけに、西古見博士はほがらかな好々爺《こうこうや》、というふうに微笑《ほほえ》んだ。


「そんなこともあったなあ、琵琶瀬君。なつかしい思い出じゃ。なあに、わしは今も、琵琶瀬君のことはいい友達じゃったと思っとるぞ」


 それは心からの言葉だった。

 目があったからといって殴《なぐ》られ、蹴《け》られ、こえだめに落とされる……という不愉快そのものの記憶をはっきりと覚えていながらも、西古見博士は琵琶瀬春明のことを《《友》》と呼んでいるのである。


「ただな、琵琶瀬君。わしらの時代は遊ぶオモチャも限られておったし、友情や絆の力というのも、いまほど洗練《せんれん》されておらんかったとは思わんかね。もしもわしらが子どもの頃、ヨーカイザーのようなオモチャがあったとしたら、わしらはもっと別の形で友情を育《はぐく》んでおったと思うのじゃ……」


 琵琶瀬は心の底からぞっとした。

 西古見博士が話しているのは、それはただの玩具の話である。

 玩具を売るために、メーカーや各メディアが作り出した架空《かくう》の物語でしかない。

 しかし、そのことを西古見博士は理解していない。

 いや、理解はしているかもしれない。

 だが彼に受け継がれた陰陽家《おんみょうか》の血と能力は、空想の物語を現実にすることができる。

 そして、西古見博士は、アイデアを現実にすることになんら、ためらいというものがないのだった。


「ではまた連絡する。ちょっと事情があってな、琵琶瀬君。悪いんじゃが、次にこっちから声をかけるまで、ワシには連絡せんでくれ。約束を破ったら……わかっとるじゃろうな?」


 通信は一方的に切断された。

 沈黙したポケデルを前に、琵琶瀬は呆然《ぼうぜん》としていた。

 しばらくして、誰もいないリビングに押し殺した苦悶《くもん》の声が漏れ出る。


「ど……どうして……いったい……」


 いったいどうしてこんなことになってしまったのか……。

 しかし、ひとりぼっちの家に答える声はない。

 解決策も見当たらない。


 過去の人生のどこにも解決のよすがを見いだせないまま、このままであれば、自分の娘や孫までもがヨーカイザーに取り込まれていくことになるだろう。

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