↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
90/107

第98話 知床のメンター


 昼食から帰ってくると、事務所の前で体育座りをして煙草《たばこ》を吸っているおじさんがいた。


 煙草の煙《けむり》だけ食べて生きてそうな色素の薄いおじさんだ。

 おじさん、おじさんと言っているが、本当におじさんなのかどうかは判然としない。だいたい三十代後半くらいではないかな、という雰囲気だ。


「お待たせしてすみません、いま、カギを開けますね!」


 相模《さがみ》くんは慌ててポケットからカギを取り出した。

 怪異退治組合やつか支部は現在、昼休憩中である。

 日頃は誰かしら事務所に残るように休憩時間をずらすのだが、今日はアルバイトの賀田《かた》さんがお休みで事務所に相模くんがひとりきりの日で、入口には『休憩中です』の看板がかけられていた。


「あ~、いいよいいよ、ゆっくりで……俺も組合の人間だから。ハイこれ名刺《めいし》」


 おじさんはノンビリとした口調で言ってヤッケのポケットからくしゃくしゃになった名刺を取り出した。

 渡された名刺には『怪異退治組合知床(しれとこ)支部 狩人 皆月夕《みなづきゆう》』と書かれている。


「知床支部……って、もしかして、ワイヤレスイヤフォンさんの!?」

「ワイヤレスイヤフォン……さん?」


 皆月おじさんはぼんやり空を見上げ、記憶をたどっている。


 夏の終わりごろ、魔女の諫早《いさはや》さくらが付喪神化したワイヤレスイヤフォンをやつか支部の組合事務所に持ち込んだことがあった。

 ワイヤレスイヤフォンという本来は命をもたない無機物に魂《たましい》を吹き込んだのが、知床支部所属の狩人だった。


 それが皆月夕なのである。



*



 一見すると、皆月おじさんは人畜無害《じんちくむがい》そうなおじさんに見える。手足は痩《や》せて細く、スラックスとシャツの上にワークメンで買った一枚千円のヤッケを着ている。体育会系の暑苦しい面子《めんつ》が多い組合の狩人の中では爽《さわ》やかなほうだろう。


 ただし彼もまた、まぎれもなく組合所属狩人のひとりであり、その狩人免許にはほかの狩人にはない特記事項《とっきじこう》までついている。

 「霊能力:甲《こう》」というものだ。

 これは資格保有者が《《霊能力》》を有している証明だった。

 しかも甲種は乙種と違い、見えるだけでなく何らかの働きかけが可能な、要するに除霊や浄霊が可能な狩人のみが取得できるものだった。

 現在の怪異退治組合で甲種を取得しているのは的矢樹《まとやいつき》と皆月夕の二名だけと聞き、相模君は業界の常識というものがわからないなりに感心してしまった。


 相模君の後から事務所に戻ってきた七尾支部長は、事務所の待合《まちあい》スペースでくつろぐ皆月夕の姿をみつけ、シンプルにびっくりしていた。


「ご無沙汰しております、七尾支部長」

「誰かと思ったら皆月君か! よくこっちに出てこれたねえ……」

「はい、《いつの間にか増えてる鍵《かぎ》》の後始末《あとしまつ》で呼ばれたんです」

「あれか。やっぱり担当支部だけじゃ始末がつかなかったかい」


 ふたりは顔見知りらしく、にこやかに世間話をはじめる。

 いつの間にか増えている鍵も、やつか支部が協力した案件である。


「久しぶりにしんどい案件ですよ。もともとの被害者だけでなく、どうも他にもう四、五人は食《く》ってそうな気配です」

「ありゃ。じゃあ除霊かな」

「遺族会の意見がまとまりそうにないですね。ほかに被害を出しちゃった以上、もう加害者なんですけど、ま、そうは思えないでしょうしねえ……」

「浄霊でごねられたらどうするの」

「民間にお願いするか、封印でまた塩漬けか。たぶん自分はこのまま北海道にとんぼ帰りでしょう。旅費がもったいないったら」

「楽《らく》させてもらいなさいよ。貴重な甲種なんだから」

「ええまあ。こっちは言われたことをやるだけですよ」

「今日はなんでやつかに?」

「的矢に会いに来たんですよ。盆とハロウィンで無理してないかなあと思いまして」

「おっ、それは助かる。悪いね、わざわざ。あいつ、まだ何体か霊をつけたまま保留にさせてるんだよ。お祓《はら》いしてやってくれ」


 相模君はお茶にお茶菓子を添《そ》えて出した。


「皆月さんは東京にもいらっしゃったんですね」

「ちょっとの間だけだけどね。一応、東京本部時代はあいつのメンターだったんですよ」


 意外なことに、組合にもメンター制度などという先進的な取り組みがあったようだ。

 相模君は入ってこの方、そうした制度があるとは一度も耳にしたことがないので、もしかすると東京本部だけの制度なのかもしれない。


「結局、的矢が来てすぐ俺が異動することになったから、先輩狩人らしいことは何もできなかったんだよね。霊能力持ちっていろいろ難しい面があるから、もっとサポートできたらよかったんだけど……」


 皆月はそう言って、申し訳なさそうに後頭部を掻《か》いていた。

 出張がてら後輩の様子を見に来てくれるなんて親切でもある。


「あの~お祓いって、どんな感じでやるんですか。場所とかお道具とか、準備したほうがいいですか?」


 相模君が訊《たず》ねると、皆月はにこにこしながら「お構《かま》いなく」とだけ答える。

 お構いなくと言われても、と相模くんが戸惑っているところに、当の的矢樹も出先からちょうど帰ってきた。


 的矢樹は皆月おじさんの姿を見るなり、大袈裟《おおげさ》にのけぞって驚いていた。


「あれっ! うわ~っ! ほんものの皆月さんだ。知床からよく出て来れましたね~!」

「お帰り~。後ろのやつ、お祓いに来てあげたよ~」

「あ、ほんとですか。助かります、さっそくお願いしま~す」


 的矢樹は軽い口調で言って、その場でしゃがんで背中を見せた。


「は~い」


 その背中を、皆月おじさんが両手でポンと叩く。


「はい、終わったよ~!」


 一部始終を見守っていた相模くんはさすがに声を上げた。


「ええっ! それだけ!?」


 相模くんに見えていたのはおじさんとおじさん予備軍のふたりが楽しげに遊んでいた姿だ。お祓いといったら、白いビラビラのついた棒を振ったりお経《きょう》を唱《とな》えたりと、複雑で難しい手順があると思っていた相模くんは戸惑いを隠せないでいた。


「ウン。俺の場合はこれだけ~」

「すごい! 的矢さんでもおじいさんの錫杖がいるのに……」

「感心してくれているところ悪いけど、俺の力はそれほど凄いものじゃないんだよ。強いのは強いらしいけど……霊視の力を含め、的矢みたいに生まれつきじゃなくて、偶然身につけた授《さず》かりものだからね」

「そうなんですか?」


 皆月夕はうなずいて、遠い目つきになる。


「あれは6歳のときのことだった……」


 相模くんは軽く前のめりになって話に集中した。

 皆月夕は組合でも一、二を争う霊能力持ちだ。

 さぞかし凄《すさ》まじいエピソードが語られるに違いない。


「当時、俺は体が弱くてね。療養《りょうよう》がてら田舎《いなか》の祖父母宅に預《あず》けられていたんだ。娯楽も何もないところだから、子どもには退屈でさ。ひとりぼっちで神社の境内《けいだい》でヒマをつぶす毎日だった。でも、そのうちに遊び相手ができたんだ。それが、当時でも珍しいおかっぱ頭で、きれいな着物を着た女の子でさ……」

「ちょっとすみません」


 相模くんは滑《なめ》らかな語り口調の途中でストップを入れた。


「違ってたら申し訳ないんですけど……。その話、着物姿の不思議な女の子は実はその神社に祀られている神様で、高熱を出した皆月さんを助けるために力を貸してくれて、霊能力に目覚めたとかいうオチだったりしませんか?」

「ん~、惜しい! 過疎化で祖父母が村を離れることになって、神社も取り壊されることになったんだよね。んで、最後の夏祭りの夜、離れ離れになってもずっと一緒だよって約束したら、気がついたら霊感持ちになってたの」

「そっちのパターンだったか……!」


 相模くんがちらりと横を見ると的矢は明らかに「退屈《たいくつ》そうな」顔をしていた。


「的矢さん、知ってましたね」


 的矢樹は頷《うなず》いた。

 言葉少なでも、相模くんの言いたいことを完璧に理解している顔である。


「東京本部でも有名なんです。皆月さんは持ってるエピソード全部《《つまらない》》って……」


 支部長など、とっくの昔に断《ことわ》りもなく事務室の奥に引っ込んで仕事の電話をかけている。

 皆月おじさんは悲しげな表情を浮かべていた。


「ひどいなあ、別にウソをついてるわけじゃないし、全部本当のことなのに……」


 聞きたがった手前、相模くんは少し申し訳ない気持ちになる。

 でも、先ほどの話のつまらなさは相当のものだった。

 人が特別な才能に目覚める過程《かてい》で、あれほど取ってつけたようなどこかで聞いたような話が語られるとは夢にも思わなかったのだ。


「こう言っちゃなんですけど、話のレベルが、売れないライトノベルのつまらない設定みたいなんですよね」

「相模くんは優しいなあ。僕は一次選考落ちレベルだと思いましたよ。でも、皆月さんの本気はこんなもんじゃないから。ためしに《パチスロで勝つ秘訣《ひけつ》》について聞いてみるといいですよ」

「そんな、本人の目の前で……失礼ですよ」

「いいからいいから」


 相模君は的矢樹に言われるがまま質問を鸚鵡《おうむ》返しにする。


「では、すみません。皆月さん、パチスロで勝つ秘訣について教えてください」

「パチスロで勝つ秘訣は……それはずばり」


 皆月夕はとっておきの話をするときのように、タメにタメた。

 そして無駄にキリッとした顔つきで解答を披露《ひろう》した。


「早起きだね」


 相模君は思わずつばを飲み込んだ。


「……それは、早起きをしたら、いい席が取れる的なやつですか」

「え? うーん、そこまでは考えてなかったなァ。なんとなくそんな気がするってだけで……」

「パチスロお好きなんですね」

「ウン。俺の給料はだいたい毎月それに消えてるよ。あとは競馬かな。そっちはアプリゲームの影響ではじめたんだよね」


 給料を全部ギャンブルにつぎこんで、それか……と相模君はむしょうにつらい気持ちになる。

 人気ゲームの影響で競馬に手を出す流れも、なんとも言えずつまらない。


「人生で大切にするべきことってなんでしょうか?」

「やっぱり、努力かな?」

「人生でいちばんショックだった出来事って?」

「この間、スマホ落っことして画面が割れちゃった」


 落としたスマホを見せてもらったが、画面が読み取れないほどに砕《くだ》け散《ち》っているでもなく、端っこにちょっとヒビが入っているくらいである。

 話だけでなく、割れ方までおもしろくない。

 そもそも、スマホを落として画面を割ったことが一番ショックな出来事になるという人生はどうなのだろう。


「ごく普通の人の普通の会話でも、もう少し面白味《おもしろみ》があるのに……」


 最近面白いことがなくて、という前振《まえふ》りから繰り出される『昨日見たテレビの話』でももう少しおもしろいだろう。


「的矢さん、あの方は、霊感と引き換えにトーク力を失ったんですかね?」

「皆月さんの場合、皆月さんを守護している存在が強すぎるので、そのへんの悪意のある霊は近づけないし、取り立てて不幸も起きないから、人生に起伏《きふく》がないんだと思います」


 同じく霊感持ちの的矢樹の解説は、霊感持ちでない相模君には本当かどうか確かめられない性質のものであったが、なんとなく説得力がある。

 ただ、話がつまらなくても力はホンモノだ。

 皆月おじさんが六歳の頃にかわした約束はいまだに有効で、彼は的矢樹と同じくらい様々なものを見、触れるだけで除霊や浄霊を行うことができる人物として組合では重宝《ちょうほう》がられている。


「除霊にしろ浄霊にしろ、霊関係の正式な案件だと、俺たちはまず《説諭《せつゆ》》っていうのをやるんですけど……まあ、つまり、幽霊相手にやる説得ですね。皆月さんはあの通り話が薄く、しかも力は強いから、つまんない話で除霊される幽霊が出ちゃって、見ててかわいそうになりますよ」

「組合にはちゃんとした霊能力者の方っていないんですか……?」

「俺と違っていろんな研修を受けてるので、ちゃんとしてはいるんですよ。ただ天から授《さず》けられた才能のほうがでかいってだけで……」

「なんか、ちょっと拍子抜《ひょうしぬ》けしました……」


 こうして、皆月おじさんは事務所の面々へのあいさつもそこそこに、知床支部へと帰って行った。

 七尾支部長は皆月おじさんをまじえての懇親会を提案したが、スケジュールが立て込んでいるようだ。断りを入れる皆月おじさんを見て、相模君は少しほっとしていた。


 もしも飲み会であのつまらない話を延々と聞かされたら気が狂っていたかもしれない……。


「的矢、茜《あかね》ちゃんをガッカリさせるようなことだけはするなよ」


 おじさんは見送りも断《ことわ》り、的矢樹を名指しでそれだけ言うと、夕暮れの中をやつか駅に向けて去って行ったのだった。


 皆月おじさんの姿がすっかり遠くになってしまうと、七尾支部長は「さて」と切り出した。


「相模君、悪いんだが、いますぐ事務所に置いてる金目《かねめ》のものがちゃんと揃《そろ》ってるかチェックしておいてくれ。個人のものか事務所のものか関わらず、な」

「え? なんでですか?」


 その疑問については、的矢樹が答えた。

 めずらしく沈痛な面持ちである。


「皆月おじさんは……昔、東京本部事務所に置いてあった募金箱のお金に手をつけて、それで知床支部に飛ばされたんです」

「えっ。それ、犯罪じゃないですか?」

「金額が少額だったのと、やっぱり甲種を持ってる霊能力者を手放せなかったみたいで。次やったら網走《あばしり》、その次は海外に左遷《させん》ってことで水に流したらしいですよ」


 どうりで、皆月夕の姿を目にしたとき、七尾支部長や的矢が驚いていたわけである。

 見た目はただの穏《おだ》やかそうなおじさんなのに……。

 周囲を一番ガッカリさせているのはおじさんなのだった。


 この一件があってから、相模くんは的矢樹の評価をけっこう上げたとのことである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。