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第74話 呪いのVRゴーグル(上)


 イカちゃんがインクをパチャパチャするゲームで楽しく遊んでから数日後。

 あまりのおもしろさに熱狂的にのめりこんだあの日々は、いつもの日常に埋没しつつあった。

 宿毛湊(すくもみなと)もしばらくは熱心にコントローラーを握っていたが、やがて仕事終わりのジャイロ操作が(こた)えるようになり、いつの間にか電源ボタンに指が伸びなくなっていた。

 そのうち、テレビの前に陣取っているゲーム機本体が邪魔くさくなって押し入れの中に片付けてしまう日も近そうだ……などと考えていたそんなある日の早朝、彼は往来から聞こえてきた悲鳴で飛び起きることとなった。

 通勤・通学の時間帯になると多少は騒がしいが、それとは本質的に違う悲鳴だった。しばらくすると表に住宅街の住人たちが集まって来たのか、人々のざわめきが聞こえだした。

 前日は夜を徹しての仕事で、全身が「眠たい」と叫んでいたが、ここで無視を決め込むのもばつが悪いだろう。

 ジャージ姿のままサンダルを引っかけて表に出た。


「あっ! 宿毛さん、いいところに!」


 いち早く宿毛湊の姿を発見し、泣きそうな顔で手招いた中年男性はよくよく見るとアパート海風の管理人であった。


「管理人さん、ご無沙汰してます。どうされたんですか」

「いやもう、どうもこうも――――あれ見て、あれ!」


 管理人は青い顔で指をさす。

 住人たちの人垣のむこうに、信じられない光景があった。


「どけどけどけーっ! さくら様のお通りよっ! 私は最強なのよーっ!」


 そう叫びながら手持ちのブキからインクを射出している女がいるではないか。

 それは誰あろう、本人が申告しているとおりアパート海風の住人であり魔女、諫早(いさはや)さくらであった。

 彼女は頭に大きなヘッドマウントディスプレイを装着し、巨大なタンクを装着したガトリングガンのようなものを装備している。

 ガトリングガンからは、勢いよく黄色のインクが射出され、瞬く間に往来を塗りつくしていく。アスファルトも、壁も、電信柱も、植木や外飼いの犬も、みんな鮮やかな黄色にまみれている。


「はははははーっ!!」


 さくらは爆笑しながら逃げる住人たちを追い回していた。


「なっ…………!」


 それなりに狩人経験の長い宿毛湊ですら、驚愕の表情のまま数秒かたまってしまったくらいには異常な光景であった。


「………………」


 宿毛湊は黙りこんだまま、懐からポイントカードを取り出した。

 そして残りのポイントを確認し眉をしかめた。





 通報があってすぐ、怪異退治組合やつか支部から、的矢樹(まとやいつき)相模(さがみ)くんがやってきた。的矢樹は、かたわらに、オレンジと緑のパンプキン柄に髪を染めた若者を(ともな)っている。

 誰かとおもえば、やつか町在住のユーチューバー、ホリシンである。


「役に立ちそうな有識者を連れてきました」

「連絡もなくマンションに乗り込んでくるのはやめてくださいって言ったのに~!」


 ホリシンは半泣きである。彼はかつて起こした事件のために処分を食らい、自宅の合鍵を警察に握られているのである。

 そのかたわらで、相模くんが心配そうに訊ねる。


「さくらさん、いったいどうしちゃったんですか? これ、イカちゃんがインクをパチャパチャするゲームに出てくるブキですよね……」


 現在、さくらは宿毛が重ねがけした魔法によって、往来に釘付けになっている。

 とはいえ完全に動きを止めることはできず、ゆーーーーっくりと動いている状態だ。


「俺にもよくわからない。ただ、何か異常なことが起きているのは確かだ」


 さくらは折に触れてとんでもないことをしでかすが、置き配無限吸収呪文事件以降は近隣住民に迷惑をかけよう、と思って何かしでかしたことはないのだった。こっそりやっていたことが結果として迷惑をかけたことは何度もあるが、迷惑をかけるという目的のためにやっていたわけじゃない。


「何か意見をもらえませんか、堀江さん」

「あのですね、いくら魔法工学の専門家だからといって、そっち系の技術はなんでもわかるってワケでもないんですからね……」


 ホリシンは眼鏡を指でクイっと上げたあと、恨みがましい目つきでさくらに近づく。そして彼女が装着しているヘッドマウントディスプレイを見て、たちまち目を丸くして青い顔になり叫んだ。


「こっ…………これは! 大村先輩のVRゴーグルだっ!」


 大村先輩とはホリシンの魔法工学部時代の先輩で、かの()まわしい呪いのゲーム『トロピカン・サマーアイランド』の製作者である。生前、彼が製作した完全没入型ゲームは、仮想現実空間の中で的矢樹を三百回くらい殺すという圧倒的な実績を誇っている。


「おっ、余罪が出て来ましたね~」と的矢が嬉しそうに言う。

「フラグ立てが上手でしたね」とあきれ顔の相模くんが続けた。


 宿毛湊としては、ますます頭が痛い。

 知っての通りVRゴーグルは使用するとゲームや映像作品などを立体視することができる装置だ。

 しかし大村先輩が製作したVRゴーグルは市販されているものとは一味違っていた。


「あれは学生時代、研究費の金策に困った大村先輩がフリマアプリで販売した全てのゲームで使えて、装着するだけでゲームを現実にすることができる魔法のVRゴーグルなんです……!」

「ゲームを現実にすることができる……!?」


 一同は驚いた。あたかも現実のようなゲームで遊ぶことはすべてのゲーマーの夢である。それが本当なら大村先輩はアイランド三部作で大失敗するまでもなく、ゲーム業界に旋風を巻き起こし、業界のレジェンドとして一生安泰に暮らしていくことが約束されていたことだろう。


「なるほど、そのVRゴーグルの力でさくらが『イカちゃんがインクをパチャパチャするゲーム』のブキを持っているのか」

「ええ、本人は『イカちゃんがインクをパチャパチャするゲーム』をプレイしているつもりなんです」


 ホリシンの返答に、全員、思わず首をひねった。


「…………あの、何か……何がとは言えませんが、ちょっとだけ違うような気がしませんか?」


 相模くんは言いにくそうな口調で指摘した。

 ホリシンも辛そうな顔つきでうなずいている。


「はい。ゴーグルには『イカちゃんがインクをパチャパチャするゲーム』が映ってるはずで、本人はあくまでもそれをプレイしている認識です。それでいてゲーム内の武器とか内容が中途半端に現実に反映されてしまうんですが……」

「つまり本人はブキを手にして住宅街をインク塗れにしている自覚はないんだな?」


 宿毛湊はうんざりした顔つきだ。

 大村先輩(故)がなぜ業界に旋風を巻き起こせなかったのか、それはもはや明白であった。みんなが求めているものは『あたかも現実のように感じられるゲーム』もしくは『現実世界でゲームを遊ぶような体験ができる』かのどちらかであって『ゲームを遊んでいたと思ったら、いつの間にか中途半端に現実に反映されていた』ではない。


「結局開発がうまくいかず大村先輩は資金を回収するためにゴーグルをフリマアプリで売却したんです。一応、万能VRゴーグルとしては使えるので」

「それはマズいだろう」

「もちろん魔術連盟からは厳重注意を受けましたよ。でもそのときには売却済で誰が買ったのかもわからず、ゴーグルは行方不明に……。こんなところで再会できるなんて……」


 ホリシンは涙ぐんでいるが、全体的にとんでもない話であった。


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