第71話 コンサート
怪異退治組合やつか支部の頼れる事務員である相模くんは難しい顔をしていた。
原因は、とつぜん七尾支部長から振られた仕事であった。
「えっ。怪異をなくすイベントの企画……ですか……?」
いま、やつか支部には市役所からの厄介な案件が舞い込んでいた。
相模くんの手には『大規模駆除を伴う霊的健全化及び地域振興の提案』と書かれた分厚い資料がある。
七尾支部長はもっと難しい顔で、お気に入りの扇子をパタパタしていた。今日の歌は『秋の田のかりほの庵の苫を荒みわがころも手は露に濡れつつ』だ。
「なんでも海水浴場の客が減少して、観光事業の実入りが減って困ってるんだとさ。それが怪異が多いせいだっていうわけだ」
「えーっ。やつか海水浴場が人気ないのは、怪異のせいじゃありませんよ」
やつか支部でもバーベキューなどの催しで親しんでいるやつか海水浴場だが、地元で近いという利便性を除けば、ほかの海水浴場とくらべて楽しい場所ではない。
砂浜は人工だし、怪異の海なので海の生物もいない。
訪れた海水浴客を留めておけるような、ほかの観光施設やレクリエーションがないのも難点であった。
「怪異のせいじゃないことはみんなわかっているが、これは新市長の意向でな……」
七尾支部長は難しい顔で、長いため息を吐いた。
新市長は『やつか町から怪異を減らす』ことを公約に掲げていた。
それもかなり極端な物の考えの持ち主で、妖怪はのきなみ追い払い、幽霊は除霊し、怪異は見つけしだい封印せよというのである。
「それって、いま話題の反怪異団体とは違うんですよね?」
「むしろ真反対の考え方だねえ。反怪異団体のやつらは怪異の存在そのものを認めないトンデモ陰謀集団だけど、市長は怪異の存在そのものは肯定し、そのうえで積極的に排除せよと言ってるんだ。……というか、まあ、どっちかっつーと、世間の主流は新市長のほうなんだけどさ」
「えっ、そうなんですか」
「そうだよ。俺たちゃなにしろ怪異退治組合でしょ。怪異や妖怪を退治するのが本来の仕事なわけよ」
「じゃあ、豆狸や小さなおじさんや天狗やアライグマやカッパや、この間来たワイヤレスイヤフォンさんも?」
「ぜーんぶ退治封印せよというのが新市長の意向だ。組合の東京本部もそれを支持する方向性だな」
「えーっ」
相模くんは「信じられない」という顔で、思わず声を上げてしまった。
大学を卒業するまで怪異業界とは関わりのなかった彼は、怪異がすぐそばに暮らしているやつか町の環境や、七尾支部長のやり方が当たり前なのだと思いこんでいたのだ。
「じゃあ、マメタやおじさんも……本当なら駆除しないといけないってことですか」
「まあそうだろうな。だがしかし、あんまり上手いやり方とは思えんね。怪異や妖怪はそこらへんの生物の何倍もの速さで環境に適応して進化する。現実に、銃社会の現代アメリカは積極的駆除政策のおかげでアッという間に人外魔境になっちまった。その点、やつか支部は共存共栄路線で、危険な怪異や事故の発生率は下がってる。そういうハッキリしたデータも東京本部にも示してるハズなんだけどねえ……」
支部長はなにやら遠い目つきをしている。
七尾支部長が怪異との共存派であることは、相模くんも知っての通りだ。
支部長はこれまでも市長が何かしらの無茶を通そうとするたび、ひそかに地域の人々と連携して防いでいたのだが、度重なる妨害に業を煮やした市長が立ち上げたのが『大規模駆除を伴う霊的健全化及び地域振興の提案』――『怪異をなくして観光事業を盛り上げるために何かイベントを行え』――とかいうはちゃめちゃな企画であった。なんら具体性のない企画は市役所でも持て余されたらしく、まわりまわって彼らは怪異退治組合を頼ってきた。
そして。
「というわけで、相模くん。何か適当なの考えておいてくれる?」
……ということになったのである。
「適当って言っても……。経験豊富なみなさんでも怪異を無くすことができていないのに、しろうと考えでなんとかなるわけないと思うんですけど」
「いーのいーの、実績なんか出せなくても。むしろ出ないほうがいい。適当に会場借りて、講演会かなんかやっとけばいいから」
「はあ……」
それから、相模くんの悩ましい日々が始まった。
適当にすればいいと支部長は言ったが、自分のアパートに帰れば腹を出して寝てる小さなおじさんがいて、事務所ではマメタの愛らしい姿に癒される毎日を送っている彼には、新市長の方針に手放しで賛成することはできない。
もちろん、これまで危険な怪異もいくつか見てきた。
対処が難しい強大な怪異や、やっかいな呪文や、元カノの生霊とかだ。
それでも怖いことや不安なことが『無い方がいい』と思うのと、『存在すら認めない』というのでは天と地ほども違う。不思議なことが何一つ起きない世界は、あまりにも窮屈そうだ。
「…………よし、決めた! 自分なりにやってみよう」
その夜。
小さなおじさんの晩酌につきあって缶ビールを開けながら相模くんは決意した。
*
通常業務をこなしつつ、必死に勉強し、周囲の協力もありつつ、相模くんは水面下で計画を進めていた。
そして、ほのかに秋の気配が漂いはじめる頃、計画はみごとに結実した。
ななほし町にあるショッピングセンターには音楽ホールが併設されている。
その大ホールの前に、『第一回やつか町音楽祭』の立て看板が掲げられていた。
貼り出されたプログラムによると、午前中はやつか町やななほし町の中学と高校の吹奏楽部の演奏会、午後からは若い女性歌手を招待してのコンサートが開かれる予定である。
受付には、マメタを連れた宿毛湊の姿もあった。
今日のマメタはいつもと一味ちがう。
相模くんお手製の燕尾服と蝶ネクタイをつけたおすまし姿である。
マメタは相模くんにぺこりと頭を下げた。
「きょうはおまねきいただきありがとうございました!」
「俺まで招待してもらって有り難うございます、相模さん」
マメタの隣で宿毛湊まで頭を下げたので、相模くんは恐縮しきりである。
「いやっ、ぜんぜん、これは僕の手柄じゃないですから……!」
謙遜する相模くんの隣から、『怪異退治組合やつか支部』の腕章をつけた的矢樹が口を挟む。
「そんなことないよ~、相模くんのプレゼンが大成功したから開催できたイベントでしょ? それに開催にこぎつけるまで市役所の人と交渉したり、出演者を探したり、連日残業続きで大変だったんですから。ここは思いっきり褒めてあげてください、先輩!」
「よく頑張りましたね、もの凄く偉いと思います」
会場は音楽祭に招待された人々でにぎわっている。
その合間に、豆狸の姿がちょろちょろしている。相模くんも、今日はおじさんといっしょだ。
この音楽祭は、普通の音楽祭とは異なる。会場にいる半分は人だが、もう半分は現代妖怪や怪異なのだ。
招待を受けたのは、やつか町で人ともに暮らす豆狸たちや、いつも人に化けて町で生活している天狗や狐などの怪異たち、それに魔女や魔法使いである。
「諫早さくらも午後から来ると言ってましたよ。それにしても、『怪異を減らすイベント』なのに、怪異を招待した音楽祭をするなんて案がよく通りましたね」
「宿毛さんが貸してくれた本を参考にしたんです。昔の話で、歌が怪異を退治したっていうお話が載っているのを見たんです」
確かに彼の言う通り、伝承、説話、古典文学の世界には、歌の力によって鬼神や山姥や狐を退治してみせた、というものが多くある。
「それならコンサートを開くのはどうかなって、市役所の方に提案させていただいたんです。どうせホールを借りるならって地元の吹奏楽部も呼ぶことになって、結果として音楽祭を開くことになったんです。あっ、でも、マメタくんをやつか町から追い出したいわけじゃないんだよ」
「マメタ、おうただいすき! たいこもふえもだいすきだよ!」
マメタは初めてのコンサートに瞳をキラキラ輝かせている。
やつか町に怪異は多いけれど、怪異が入場できるコンサートはこれまでなかった。
はじめてのお呼ばれを、マメタは待ちきれないほど楽しみにしていたのだった。
「これは市長さんには内緒の話ですけど、講演会を開いても、べつに怪異がなくなるわけじゃないですし。それならマメタくんたちが一緒に楽しめるようなイベントをしたかったんですよね。まあ、お話の歌は和歌なんですけど」
「生きとし生けるもの、いずれか歌を詠まざりける。力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあわれと思わせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり……ですね。怪異は和歌に感応するようですが、音楽も好きですよ」
古典の世界には芸術の力によって怪異を退けたという話も多いが、鬼神やムジナや、その他いろいろな怪異が和歌や楽器の演奏を楽しんだという逸話も多い。
なんなら、そっちのほうが多いくらいだった。
「今回は人に友好的な招待客だけですけど、もし次があるなら怪異専用の一般席も作りたいですね」
相模くんはそう言って、彼なりに熱く未来への希望を語る。
的矢樹はそんな相模くんをニヤニヤしながら見つめていた。
「相模くんもすっかり共存派の一員だね~。支部長が言ったかもしれないけど、共存派は茨の道だよ」
「でも、的矢さんも共存派なんですよね?」
「俺は宿毛先輩が好きなものが好きなだけだから」
「うわっ、最悪の他人任せじゃないですか。じゃあ、宿毛さんは……」
宿毛湊は少し考え、目を逸らして言った。
「…………そうできたらいいな、と思います」
「えっ」
開場のベルが鳴る。
宿毛湊はマメタを連れてホールへと入って行った。
なんとなく、どこかが引っかかるというか、煮え切らないような返事であった。
少なくとも、相模くんは宿毛湊が必要以上に怪異を退治したり、封印したりといったことに手を貸すところを見たことがない。
マメタを拾って育てているように、人に友好的な怪異に対しては優しい。
だから、てっきり支部長と同じ考えの持ち主なのだと思っていた。
「いろいろあるんだよ」
的矢樹は言って、相模くんの肩をポンと叩いて会場警備の仕事に戻って行った。
閉じた扉の向こうから、市長の思惑からはじまり、相模くんの密かな願いを乗せた音色がかすかに響いてくる。
それが怪異を楽しませる音になるのか、それとも退ける音となるのか、まだ答えは出ていない。




