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第70話 反怪異団体の暗躍


 やつか町立病院に長期入院している患者について、怪異事件の可能性があるという通報が怪異退治組合やつか支部に入った。

 患者は北やつか高校に通う高校二年生の女子生徒で、約半年間もの間、昏睡状態が続き意思疎通ができないでいる。いわゆる植物状態だ。

 最初に現場に入ったのは宿毛湊(すくもみなと)であったが、後から再度、緊急通報があり、的矢樹(まとやいつき)が現場入りした。


「宿毛先輩っ!」


 的矢樹は隔離された病室の前で倒れているぼろぼろになった宿毛湊を発見した。

 少女が入院している病室の前の廊下の壁が粉々に砕け散っていて、宿毛湊はその下に(うずくま)っていた。頭を切ったらしく、出血している。

 的矢樹はまず腰に引っ掛けたテープを病室の入口に張り巡らせた。黄色いテープには『簡易結界 立入禁止』と書かれている。


「先輩、いったい何があったんですか……?」


 先輩狩人を助け起こしながら病室を振り返ると、少女が眠っているベッドのそばに、少女にそっくりな顔をした霊体が見える。

 ひどく怒っている様子で、こちらを睨みつけていた。


「病室に入ったら吹っ飛ばされたんだ。見た目ほどひどくはない」

「いやあ、けっこう出血してますよ。攻撃性高いですね、やつか町では珍しく」

「警戒されるとまずい。錫杖なしでやれるか」

「ええ、どのみち生霊ですからね。状況を教えてください」

「モンピだ」

「は?」

「モンピだ」

「…………は? モンピって、あのモンピですか?」


 モンピとは、国民的人気漫画『モンピース』の略称である。

 食べるとモンスターになってしまうモンモンの実を食べた五人の山賊が世界中を大冒険するというストーリーで、発売されたコミックスはゆうに100巻を越え、アニメ化も映画化もしているビッグタイトルなのだ。


「母親によると彼女は最近になってそのモンピにハマり、動画配信サイトでアニメを視聴していたらしい。しかし、作中でモンピの人気キャラであるモソップとロピンが山賊団を離れることになり、あまりの衝撃でそのまま昏睡状態に陥ったようだ」


 的矢樹は五秒くらい黙り込んだあと、


「えっ、めちゃくちゃくだらなくないですか?」


 とコメントした。

 その瞬間、背後で爆音が鳴り、建物全体が揺れた。

 振り返ると、鬼の形相になった霊体が、入り口に向けて何か怒鳴り声を上げている。


「ポルターガイストですね。結界テープ貼っててよかった~」

「先ほど入室したときに、モンピの話をした。モソップやロピンはその後、元の仲間の元に無事に戻ることを説明したかったんだが、それが癇に障ったのかもしれない」

「いやあ、あれは生霊が悪霊化してきてるせいですよ。とりあえず、ここは任せて先輩は治療を受けてください」

「迅速に頼む。とにかく、この案件は時間がないんだ」

「どういうことですか?」


 二人の視線の先には、メガフォンを持ち『怪異・現代妖怪は集団幻覚』と書かれた(のぼり)を背負った三人の男が「怪異なんていない!」と叫んでいた。





 反怪異団体というものがある。

 彼らは『怪異や現代妖怪は本当は存在していない』と声高に主張する思想グループである。

 もちろん、怪異や現代妖怪は存在しているのだが、彼らにとっては(ちまた)を歩く豆狸は狸の小型種、小さなおじさんは人間の奇形であり、怪異事件は組合が県や国の補助金をせしめるために捏造している陰謀だ、ということになる。

 『海』という巨大怪異を毎日横目に暮らしているやつか町では、反怪異団体の勢力はこれまで大きくはなかった。しかしインターネット上で拡散された動画や過激な言説に影響される者もわずかではあるが中にはいる。

 最近やつか町に家族で越してきた名振正芳(なぶりまさよし)も、この陰謀論にハマり、反怪異団体に所属していた。

 娘が植物状態に陥ったときも、魔術を利用した治療を一切拒否し、医師が怪異事件として組合に通報するのを拒んできた。

 それで、事件の発覚が遅れ、半年も昏睡状態に陥っているのだった。


「娘は科学的な療法のみで回復できる! 怪異退治組合は国とグルになって、我々の血税を掠め取る詐欺集団だ!」


 正芳がそう主張すると、『反怪異』のハチマキを締めた団体の仲間と思しき中年男性がうなずいた。少し離れたところで、妻である名振有佳里が悲し気な表情でうつむいている。

 幸か不幸か、彼女は反怪異団体へ加入していない。組合への通報は妻からのもので、夫が出張のタイミングを見計らって対処してほしいとのことだった。

 しかし妻の様子がおかしいことに気がついたのか、正芳は団体の助っ人を連れて戻ってきてしまったのだった。


「親子ともどもハマると周りが見えなくなるタイプなんだな」と宿毛湊は頭から血を流し、全身黒焦げ状態で思った。ギリギリで口にはしなかった。


 昏睡状態の娘を起こすこと自体は、しかるべき手段が取れれば、さほど難しいことではない。だが邪魔をする者がいるとなると話は別だ。


「的矢、病室に入れ。責任は俺がかぶる」


 三人の男を押しとどめながら、宿毛湊が指示する。的矢樹は隙を見て病室に飛び込むと、扉を閉めて内側から結界テープを貼り直した。


「あっ、何をする! 娘に妙なことをするつもりだな!」

「乱暴な手段はとりません。うちの霊能力者が娘さんと話をして、現実に戻って来るよう説得するだけです。若い女性はポルターガイスト現象を強く引き起こすことがあります。長引くと病院全体が危険です」

「それもお前らの陰謀なんだろう!」

「陰謀ではなく、現実です。正芳さん、これが陰謀だとして、あの海のことはどう説明するんですか?」


 宿毛湊は窓から見える輝くやつかの海の景色を指さした。


「あれは……海ではない。塩湖だ!」

「では、地図上の地形や大きさと全く合っていないのはどう説明するんだ?」

「それは、蜃気楼でそう見えているだけだ!」


 何を言ってもとんでもない無根拠な陰謀論が返ってくる。しかし陰謀だと責められているのは狩人のほうで、宿毛湊は気がおかしくなりそうだ。

 実際に割れてる頭も痛い。

 だが、ここで押し負けるわけにはいかなかった。


「正芳さん、娘さんは半年も寝たきりで過ごしているんです。その間、友達と遊ぶことも学校に行って勉強することもできなかったんですよ。科学が彼女を救えないなら、何にでも頼りたいというのが親心じゃないですか? 組合のことが信用ならないなら民間に依頼すればいい。しかし任せてくれるなら全力を尽くします。陰謀だというなら金だって必要ない」

「親でもない君に何がわかる。怪しい霊能力者に頼なんて、それこそ大人がすることじゃない!」

「霊能力は……口から出まかせを言って大金をせしめているというような言い方をされることがあるが、それに傷ついているのは本人たちだ。うちの的矢がそういう人間ではないことは俺がよく知っています。批判するなら、せめて仕事ぶりを見てから言ってください」


 頭から血を流したまま、扉の前に立ちはだかって一歩も引かない狩人の言い分に、正芳も思うところがあったようだ。


「わかった。君がそういうなら……見るだけは見てやろうじゃないか」


 そういうことになった。

 宿毛湊は霊薬を正芳に渡した。

 準備を整えて、二人は病室の扉を開けた。

 そこには、危険な少女の生霊と戦う霊能力者の姿が――なかった。

 病室の真ん中で、的矢樹は椅子にだらしなく腰掛け、だるそうに片手でスマホをいじっている。

 少女の霊は、その周りをソワソワしながらウロウロしてる。

 ときどき的矢に何かを話しかけるのだが、その態度は素っ気ない。


「だーかーら、モンピなんて興味ないって。っていうか、君が元の体に戻るまで話はしないって言ってるじゃん」


 少女はポルターガイストを起こしてガタガタと戸棚を揺らす。


「はぁ? なんでそういうことすんの? ポルターガイストは起こすなって、俺、言ったよね? あーあ、君のせいでやる気なくなっちゃったな。だるすぎ。もう帰ろうかな~」


 少女は帰って欲しくないのか、嫌々と首を振り、引き留めるそぶりだ。

 一応、的矢は少女の生霊に元の体に戻るよう説得しているし、モンピの話で激高するという情報を参考にその話題もあえて避けている。興味のない態度は霊を寄せ付けないためだ。

 しかし客観的にみると態度が悪すぎてモラハラ気質の彼氏みたいになっていた。

 正芳は扉を閉めた。そして真剣な表情で言った。


「………………父親として話がしたい」

「そうでしょうね…………」


 その後、正芳の追及は『未成年に対してあの手法は健全と言えるのか』というまっとうなクレームになり、解決するのに数時間を要した。

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