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第110話 怪異退治組合忘年会の怪 上


 ハロウィン前後のすさまじい忙しさを乗り越えた組合の狩人たちは、少しはやめの忘年会を迎えることになった。年末年始はまだまだイベントを控えているし、わずかな凪の期間を有効利用しようということらしい。

 やつか支部では忘年会というと、毎年、宿を借りて一泊二日で行うのが恒例だ。

 それを聞いた事務員の相模さがみくんは「えーっ」と叫びたい気持ちだった。

 今時の若者としては、これから貴重な休みを割いて、おじさんたちと辺鄙な宿に泊まり温泉に入って宴会をする……という昭和すぎるスケジュールを過ごすと思うだけで気が重くて仕方がなかったのだ。

 とはいえ七尾支部長に、


「まあ、毎年のことだから。悪いね相模くん」


 とか言われると、若輩者の相模くんはもう何も言えない。

 それから、相模くんにはこの古くさい年間行事を受け入れ難いもうひとつの理由が存在した。


「ところで、支部長。泊まる宿の手配はどうしましょう」


 と聞いたところ、七尾支部長はもう十二月だというのにお気に入りの扇子をヒラヒラさせながら、


「それは毎年、同じところに頼んでるんだ。『いこいの宿みやこ』ってところだ」

「え、いつも同じですか」

「そのほうが、向こうさんも段取りがわかってるしな。何より狩人が一堂に集まると悪さをしようって怪異が出てこないとも限らない。いろいろ勝手がわかってるところのほうがいいんだ」


 とか言い出した。ちなみに今日の一首は『あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む』である。


「わかりました……」


 結局なにも言わずに、やつか町の狩人たちに一斉メールを送信し、返信がない人たちには直接電話連絡をして出欠を集めた。

 相模くん的には昭和感満載のスケジュールもさることながら『毎年同じ』というところが気になっていた。

 毎年同じということはつまり、毎年同じということである。

 さほど多いとはいえない給料から生活費やその他もろもろを捻出している若者世代は、旅行に行く機会も多いとはいえない。その少ない機会をなるべく有効活用したいので、相模くんは遠出をするときは念入りに下調べをすることにしている。少し手間がかかったとしても、泊まる宿や食事をする場所はバラエティに富んだものにして、できる限り体験を増やしたい派なのだ。

 だからこそ、ただでさえ避け難い職場の恒例イベントで毎年同じ宿泊先となると、稀少な機会が一回分潰れるようで憂鬱だった。


 とはいえこれも仕事のうちだ。


 相模くんは言われたとおりに『憩いの宿みやこ』に連絡して、宴会や宿泊の段取りをつけた。電話をしてみると、さすがにもう何年もずっと忘年会を受けているだけあって、相模くんが何も言わなくても話はすんなりとまとまった。





 当日、組合は貸し切りバスをレンタルして兼業狩人のおじさんたちを乗せ、予約した宿に向かった。

 ほとんど欠席者のいない盛況ぶりだ。

 車内ではもちろんカラオケ大会が催された。


「あまりにも昭和すぎる~……!」


 相模くんが手拍子をしながら心の中で泣いていると、隣席に座った宿毛湊すくもみなとが声をかけてきた。


「相模さん、ビンゴ大会の用意はできていますか」

「はい……。一位は商品券、二位はお米、三位はビール券にしています。その節は相談に乗っていただきありがとうございました」


 もはや、相模くんは消え入りそうな声である。カラオケ大会に続いて、ビンゴ大会もまた忘年会の恒例である。賞品の選定は相模くんチョイスでいいとのことだったが、念のため宿毛湊にきいてみたところ、やっぱりそれもまた毎年似たりよったりな定番商品が並ぶという話だった。


「でもまあ、こうやって毎年同じことができるというのも、日々の暮らしが安定していてこそですから、平和の象徴といえますよね……」

「……そうですね?」


 相模くんの内心がわからない宿毛湊はわからないなりにうなずくしかない。

 そして車内の様子をぐるりと見まわして「的矢まとやがいませんね」と言った。


「的矢さんは午前中のご依頼をこなして、午後から合流するって言ってましたよ」


 おじさんたちは昼日中から雄勝さんが持ちこんだビールを飲み始めた。

 冷えたビールとつまみが若者たちの席にも回ってきたが、相模くんはこれからチェックインや部屋の割り当て、鍵の受け渡しなどの業務があるのでアルコールを摂取するわけにはいかない。

 少しくやしい気持ちで昭和歌謡曲メドレーに拍子を打ち続けた。


 『憩いの宿みやこ』はやつか支部の管轄区域から離れたところにある山あいの宿だった。とくに何かしらのこだわりがあるとか高級そうだ、といった特徴をその外観から読み取ることは残念ながらできそうにない。しいて言えば大人数の観光客を迎えるのに向いていそうなコンクリートの素っ気ない外観をしていた。憩い、という語感からはかけ離れているような気がする。

 とはいえロビーに入ると季節の花が出迎えてくれる。設備はあちこち古臭いものの、清潔に過ごしやすく整えられた館内の雰囲気には好感がもてた。

 従業員の出迎えも思ったよりも暖かく、チェックインを済ましたおじさんたちはさっそくお土産コーナーをのぞいたり、温泉に向かったり、思い思いに過ごしはじめた。


「あれ……? おかしいな……」


 相模くんは、あらかじめ作成したリストと照らし合わせて、兼業狩人のおじさんたちに部屋の鍵を渡す仕事をしていたのだが、なぜか旅館側から預かったルームキーがひとつ余っていた。

 ふしぎそうに首をかしげる相模くんに宿毛湊が声をかける。


「どうしましたか?」

「鍵がひとつあまってしまいました。おかしいな。351号室は大串さんと富江さんの割り当てなんですが。ふたりともバス乗車時のチェックは入っているので旅館には到着しているはずなんですけども。宿毛さん、見かけませんでしたか?」

「そういえばバスを降りてから姿を見ていないような……」

「まさか先にお風呂に行っちゃったんですかね。ちょっと探してきたほうがいいですかね」

「どうでしょう、大人ですからね。突然いなくなるなんてことはないと思いますが。……それより幹事は宴会に入ると忙しくなりますから、どうせ浴場に行くなら温泉に入っておいたほうがいいと思います」

「そうなんですか。じゃあ、鍵はフロントに預けておくことにします」


 『宴会になると忙しくなる』の部分に不吉な予感を覚えつつ、相模くんはフロントに行き、事情を話して鍵を渡した。

 受付係のおじさんはルームキーを受け取った後、少し不安そうな表情を浮かべた。


「当日キャンセルということであれば、お部屋のキャンセル料がかかります」


 そう言われた相模くんは面食らってしまう。


「——えっ。いえ、もう到着しているはずですので、キャンセルということではないと思うんですが」

「はい、でも念のため……。ご夕食の終わりの時間までにいらっしゃらなければ、お料理のほうのキャンセル料もかかりますので、お気をつけください」

「は……はい、すみません」


 なんとなく自分が叱られたような気がして、相模くんは首をすくめた。

 旅館業も大変なのだろうというのもわかる。昨今は、いたずらで大人数の宴会を予約しておいて、ドタキャンするというマナーのなっていない客もいるらしい。旅館の側も予防線を張っておかなければならないのだろう……。

 だが、やつか支部はわざわざ大型バスをチャーターして来ているわけで、ドタキャンではないことは明らかなはずだった。

 少しモヤモヤしながら、相模くんはようやく自分の部屋に荷物を置いた。相模くんの部屋は三人部屋で、宿毛湊と後から来る的矢樹との相部屋にしてある。

 的矢からの連絡はまだないが、ひとまずは宿毛湊のアドバイス通り先に温泉に入って宴会に備えることにした。あまり温泉情緒のない宿ではあるが、浴衣に着替えて宿のロゴ入りの羽織をまとうとようやく旅先に来たという実感がわいてきた。

 大浴場への入口は一階にある。タオルを持って向かうと、脱衣場の入口の手前の、自動販売機コーナーのあたりに雄勝さんと久美浜さんコンビの姿があった。

 ふたりは相模くんと宿毛湊が連れ立ってやってくると明るく声をかけてくる。


「よう、相模くん。いきなり幹事で大変だろう」と雄勝がねぎらってくれる。

「わからないことがあったら、宿毛くんに聞くといいよ。宿毛くんは忘年会の皆勤賞を取ってるからねぇ」とは久美浜さんの言である。


「皆勤賞なんてあるんですか?」

「もののたとえだよ、もののたとえ」


 雄勝さんはほがらかに笑って、ほかの三人より先に暖簾をくぐって脱衣場に入った。

 確かに専業狩人とちがって、副業として狩人をやっている久美浜さんたちは、こういうイベントは出にくいだろう。


「あっ、そういえば」


 相模くんは雄勝さんに続いて脱衣場に入ろうとした久美浜さんを呼び止めた。


「久美浜さん、大串さんたちを見ませんでしたか?」


 ついでなので訊ねると、久美浜さんはふしぎそうな顔つきになる。


「いやあ、どうだろう。着いてすぐ来たから、僕らが一番乗りだと思うけどね」

「おかしいな。それじゃあ、どこに行ったんだろう……。旅館の外ですかね。散歩とかかなあ」


 しかし憩いの宿みやこは少々不便なところにあり、どこに行くにも車なしでは移動しにくいはずだ。


「あ、もしかしたら煙草じゃないかな。大串さんも富江さんも、喫煙者だったよね」


 久美浜さんが思いついたように言う。

 確かに、それなら辻褄があう。相模くんは喫煙者ではないので、喫煙室には用がない。バスの中は禁煙だったから、チェックインより先に吸いに行ったのかもしれない。


「ああ、なるほど。喫煙室ですか……」

「俺が見て来ますよ。相模さんは、先に温泉に入っていてください」


 タバコの煙が苦手な相模くんのかわりに、宿毛湊が申し出る。


「お願いします、宿毛さん」


 久美浜さんは脱衣場に入り、宿毛湊は廊下の壁に掲示されたタバコのマークに従い、細い廊下の奥に消えていく。

 相模くんはしばらくその場で宿毛湊の帰りを待っていた。

 宿毛湊は先に入っていていいと言ったが、頼んだ手前さっさと入浴するのも悪い気がする。それに男どうしとはいえ、あまり知らない人の前で裸になるのは気恥ずかしいという理由もあった。

 しかし宿毛湊は十分待っても現れなかった。


「喫煙室で話がはずんでるか、それとも宿毛さんもタバコを吸ってるのかな……」


 相模くんも脱衣場に入った。

 今年リニューアルしたばかりだという温泉は広々としていた。久美浜さんの言葉通り、ほかに先客はなく、使われている脱衣カゴは二つだけだ。雄勝さんと久美浜さんのものだろう。


「それにしても、やけに静かなような……」


 相模くんは服を脱ぐまえに、こっそりと浴室につながる引き戸を開けてみた。


「あれ……っ?」


 屋内大浴場は無人だった。洗い場にも、浴槽のほうにも人影はない。

 温泉によくある洗面器が浴場の端にきれいに積んであって、それがひとつも使われた形跡もないのだった。


「先に露天風呂に入ったのかな……?」


 なんとなく不気味な雰囲気を感じつつ、相模くんは服を脱いだ。

 体を洗う前に露天風呂を確認したが、客の姿はない。

 きょろきょろとあたりを見回すと、露天風呂の入口とは反対側の隅に、サウナ室と書かれた扉があった。


「ああ、なんだ。サウナに行ってるのか……」


 入口のドアに小さな窓があるだけで中は見えないが、先に入った雄勝と久美浜が浴室にいないということは、そこしか考えられない。


「おじさんたちって、好きだよな、サウナ」


 ひとりぼっちがなんとなく寂しく、独り言を言う。

 相模くんはサウナはあまり好きではない。暑さはともかく息苦しさが嫌いで、ほとんど入ったことはなかった。

 相模くんが体を洗い、ひとしきり貸し切り状態の湯舟を楽しみ、ほどほどのところで上がっても、結局おじさんたちがサウナから出て来ることはなかった。

 宿毛湊も来なかった。客室に戻っているのかと思って自販機でジュースを買って戻ってみたが、その姿はない。

 私用のスマホが机の上に置きっぱなしになっていた。


「わ、的矢さんからだ」


 見るつもりはなかったのだが、ちょうどいいタイミングでスマホが震える。とはいえ本人不在でかわりに出るわけにもいかない。

 数十秒後、静かになったスマホを取り上げると的矢樹からの着信履歴がずらりと連なっていた。


「うわあ、すっごい鬼電だ……。仕事で何かあったのかなあ」


 判断に迷ったが、もしかしたら緊急事態かもしれないと思い、相模くんはスマホを持ったまま一階に降り、喫煙室に向かった。

 しかし、誰もいない。大浴場をのぞいたが、やはりそこにもいない。雄勝さんと久美浜さんはまだ風呂に入っているらしい。

 ロビーに向かうと、そこはだれもいない浴場と同じくらいしんと静まり返っている。お土産を見ていた狩人たちは全員客室にひっこんだのだろうか。

 駐車場には確か、怪異退治組合やつか支部以外にも大きなバスが二台ほど泊まっていたはずだ。そのバスに乗った宿泊客はいったいどこにいるのだろう。

 みんな観光に出かけているか、客室にいるにしても、なんだか寒々しいような光景だ。

 ちらりとフロントのほうに目をやると受付係と目が合った。

 受付係のおじさんは、その途端、気まずそうな表情を浮かべた。気のせいではなく明らかに落ち着かなそうな仕草をみせて、バックヤードにひっこんだ。


 あやしい。


 あやしいが、どうしてそんな態度を取るのかまではわからない。


「おおい、相模くん、いいところに!」


 どうしようか迷っているところで、にこにこ笑顔の七尾支部長につかまった。

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