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第108話 マメタと冬将軍


『明日はこの冬いちばんの冷え込みとなり、本格的な冬将軍の到来となるでしょう』


 翌日の天気予報を聞きながら、風呂上りの狩人はため息を吐いた。

 月三万の借家は事情があって風呂が使えないこともあり、夜間の冷え込みはなかなか過酷なものがあった。マメダヌキのマメタは、使い古しの石油ストーブの前が定位置になりつつある。


「マメタ、明日は、俺はずっと外で仕事だ。帰れないかもしれないから、相模さんのところに行っていてくれ」


 宿毛湊すくもみなとがちいさな茶色いクッションと化したマメタにそう声をかけると、マメタはおへんじを不精してふさふさのしっぽを左右にふった。


「もう寝るぞ。ストーブは切るからな。はやく二階に上がってこないと風邪をひくぞ」


 ストーブの電源を切り、居間の電気を消す。

 いつもならマメタもお二階に上がり、ベッドにいっしょにはいってお布団をぬくぬくにするという大変なお仕事がある。

 だが、この日のマメタは宿毛湊が熟睡するまで、お二階に上がることはなかった。


「ごめんなさいスクモさん、きょうのマメタはお布団ぬくぬく係にはなれません。それよりももーっとだいじな、やつか町を守るおしごとがあるのです!」


 むくりと起き上がったマメタはぶるりと体をふるわせた。

 寒いのではない。武者震いである。

 それはそれとして、とても冷え込むので、いったん玄関に行って相模さがみくんが編んでくれた毛糸の帽子とマフラーとチョッキを着た。

 それからお台所に行くと、何か武器になりそうなものを探す。おはし立てからしゃもじを引き抜くと、マメタはそれを背中に差し、窓を開けてお外に飛び出した。

 いつもの公園に向かうと、ご近所にすむ二匹のマメダヌキが待っていた。二匹のマメダヌキたちもお玉や菜箸さいばしを抱えている。三匹は何やら使命感をおびたまなざしをかわしあうと、無言でうなずきあった。


 三匹は公園を出て、住宅街の中を抜け、やつか海岸に向かった。


 その道中、あちらこちらから小さなマメダヌキが飛び出して、海岸に向かう列に加わった。

 いつもはどこかうすらぼんやりとしており、寝てるんだか起きてるんだかわからないマメダヌキたちだが、今日はみんな一様に『キリリ』としている。高い目的意識を持ちあわせていることは明らかだった。マメダヌキたちはみんな思い思いの武器を手にしており、中には『冬将軍は帰れ』『寒いのはイヤ』と書かれたプラカードを持ったマメダヌキもいる。武器よりも言論で戦うことを選んだ学識のあるマメダヌキだろう。

 最終的に総勢五十匹ほどのマメダヌキたちが集まった。彼らはひとまとまりの茶色いフカフカとなって、やつかの海岸べりにたどりついた。

 昼間はともかく夜間は誰もおらず、街灯がぽつぽつ灯る寂しい場所だ。

 しかも、冬将軍の到来を控えて海辺は冷凍庫のように凍えていた。

 浜辺に下りたマメダヌキたちはぎゅっと身を寄せあい、タヌキ団子になって厳しい寒さを耐えた。


「さむ~~い!」

「もっと団子になれ! 団子に!」


 それでも寒さは毛皮の隙間を縫ってやってくるようだった。

 マメタは帽子とマフラーをべつのマメダヌキに着せてあげた。


「来たぞ! 冬将軍だ!」


 マメダヌキのうち一匹が空を見上げて叫んだ。

 寒風吹きすさぶやつかの夜空に、氷の嵐をまとった鎧兜の武者が、馬にまたがって飛んでいた。真っ青な鬼の仮面をつけており、腕は四本ずつ、計八本もある。それぞれに違う武器を携えた姿はものすごく強そうだ。

 冬将軍——それは一般には厳しい冬に北方から南下してくる強烈な寒さを人に例えて言ったものである。あくまで気候のことであって本当に『将軍職の冬さん』がいるわけではない、とされている。

 だがマメダヌキを代表とする妖怪にとっては違う。

 冬将軍は、冬になると日本のあちこちを襲う恐ろしい妖怪なのだ。

 

「冬将軍は帰れーーーーっ」

「そうだそうだ。寒いの反対ーーーーっ!」

「やつか町のみんなはぼくらが守るぞーーーー!!」


 冬将軍が氷の馬に乗ってやってくるとその街は大寒波に襲われてしまう。

 寒いのが嫌いなマメダヌキは、やつか町を冬将軍から守るために集まったのだった。

 しかしながら、冬将軍は身の丈三メートルもあり、乗っている馬はそれ以上にでかい。手のひらサイズのマメダヌキたちにとってはほぼレイドボスみたいな存在だ。五十匹集まったとて、とてもかなわないように見えた。


「ムン!!」


 冬将軍が馬上から、茶色い毛玉たちを睨みつける。

 たったそれだけで、マメダヌキはびっくりして飛び上がった。


「うわー!! でかい、かないっこない!!」

「まてまて、逃げるな逃げるな」

「援軍の到着をまつんだ」

「援軍はまだか!!」

「来たぞ~! 援軍だ!!」


 南の空に小さな黒い点がいくつも見えた。

 それは近づくにつれ、空の上を草原のように駆けるちいさな柴犬の群れだった。


「ワン!」

「ワンワンワン!!」


 赤、白、黒、胡麻……毛色も様々な、空駆けるちいさな柴犬たち。これは、じつは、節分のときにまかれた豆から生まれた豆しばであった。

 豆しば生まれたあとしばらく、生まれた街をめぐって消える。そのあとどうなるかについて人間たちはほとんど何も知らないが、彼らはそれからいろんなところを旅して、冬将軍の到来とともに生まれた町にもどってくるのだった。


「それっ、豆しばに飛び乗れ!」


 マメダヌキたちは、次々にやって来る豆しばの背に飛び移り、タヌしば一体となって大空を駆ける。


「キャンキャン!」

「ガルルルルル!!」

「冬将軍は帰れーーーー!」

「やつか町を守るぞーーーー!」


 かわいいミニサイズの柴犬に乗ったかわいいマメダヌキたちが、冬将軍に襲いかかる。

 勇敢にわんわんと吠えかかり、手や足を、しゃもじや菜箸やプラカードで突いたりペチペチ叩いたりした。

 冬将軍のほうはというと、ちょろちょろしているかわいいものたちに叩かれて、たじたじになっている。


「ううう……えっと……やめ……やめて……? 乱暴は、やめよう?」


 気分的には、親戚の集まりに顔を出したところ、元気がありあまっている小さい子たちに絡まれてる親戚のおじさんみたいな感じだろうか。

 冬将軍だって、寒さをお届けする性質の怪異だから、あちこちに顔をだしているだけで、小さい子たちをいじめに来たわけではない。

 腕の一振りでもしたら、空を飛べる豆しばはともかくマメダヌキたちはちりぢりになって冬の海に落ちてしまうだろう。それだけは避けたい。


「や…………やられたあ~…………!」


 冬将軍はそう言うと、元来た方角に帰って行った。


「やったあ~~~~!」

「冬将軍をたおしたぞ~~~~~~!」


 マメダヌキたちは勝利を喜んだ。

 その後、集まったマメダヌキは三々五々、解散した。

 豆しばたちもやつか町を離れ、また旅に戻って行った。

 妖怪たちのあいだでは、豆しばたちは旅先で気に入った大豆畑を見つけると、豆にもどることが知られている。





 マメタも明け方頃、宿毛宅に帰還した。

 お布団にもぐりこんでスヤスヤと眠りこけ、日が昇って、出勤時間になってもおねむなマメタを、起床した宿毛さんはため息まじりに胸ポケットに入れて出かけることにした。

 本格的な冬将軍の到来ときいて、仕事着の上に一番いいダウンコートを着こんで表に出た宿毛湊は、朝日の思いがけないあたたかさに首をひねった。


「あれ、思ったより暖かいな……?」


 普段はなんにも役に立たないといわれている小さな妖怪たちであるが、じつはこんな感じで街を守っていることを、人間たちは知らない。

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