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Snake oil pt.2



     ◇



 しれっと教室に戻ったはずの私とリオンは、それはもう悪目立ちしていた。


「まっさか、ジルがこれほどの面食いだとはねえ……おねーさん嬉しいけどちょっと寂しいわー」


「うっさい」


 隣のギャルは冗談めかしてそんなことを言うが、その他のクラスメイトの反応は一様だった。 

 

 ──なんでお前が、あんなイケメンと?


 どうやら、有無を言わせず腕を引っ張って教室を飛び出したのが相当まずかったらしい。私としては、あんなあっぱらぱーの電波くんを手放しにイケメン扱いしていいものか迷うところだが。


 ガイダンス終了後、私は、普段一言も喋らないような同級生たちから、しきりと話しかけられるようになった。


 そこだけ切り取れば、新学年の好調な滑り出しにも見えるけど。お喋りの相手なんて、ギャルだけで私はいっぱいいっぱいなのだ。


「ジル、あの人とはどういう関係なの?」


「あー…………昔馴染み、かな?」


 色々面倒くさくなった私は、テキトーに誤魔化すことにした。


「めっっっちゃ恐い顔でこっち睨んでるけど」


「……ああいう顔なんだよ、もとから」


「やっぱああいう顔の人が『闇』に適性あるもんなの?」


「そこまでは知らないなあ……」


 というかなんだ、私の知己は全員闇属性扱いされちゃうのか。ピッカピカの陽キャのギャルがかわいそうだろ、ギャルが。


「あーでも確かに、なんか陰っぽいよな、あの編入生」

「陰のあるイケメン……優勝じゃん」

「待て待て、闇の繰り手なんてそう何人もいるもんじゃないだろ」

「なんにしろイケメン……」

「イケメン……!!」


 果ては財閥の分家の娘さんまでやってきて、私を問い質し始める。


「ジルさん、貴女あなたもしかして、アーガルス共和国に行ったことがあって?」


「まあ……ちっちゃいころ──孤児院入る前ね──その時に、一回だけ」


 これは本当だ。なんのついでか、国王ちちに連れられて海を渡ったことがあった。船酔いでダウンしてた思い出しかないけど、越境は越境だ。


「まあ。一目惚れ、ですのね」


 なぜそうなる。


「港で見かけた貴女の……その、…………ええと……あ、そうだわ! 陰気……じゃなくて、憂いを帯びた横顔に、心を射止められてしまったの……!!」


「無理やりほめなくていいよ……」


 ていうか一目惚れしたの、私じゃなくてリオン(あっち)なんだ。


「そして、幾年いくとせ経てども思いは募るばかり……窓の向こう、海を越えたあの国には、愛しあの方がいるというのに。……僕はなんて無力なんだろう。漁師の小せがれでしかない僕には、海を渡る手段なんて、留学くらいしか……あゝ……あゝッ!!」


 想像力が豊かすぎるのも考え物である。うわ、よだれ垂れてるし。ほんとに名家出身なのかなこの子。


 ……いやまあ、私だって元王女だし、世の中そんなものか。


「……ああ……うん。そんな感じかも」


 タチの悪い魔薬でもキメたみたいにびっくんびっくんのたうち回る資本家ブルジョアの娘さんを後目しりめに、私はそそくさと帰宅の準備を始めた。


「じゃ、私はこれで」


「待て」


 少し遠くから声が聞こえる。誰かなんて大方察しがつく。リオン・アージェントその人だ。


「どこへ行くつもりだ」


「どこって……帰るだけだよ」


「同行しよう」


「……女子寮なんだけど」


「…………見送るだけだ。ボディガードと思ってくれればいい。……色々と、話したいこともある」


 仏頂面でそんなことを言うリオンに、外野から黄色い悲鳴が上がる。いやー、そんなにかっこよかったかな今の。


 ともかく、外面的には純粋に善意の提案をしているリオンの手を払い除けるのは、少々マズそうだ。いくら私がお喋りが苦手な根暗だからといって、教室内での立場をまるで気にも留めないほどの豪の者にはなりきれない。


「まあ、そういうことなら……」


 かくして私は、リオンと帰路を共にすることになったのである。



     ◇



「……おそわないんだ」


「その不敵な笑みがいつまでつか、見物だな」


 別に笑ってないが。


「で、話したいことって、なに」


「……そんなこと、あるはずないだろう。出任せだ」


 もしかしてこいつ、本当に私に惚れてるんじゃないか。100年先から来た刺客だっていうのとどっちが現実味があるかといえば……そりゃあ、どっちも"ナシ"だけど。


「しかし、正直驚いた。ずいぶんと教室に溶け込んでいるじゃないか」


「なに、突然。さっきまで殺す殺す言ってたくせに」


「この時代の『闇』は酷く虐げられていたと……そう聞いている」


「……へえ」


 彼の言う『未来』ではそういうことになっているらしい。実際のところは……見たとおりだ。闇の魔法は物珍しい程度のもので、私が陰キャ扱いされてるのはまあ、私が陰キャだから反論のしようがない。


 この世の理の中にある四大属性の魔法──火、風、水、土の魔法と違い、光や闇の魔法には未知の部分が多い。


 そしてそれは、私ごとき孤児院の小娘が、王宮じっかの支援無しにこの魔術学院に入学できた理由の一つでもある。


「……虐げられてるって意味だと、土魔法のほうがひどいよ。水魔法の研究がすすんでて、完全にお株をうばわれてる」


「『大地は黒き氷、氷は則ち水の領分』、か。ふるい考えだ」


 そりゃ旧いでしょうよ、100年も前の人間がかんがえることは。


「『土』の本来的な意味を完全に履き違えているとしか言いようがない。いいか、『土』の本質は──」


「そんなことよりさ」


「……?」


「殺さなくていいの? 私のこと」


「……町一つを消し飛ばすほどのエネルギーを圧縮した魔術を何事もなく呑み込む化け物相手に、無策に突っ込むほど俺は愚かではない」


 そんなもん人に向けて撃ってきてたのかこいつ。ハナからわかってたことだけど、まともじゃないぞ。


「今必要なのは情報だ」


「だからさ……それ、私の目の前で言うことじゃないよね」


「何が苦手で、何が得意か。どのような状況でボロを出すのか……それを知るには、本人を観るのがいちばんだろう」


 みごとな居直り具合だった。


「幸い、周囲も協力的なようだ。今に見ていろ、おまえはこれから、じわじわと真綿で首を絞められるように──」


「着いたから。じゃあね」


 リオンが何やら語りだしたところで、私は強引に話を打ち切った。女子寮の目の前で男と二人立ち話だなんて、まるで一日の別れを惜しむカップルではないか。ただでさえ一緒に下校しちゃったのだから、早いとこ切り上げないとどんな噂が立つかわかったものじゃない。


「……待て。話はまだ終わっていない。というか、本題にすら──」


「明日はちゃんと殺せるといいね、私のこと」


 振り向かないまま後ろにひらひら手を振って、私は自室へと向かった。


 少しだけ、駆け足で。


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