Encounter pt.2
◇
銃口と呼ぶべきか、杖先と呼ぶべきか。
ともかく、変態から放たれたのは、一見なんの変哲もない、握りこぶしほどの大きさの白い球だった。そして、驚くべきことに……その軌跡は、見事に焼けていた。
空間が、焼け焦げているのだ。適切な表現かはわからないが、私にはほかに形容しようがない。
「……え、まじで撃つの……?」
おそらくは、魔術なのだろう。詠唱もなく、儀式的所作も無かったけれど……理論上は可能だ。おそろしく高度な技術があれば。
それに、現にこうして私が吸収して、跡形もなく消えているのであれば、魔術をぶつけられたと見て間違いない。
「……なん、だとッ……!」
それ私のセリフでは……? いくら変態とはいえ、本当に撃ってくるとは思わなかったぞ。
「貴様、何をした!? 何故、無傷なんだ!」
変態は大変に動揺していた。
見たことない魔術だったし、もしかしたら自分で創造したオリジナルの魔術を試したかったのかも知れない。でも、それで通りすがりの人間を襲うのは……ちょっと、シャレになってない気がするけど。
「……べつに。ただの闇魔術、だけど」
《朏の繭》。
私が常に纏っている、防御用の魔術だ。
凄くざっくり言ってしまえば、私に向けられた脅威は、私に触れる前にその力を失う。魔術であれば霧散し、鉛玉は推進力を無くして足元に転がる。正直、あんまりちゃんと試せた機会はない。
こんな平和なご時世になんでそんなことしてるんだ、って? まあ……うん。そうだよね。私も変だと思う。
王宮にいた頃、『第一に我が身を守れ。国を護る者として(以下略)』なんて口を酸っぱくして言われ続けたせいだろうか。なんとなく、護身用に身に付けておこうと孤児院時代に独学で習得したものだった。転んでも痛くないし、紫外線もばっちりカットするし、何かと便利ではあるのだ。
それこそ、変態に襲われた時とかにも。
「バカな。有り得ない!」
ばきゅーん、ばきゅーん。
「わわっ!」
普通は、闇魔法による威力低減なんてたかが知れていて、相手の魔術を完全に打ち消すのは難しいらしいけど。どうやら私は、そこら辺の才能には恵まれていたらしい。まあ、これでも一応……王家の血、引いちゃってるわけだしね。
だから、変態が驚愕するのは分かる。分かるけど……。だからと言って、立て続けに魔術を撃ってくるのは如何なものか。
「クソ……!」
さっきと同じ魔術っぽいものを2、3発打ち込んできて、それでも傷一つない私の姿に、変態は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……ちょっと、さすがにおこるよ」
「おのれ、化物め……」
「……」
もう付き合っていられない。というかなんだこいつ、さっきから人のことを、やれ魔王だ化物だ、言いたい放題言っちゃってくれて……。
今思い出したけど、そもそも私は遅刻寸前だ。こんなところで変態のごっこ遊びに構う余裕はないのだ。
ちょっとくらい仕返ししても、正当防衛の範疇だろう……うん。むしろ、今まで付き合ってあげただけ優しいんじゃないかな、私。
「『彼者誰、俱に踊らむ』」
私の声に呼応して、並木の影という影が、するするとその身をしならせ始める。
「貴様、何をするつもりだ……? ……ッ!?」
無数の影が鞭、あるいは縄のように伸びて、一直線に変態へと向かい、あっという間に縛りあげた。
「そういうお遊びは、よそでどーぞ」
「何を言ってるんだ……?」
「あー、悪いけど、時間、ないので」
私の手の動きに合わせて、変態を縛り上げた影達は、ぎりぎりとその身を張る。
丁度、変態を投石器の弾に見立てて……。狙いは……あの裏山辺りでいいか。
「おい……。何をする気だ貴様! 離せ! やめろぉぉぉぉ!」
おお。思いの外、よく飛ぶ。……飛びすぎじゃない?
……力の具合を間違えたかな。でもまあ、死にはしないでしょ……たぶん。
しかしこれは、ひょっとしたら。なるほど、"投げる"という発想はなかった。試してみる価値はある。
「おいで。もうひとしごと、頼むよ」
変態を投げ飛ばした影達を再び操り、今度はそれらを大きな太い一本の縄のようにする。
そして、私を搦めとったそれは大きくしなり……私を投げた。かなりの速度である。
これならきっと、息を切らせることもなく入学式に時間通り参列できることだろう。誰だか知らんが助かった。変態行為は私に閃きをくれたぶんでチャラにしてあげよう。
遠くで星になった変態に密かに敬礼して、私は通学路をすっ飛んでいった。