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03-08-06 君等の名は

 俺達はフィールデン王国の港町から中央部の商業都市に向けてのんびりと馬車を進めている。

 今の所は特に急ぐ用事も無いので皆も和気藹々と言った感じで楽しいハイキングを満喫している。

 街道をすれ違う商人なんかもどこから知ったのか海賊討伐の情報を既に掴んでいるようで通行量も増加している感じだ。

 ディスも久し振りに体を動かすのが気持ち良いのかすこぶる機嫌が良いみたいで尻尾の動きも元気一杯だね。

 それに対してか魔獣の奴等も元気一杯で頻繁に襲い掛かって来るがガッシュ達にはもう大した相手では無いようで片手間に相手をしていても余裕そうに見える。


 もう修行目的で旅をするというのも終わりが近いのかもしれないな。

 大昔は所々にヌシと呼ばれるような魔獣もいた様なんだが最近はそんな噂は滅多に聞こえてこない。

 たまに有っても殆どが眉唾ものだし直ぐに立ち消えになる。

 脳筋共は最初の頃は旅に出ればそんな奴らとちょくちょく遭遇するんじゃないかという希望を持っていたようだがそれは儚い夢だった訳だ。

 まあ実際にそんな状況に頻繁に遭っていたなら命が幾つ有っても足りないよね。


 ここは無難に世界がそれなりに平和で安心だと思って置いた方がフラグが立たなくて良いんじゃね。

 まあ魔獣の件はそれで良いとしても人間の起こす事件は次から次へと襲ってくるのはどうにか成らんもんか。

 やっぱり人間が一番怖いとかそういう事なのかねえ。

 その人間が起こした直近の事件のいわゆる海賊討伐事件の続報がヘルからもたらされた。

 捕まった海賊達から拷問というお話し合いの末に奴等のアジトが判明したそうだ。


 そのアジトの場所はフィールデン王国の港町の近くに存在する小島群の内の小さな島に有ったみたいだね。

 そしてオウディーエンス王国から情報を貰った港町の領主は自分も海賊共の関係者なんじゃないかという住民からの疑惑を払拭する為に即座に壊滅に取り掛かりこれを制圧した。

 アジトには今迄に奪ってきた物資や金銭等が隠匿されていて他にも攫われた人なんかも複数人いたらしい。

 それらの人の中に海賊船内にいた少女の内の片方の母親が含まれていてその後二人は無事に引き合わされたようで俺は僅かばかりだが安堵した。

 不幸の中にも小さな幸せが隠れていてくれてこの世界がそこ迄捨てたもんじゃ無いんじゃないかと思えてきた事を取り敢えず喜んでおこう。


 まあなんだ。海賊関連の事で残る問題は黒幕は誰なのかという事なんだけどもちょっと考えれば答えは自ずと導かれるよね。

 まず近隣の国で海に接しているのは我が国と西のフィールデン王国と東の帝国だけだ。

 他に北に小国が幾つか有るがそれらの国は海に面していないので候補にもならない。

 もしフィールデン王国の誰かが黒幕なんだとしたら唯一の港町で船を四隻も作ってそれが目立たないなんて事がある訳もない。

 同じ事がうちの国にも当て嵌まって王女誘拐事件の時の調査で造船関連を調べても何も出てこなかった事からも違うだろう。


 後はもう帝国しか残っていない。

 今まではフィールデン王国と総合ネットワークの接続がされていなかった事から一切の情報が流れて来ないという状況で断定出来なかったがこれで状況証拠は全て揃っただろう。

 こうなるとこれはもう帝国との戦争が何時起こってもおかしくない状況なんじゃないか?

 いやまあうちの国の政府はそりゃ勿論戦争なんかは微塵も遣りたくはないんだろうけどここ最近帝国が原因の事案が多過ぎる。

 ここらで帝国に毅然と抗議位しないと国としての面子が保てないんじゃないか?


 その際は戦争も辞さずといった態度で臨まねば更に帝国に舐められる事になるだろうし。

 あ~ぁ、やだねー。

 戦争では何も生まれないよ。ホント。

 だがそれでも遣るんだろうなぁ。

 きっと帝国はどうしても戦争を遣らないといけない事情とかが有るんじゃないか?


 なんか重大な国内問題を抱えているとかで国民の目を国外にでも向けたいとかなんじゃね?

 でもそんな事に付き合わされるなんてこっちはいい迷惑だよなぁ。ホント。

 まあ戦争するとかは政府の方で存分に議論でもして決めて頂戴な。

 俺は家の村に被害がなければ基本的には関わるつもりはないので。あしからず。

 ヘル。その辺の事は総合ネットワークにも念を押して置いてくれよ。


『はい。マスター。了解です。

 ですが本部の方でもマスターにそんな無茶な事は言って来ないと思いますよ? 』


 そうか~? ちょっと前に海賊退治をしてくれとか難易度高めな依頼を言って来たばかりだと思うんだけど?


『あれは元々は出来ればで良いから考えてみてねって感じの依頼でしたよ?

 あの件は私達が解決した方が各方面に対して影響力が上がるんじゃないかと私が考慮してマスターに斡旋したんです。

 海上の案件に対する対応力を付けるには持って来いの依頼でしたので。』


 そうだったのか。

 まあヘルの言う通りアルカロイド号という海上移動の足が用意出来たからそこ迄無為では無かったとも言えるか。

 そうだな。船も手に入った事だしちょっと別の大陸にでも遠征でもしようか?


『はぁ、マスター。

 また思い付きで飛んでもない事を言い出しましたね。

 別の大陸なんて現在では殆ど交流が有りませんよ?

 たまに漂流船が流れ着く位なんですから。』


 へえ、そんな感じなのか。

 まあ他にやる事が無くなったら考えるって位にして置こう。


  + + + + +


 そんな事を考えながら旅は進んでようやく商業都市にたどり着いた。

 この街では前に泊まった宿を数日取って疲れを癒す事にした。慌てる事も無いしね。

 そう言えば前は此処で偶然ビッグのおっさんに会ったんだよなあ。

 そんで海賊の情報を聞いたのが事の始まりだったな。

 また前みたいになんか有意義な情報でも持ち込んでこないかしら? ちょっと期待したいね。


 でも俺の期待は空振りに終わったんだけども。

 まあこの宿に俺達が泊まっているなんて端から見て分かる訳も無いし訪ねて来ないのも当たり前だよね。

 数日休んで英気を養った俺達は国境を越える為に国境の街を目指してまた出発した。

 その国境の街についてなんだけどうちの国とフィールデン王国との国境線上にまたがって存在しているちょっと変わった状態にある。

 場所は全体的な国境線を成している山脈の峰の内で最も低い所でそこは何故かちょっとした広さにならされた様になっている。


 そこに特別に両国共に属するような状態で街が出来ている。

 いや逆に自治領といった感じで小さな国とでも言った方が正しいかもしれんな。

 だからか街の運営方針が他と違っていて関税やらなんやらが高めに勝手に決められていてその事で国を行き来する者が少ないという現状にもなっている。

 本当なら二国間で貿易を活発にした方が良いのは自明の理なんだけど何故かそれを邪魔する為に有るような街だ。

 なんでこんな事に成っているのか俺には全く分からん。


 わざわざ国境線上の峠を地ならししてまでして街を作って置いてどんな存在意義が有るのか。

 まあ俺が色々考えようが街の有り様は変わらんのだからどうでもいいか。

 ところで滞っていた海上輸送が復活した影響か陸路での越境をする者も若干減ったという巷の噂通り街道の交通量はそれなりだ。

 ビッグのおっさんが当てにしていた隊商護衛の仕事も少なくなって閑古鳥が鳴いてるんじゃないか?

 まあこの街道での仕事が無くなったら他の場所に流れていくんだろうからどうでも良いか。


 ああ。それでもうここら辺では見当たらなくなっていたのかもしれないな。

 それから順調に旅は進んで国境の街に到着した。

 特にこの街に用はないのでそのまま素通りしたが俺達みたいな修行目的の旅人は今時流行らないらしくて税関の役人に珍しがられた。ほっとけよ。

 まあそのお陰で俺達が貧乏だろうと見られて特に馬車とかの取り調べを受けなかったので結果オーライだけどね。

 下手に調べられて床下収納に隠してあった大金を見つけられでもして大事にならなくてホント良かったよ。


 え? ちゃんと申告すれば問題ないだろうって?

 馬鹿言え。そんな事したら一体何割り持っていかれると思ってるんだ?

 俺達が命を賭けて稼いだ金をなんの苦労もなくかっぱらわれて行かれるのを黙って見送るなんて俺には到底我慢ならんぞ。

 それも俺達の国の税金になるならまだ少しは納得が行くがこの街は自治領で俺達にはなんの見返りもないんだぞ。

 馬鹿らしいにも程がある。


 まあそれを回避する方法も無かった訳じゃないんだけどね。

 その方法ってのはアレだ。

 そう、特別監察官の身分証を使えば問題無くスルーパス出来るのは分かっていたんだけどそうすると特別監察官の俺達が国境を通過したという記録が残ってしまう事になる。

 そうなると出て行った記録が無いのに何故か帰って来た記録だけが正式に残りそこから身元の確定に繋がるかもしれないと不安に感じてしまったからだ。

 はぁ。こんな事なら出て行く時に抜け道のトンネルなんか使わなければ良かったよな。


 まあそんな事を言っても今更だし無事に国境を通過出来たんだからもうどうでも良いか。

 それよりもとっとと此処を離れて安心したいもんだよね。

 そそくさと街から離れて王都と港町が繋がる南北に通っている街道まで馬車を急がせた。

 そして俺達は街道に行き当たった丁字路で南北どちらに向かおうかちょっと悩む事になった。

 何故かって? だって俺達は自分の国の港町にまだちゃんと行った事が無いんだぜ?


 これを逃すとまた暫くは行く機会等ないだろうし。

 だけど行くとなると村に帰るのには大分遠回りになるしなあ。

 しかしこの港町は付くづく巡り合わせが悪いよなあ。

 なんか呪われてでもいるのか?

 いや、逆に近づくなという神の思し召しかなんかかもしれんな。


 まあどっちにしても悩み所だな。

 皆と頭を突き合わせて長々と相談した結果やっぱり行く事になった。

 ここで港町を抑えればうちの国で行った事がある町はコンプリートだというのが最終判断の要因だった。

 皆きっちりと全部揃えるのが好きみたいだね。いわゆるコンプ厨とも言うか。

 まあそんなこんなで港町に向かって馬車を進めたんだけどもうそろそろ港町に着くかって所で良く考えたらもう海の魚は食べたし特に行く意味が無い事に今更になって気が付いた。


 でももう直ぐそこまでって所にまで来ちゃってるしなあなんてげんなりしていた時にそれは現れた。

 その時俺達はもう直ぐ街の検問だしちょっと身だしなみに気を回して汚れた所なんか無いよなってお互いに確認していた所だった。

 そんなよそ事をしていたのでそれが近付いて来ていた事にも気が付いていなかった。

 進行方向にチラッと数人の人影が見えた気がしたが特に気にも留めていなかった。

 ぼんやりとした人影が三人、大人を真ん中に左右に子供を一人ずつ手を繋いでこちらに向かって歩いて来ていた。


 三人とも俯き加減でとぼとぼと歩き未来に何も希望がないかの様に草臥れた感じだった。

 俺が見た感じでは三人とも前を見て歩いていない風だったので念の為に馬車を少し遠ざける様に進路を修正した。

 そしてもう少しで俺達とすれ違うという所でこちらにやっと気付いたのか三人がハッと顔を上げた。

 そして俺と目が合った。合ってしまった。バッチリと。

 馬車はゴトゴトと音を立てて進んで行く。


「……あっ。」 「……えっ? 」


 二人の子供がそれぞれ小さな声を発して驚いていた。

 そして俺の方を、いや俺だけを真っ直ぐに見て凝視していた。

 そのまますれ違いながら二人はずっとこちらに顔を向け続け最後は振り向く様にまでなっていた。

 俺はその間、一切の反応も出来ずにじっと前を見て固まっていた。

 三人と俺達の馬車との距離はそのままドンドンと離れて行く。


 ふと横を見ると御者席の直ぐそばの左右にヘルとサーラがそれぞれいて俺の様子を窺っていた。

 脳筋二人と姉弟達は何も気が付いていないのか前を向いて歩いている。

 ヘルとサーラがなにか言いたそうにしてじっと俺の顔色を窺っている。

 俺はそれに耐えられなくなり空を見上げて視線を避けるとハァ~と大きな溜息を吐きそしてノロノロと馬車を停車させた。


「で? 君達は一体何が言いたいのかな? 」


「マスター。もう既に分かっていますよね? 」


「ロッくんはやっぱり私が思っていた通りで優しいね~。」


「ハイハイ。分かりましたよ。」


 はぁあ。やっぱりあの港町とは縁が無いのかねえ。

 もう直ぐそこに門が見えているのにねえ。残念!




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